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Behind the Music ミュージシャンの今を伝える
25年目の『BABY BLUE』 Vol.11 伊藤銀次 伊藤銀次 ソロデビュー30周年
■インタビュー/文:佐々木美夏 ■取材協力:VIOLA(都立大学駅) ■デザイン:SQIP Inc. 掲載日:2007.10.18
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 ラジオからふと流れてきた曲が1週間たっても忘れられず、曲名をたどってアルバムを手に入れた。きれいなブルーのカラー・レコードだった。その『BABY BLUE』は今も私の中でポップスの名盤としての地位を保っている。伊藤銀次。シュガーベイブのメンバーであり、日本のお昼のテーマソングとも言える「ウキウキWatching」の作曲者であり、“イカ天”の名物辛口審査員であり、敏腕プロデューサーでもある。ソロ・デビュー30周年を機に再び歌い始めてくれた。再発される8枚のアルバムとともに、あの歌声が帰ってくる。
--“30周年”ということについては今どんな風に感じていますか?
 30年のうちアーティスト活動をしてたのは12年なんですよ。77年に1枚出して、その後はアレンジャー活動をしていて、82年から92年までの10年間またやって。それ以外はほとんどプロデュース活動とかをやってたわけで、ずっとアーティストで30年やってたわけじゃないからあまりピンと来ないですね。
--そもそも77年の『DEADLY DRIVE』1枚でお休みしちゃったのは何故なんですか?
 売れなかったからですよね。99位に初登場で翌週消えたからね。売れないと、なかなかソロ活動、ライブ活動ができないから。
--その後82年に『BABY BLUE』でもう1回やってみようと思ったのは。
 『DEADLY DRIVE』を出した後に仕事がなかったりして、CMの曲作りとかアレンジとかやったり、ギターの教則本を作ったりしてなんとかつないでたんですけど、いろんな音楽的な勉強もしたいな、っていう気持ちもあって。77年のときにはちょっと自分の思ってたようにはいかない歯がゆさがあって、ここはひとつ勉強期間をとりたいと。ちょうど78年に松原みきさんっていう歌手のバックバンドのリーダーをやってくれって話があって、やってたらその制作スタッフの中に佐野元春のディレクターになった人がいて、その人が彼のロックンロール的な部分をアレンジメントしてくれる奴を探していた。それで佐野くんのアルバムで4曲くらいロックっぽい曲をアレンジして、結局入っちゃうわけですよ、ハートランド(佐野元春のバックバンド)の中に。同時期に沢田研二さんのスタッフとも出会って。当時ニューウエーヴが出てきた頃でね、沢田さんはグループサウンズ出身で、ローリング・ストーンズとかビートルズがすごい好きだったわけで、まぁニューウエーヴっていうのは60年代の音楽のリメイクっていうニュアンスがあったんで、沢田さんがGS時代にやってたイメージをニューウエーヴの感じで今によみがえらせたら、みたいな感じで両方を理解しているサウンド・プロデューサーを探していたらしくて、いきなり“『GS.I LOVE YOU』っていうアルバムをお願いします”って話になって。それでラッキーにもそのアルバムとその後の『ストリッパー』と両方やらせていただいたんだけど、『ストリッパー』のレコーディング中に『魔界転生』って映画の撮影で沢田さんがレコーディングに来れないから、僕が代わりに仮歌を歌ってオケを録って、できあがったものを沢田さんに送って曲を覚える、って段取りだったんですね。仮歌を歌ったらプロデューサーの木崎さんが“いい声してるね。銀次さんのアルバムも今作ったほうがいい”って言ってくれて。だから沢田さんとの仕事がなければ、この今回再発されるアルバムはすべてない(笑)。つながってるんですよ。幸せのドミノ倒しというかね(笑)。
--『BABY BLUE』を作るとき楽曲は自分の中で事前に固まっていたんですか?
