MUSICSHELFトップ > 特集・連載 > 角松敏生 インタビュー

-- 「シティー・ポップ」という言葉が躍っていたのは、80年代の初頭から半ばにかけてだったと思うんですけど。
そうですね。80年代近くになって、FM局が増えていったりとか、輸入盤屋さんが出来始めたりとかで、洋楽の情報がたくさん入ってくるようになったんですよね。そういうこともあって、いわゆるシティー・ポップの元祖となるような山下達郎さんとか大滝詠一さんとか南佳孝さんとか、先んじていろんなことをやってた人たちに時代が追いついてきたわけなんですよ。80年代の初め頃は、アメリカ文化に対する幻想とかあこがれがまだまだ強かった時代だったわけですけど、ラジオや雑誌などで紹介されるようになってきて、あこがれていたものがどんどん身近になっていったんですよね。リゾートなんかもそうです。暮らしが豊かになって、〈南の楽園〉とか言われてるようなところに簡単に行けるようになった。で、そういった感覚をサラリーマンやOLなんかでも〈オシャレ〉って思えるようになってきたところに、達郎さんや大滝さんのような先人たちが70年代からやってきた要素を踏まえて、トレンド性を強く打ち出したミュージシャンが現れてきたりしたわけですよ。そういった中で、漠然としたイメージから生まれた言葉が〈シティー・ポップ〉なんだと思います。
-- たしかに「シティー・ポップ」というカテゴリーは、ものすごく漠然としたものですね。
最初は、プレイヤーの演奏がすごいとか曲が洋楽っぽいとか、クォリティーの高い音楽を〈シティー・ポップ〉って呼ぼうとしてたんじゃないかなって思うんだけど、それがだんだん大衆化されていったことによって、そのあたりが曖昧になってきましたよね。〈都会的で洗練されたもの〉がシティー・ポップの定義だとしても、それは聴く人の価値観で決まるものですから。だから、聴く人によっては、松田聖子さんの歌だってシティー・ポップになるんだと思うんですよ。ホント、曖昧なカテゴリーだと思います。ソウルとかロックのように普遍性のある言葉でもないし、時代の一時期にふっと幻のように現れた言葉、時代が作った幻想ですよ。普遍的なものであるならば、今の若い人たちが当時の人とまったく同じような感覚で捉えられるはずですよ。-- 当時を知る多くのリスナーの中には、80年代の角松敏生=シティー・ポップとイメージする人が多くいると思うんですが。
僕自身は〈シティー・ポップ〉をやっていたつもりはぜんぜんないんですよ。角松敏生をやってるって感じなので。で、角松敏生っていう人は東京生まれの東京育ちだから、ポール・サイモンがニューヨークを描くように、僕も東京を描いてるってだけで。アルバム・ジャケットにしても、自分が思い浮かべたイメージを具体化しただけで……たしかに、僕以降で海辺のジャケットとか増えましたから、それで僕の音楽をシティー・ポップとしてイメージしてる人が多いのかも知れないですね。そもそも〈シティー・ポップ〉っていうカテゴライズは各々が決めればいいわけだから、角松敏生を〈シティー・ポップ〉と呼びたいっていうならばそれでいいんじゃないかな。そもそもね、都会的な音楽っていったい何なんだろう?って。そういう意味では、〈シティー・ポップ〉ということで角松敏生をもってくると話がややこしくなるんですよね(笑)。ただ、あの時代を振り返ってみると、いまほど便利じゃないけど、良きところは良かったわけですよ。その良きところの良さを伝える意味で、知らない世代には〈シティー・ポップ〉とかっていうキャッチを付けて説明しないと伝わらないんですよね。やはり、興味は持ってもらいたいですからね。
-- シティー・ポップというのは、時代性を強く含んだ音楽だっただけに、流行モノとして食い潰されてしまった感もあるんですけど、近年は、シティー・ポップと呼ばれていた音楽が持つ〈高度な音楽性〉という部分に関心を持っている若いリスナーやミュージシャンも多いようです。
今の若いミュージシャンの音作りとかも、僕らが昔聴いていた70年代の音楽の手法をあえて取り入れている人もいるし、ハイファイな音作りよりも、わざわざ音を汚したりっていうこともやったりしていますよね。僕が〈シティー・ポップ〉って言われてた頃にやっていた手法を継承してるっていうところはあるんじゃないかなって思います。優れたミュージシャンを起用して生演奏のいいテイクを録るとか、サウンドもアレンジも大事な表現手段であるとか……今、打ち込みの音楽が全盛ですけど、そうじゃないスタイルにこだわって音楽を作り続けてるっていうことは、まあ、昔ながらの製法で作ったお味噌は味がいい、みたいなことですよね。まあ、もっとも今は化学調味料の味がしないとだめという人も多いですが…音楽もそれと同じですよね(笑)。