 ええ、もうそれはね、77年はちょうど音楽でいうとAORとかフュージョンが人気があって、僕がすごく影響を受けた60年代後半からのロックの流れとかが風化しかかって商業的な音楽になってた頃で、自分の中ではAORみたいなものと<ごまのはえ>とかココナッツバンクでやってたものと両方が共存したアルバムになってしまったんですね、結果的には。作ってるときにはそうは思わなかったんだけど、アーティストとして焦点が合ってないというか、どんなことをやろうとしてる人かがわかりにくかった気がしたので、今度作るときにはものすごく色彩がはっきりしてるものを作りたい、と。あと当時はある線路の上を走っていたわけですね。今話した、佐野元春→沢田研二っていう、ニューウエーヴ、つまり60年代の音楽が80年代にリメイクされたような音楽の線路の上を走ってたわけです。だからその線上のものを作りたいと思ってたのと、世の中的には例えば大瀧(詠一)さんの『A LONG VACATION』が出て、カセットに自分の好きな曲を入れて好きな曲を彼女と一緒に聴いたりする新しい若者の音楽の楽しみ方が台頭してきた。東京ディズニーランドができたのも確かその頃だし、宝島とかPOPEYEとかの雑誌で若者たちがいろんな遊び方を覚えてきた。そういうことを踏まえながら、僕は佐野元春with THE HEARTLANDのメンバーなので、ある程度佐野くんの音楽と共通している色、ビートにして、なおかつ 僕のこの柔らかい声でどういうことをやったらいいか、っていうのがいちばん考えてた部分ですね。あとはいい曲をいっぱい作ろう、と。前作のときはフュージョンみたいなインストが入っていたりしたけど、今回はとにかく、いい曲をいっぱい作ろう、と。
--“Adult Kids”っていうコピーがついていましたよね。
 僕はそのときもう32歳だったので、大人なんだけどバディ・ホリーみたいな音楽がやりたかったんですよ。本当は例えば20代で<ごまのはえ>とかやってた頃にこういったテイストのものをやるべきだったんだろうけど、ただ70年代は僕はヒゲを生やしたりしてましたからね、そういうのがやりにくい時代だった。ビートルズ以降音楽がどんどん大人っぽく複雑になっていった時期で、その時代にビートルズっぽいことをやってもピントが合ってない感じがしたんだけど、80年代の頭に世の中が60年代のリメイク・ブームみたいになって、“やるんだったら今しかない”と思って、32歳なんだけどバブルガム・ミュージックみたいのをやったらどうだろう、ってことでプロデューサーに“中年バブルガム・サウンド”って言って。中年じゃないんだけどね、まだ(笑)。今の時代は32っていうとまだ若者の部類なんだけど、82年くらいだと「30歳=おっさん」って感じがあったからね。だからあえて“中年バブルガム・サウンドで行こうと思うんだけどどうだろう”って言ったら“面白いね”って。そいうったものを踏まえてコピーライターの方が考えてくれたのがAdult Kids、“初めてなのに懐かしい”と。精神的なことはもともと僕の中にあったんだけど、キャッチ・コピーにしてくれた。
--今回リマスターするときに聴きなおしてみて、新たに感じたことはありました?
伊藤銀次 とにかく音が良くなるっていうのはすごい。82年のレコーディングだから、音楽の種類とか使ってる楽器の感じとかは明らかに82年のものなんだけど、やっぱり質感が07年の質感になるっていうのがすごい。あとは82年のアナログ盤で表現されていない音の感じっていうのかな。それがすごかったですね。リズムの感じとか音の鳴りがね。今はデジタルのマスタリングの技術が日進月歩で、3年前のマスタリングと今を較べると全然違うらしいんですよ。それぞれのアルバムで質感が違うんだけど全部やってみて思ったのは、“一生懸命やってきてよかったな”ってことですね。もちろん、もう少しこうしておけばよかった、って作品もいくつかあるんだけど、でも僕の中ではどの曲も自分のベストを尽くして作ったので、嬉しかったですね。特にアナログのときはあまり好きじゃなかった曲たちが、デジタル・マスタリングし直したらすごく良くなって、曲の印象まで変わっちゃって、あんまり好きじゃなかった曲が好きになったり。自分で言うのもなんだけど、僕の曲はこの当時の洋楽の音像を叩き台にしてるんで、音像がよくないと表現しきれないっていうのがすごくわかりましたね。『BEAT CITY』とかマスタリングし直したら洋楽ですよ。まぁ外人が演奏してるしね。レコード盤のときはAB面それぞれのインナー(盤の内側)のほうに行けば行くほど音が悪くなるでしょ。溝が細くなるから。当然僕はレコード盤の後ろのほうに入ってる曲はあまり音がよくないから好きじゃないんですよ。
--A面の5曲目とかってことですよね。
 そうそう。だから僕はほとんど全部10曲なんですよ。片面5曲片面5曲。これが限界なんですよ。片面に6曲入れると音が悪くなる。特にね、B面の3曲目とか4曲目とかにはあまり自分でもピンと来ない曲を入れてるの。A面から聴くからA面にまず、いいのを入れる。ビートルズ以前の昔のレコード盤はA面とB面の1曲目にヒット曲を入れてあとはカバーですもん。それに準じてるわけじゃないけど、ひっくり返したときB面の1曲目もいいと、“あぁこのアルバムはいいアルバムだ”って思うじゃない。でもB面の3曲目とか4曲目とかは楽曲の墓場とも言われてるから(笑)。他の人に曲を書いて、その位置に入ってると“あぁ俺の曲は良くなかったんだんだな”と思うもん。よかったら1曲目にしますからね。まぁそうやって差別をしてるわけじゃないけど、どうしてもそのときにはピンと来なかった曲もあったんだけど、例えば『SUGAR BOY BLUES』の「Dear Yesteday」って曲なんかは自分の中ではそんなに好きじゃなかったの。暗いかな、と思って。でもマスタリングしたらストリングスがすごくダイナミックになって。だからもし曲順を直していいんなら、もっと前のほうに入れますね。最初はアナログだったものと最初からCDだったものでとは作り方も違いますね。だから本当は今回曲順も変えたかった。
 
伊藤銀次’s PLAYLIST: 伊藤銀次のルーツをひも解く10曲
 
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伊藤銀次 プレイリストの詳しいレビューとCDや楽曲購入
伊藤銀次 リリース情報
Solo Debut
30th Anniversary Since 1977
ソロデビュー30周年記念
80~90年代のソロアルバム8タイトルが待望のリイシュー!
2007年10月24日発売!
BABY BLUE [1982]
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BABY BLUE [1982]
MHCL-1192 ¥2,500 (tax in.)
SUGAR BOY BLUES [1982]
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STARDUST SYMPHONY '65~'83 [1983]
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STARDUST SYMPHONY
'65~'83 [1983]
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WINTER WONDERLAND [1983]
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BEAT CITY [1984]
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LOVE PARADE [1993]
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LOVE PARADE [1993]
MHCL-1198 ¥2,500 (tax in.)
2007年10月24日発売!
紙ジャケット仕様/初回生産限定盤
/24bitデジタル・リマスタリング
伊藤銀次最新インタヴューに基づいた書き下ろしライナーノーツ(土橋一夫)掲載
全タイトル ボーナス・トラック追加収録予定
【発売:ソニー・ミュージックダイレクト】
伊藤銀次 CD情報
伊藤銀次参加作品
SONGS [1975]
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SONGS [1975]
シュガーベイブ
Niagara Triangle Vol.1 [1976]
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Niagara Triangle Vol.1 [1976]
山下達郎、伊藤銀次、大滝詠一
伊藤銀次プロデュース作品
BACK TO THE STREET [1980]
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BACK TO THE STREET [1980]
佐野元春
STRIPPER [1981]
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STRIPPER [1981]
沢田研二