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森川欣信 連載インタビュー
オーガスタキャンプを主催するオフィス・オーガスタの代表を務める森川欣信氏は、現行音楽シーンの中で最高のヒットメーカーのひとりといえるだろう。山崎まさよし、スガ シカオなどの大物アーティストを抱えるほか、元ちとせ、スキマスイッチなど出すアーティストすべて話題となりヒットを記録している。その確率は常にハイアベレージだ。だからこそオーガスタキャンプは大イベントとして成立するのだが、ここではその森川氏にキャンプの経緯や歴史、その主旨までのすべてを語ってもらった。

--今年で10周年を迎えるオーガスタ・キャンプですが、やはり感慨はありますか。
それがあまりないんですよね。今年10回だなんて全然思わなくて、周りから言われて、ああそうかと気付くぐらいです。
--そもそもオーガスタ・キャンプは山崎まさよしさんの イベントとして始まったんですよね。 頭文字を取ってYMAC(Yamazaki Masayoshi in Augusta Camp)と言っていましたね。この年にデビューしたCOILがフロントアクトで出て、アンコールで(スガ)シカオと杏子も出た。当時はもう福耳もやっていたから、1回目から所属アーティストは総出演しているんですよ。計3時間くらいやったのかな。それで、なんとなく、みんなが出て野外で演奏するのはいいものだなと思ったんです。次の年は山崎単体で昭和記念公園でやって、それはまた凄いイベントになったんだけど、せっかく「オーガスタ・キャンプ」と名前が付くんだったら、所属アーティスト全員参加してライブをやるのが楽しいんじゃないかなって。楽しきゃいいだろうっていうノリで、あんまり深く考えないで始めたんですよ(笑)。
--大規模な野外イベントを始められたとき、どんな感想をお持ちになりましたか。
最初は山崎メインということもあって、それほどスタッフもクルーもいたわけでもないけど、そのうちメンバーが増えてきたら、当然スタッフの人数も増えなければならないわけです。しかも、うちのイベントはあまり入場料を高く設定していたわけじゃないから、単純にそういうコスト面の工面が大変だなあと思いましたね。
--最初に始めたとき10年も続くと思われましたか。
それも思っていませんでしたね。何回続くかなんて全然意識していなかったし、ずっとやっていけるのかもわかりませんでした。
--イベント名にキャンプとつけたばかりに以降の会場は野外にしなければならなかったわけですよね。
それはあったかもしれない。昨年は屋根付きのドームでやったけど、一応野外みたいなものですからね(笑)。野外フェスは当日の天気が気になるんだけど、別の考え方をすると、野外フェスには雨も付き物なんじゃないのかな、と思うんです。実際その場では雨が降ると最悪だけど、後々思い返してみると、結構ドラマチックな思い出として印象に残っているものなんですよね。05年の山崎まさよしのデビュー10周年のイベントは、そんな感じで、当日はすごい雨で、アーティストもスタッフも大変だったんだけど、今も強烈に心に残っているものなんですよね。それはファンも同じじゃないかな。
--森川さん自身はもともと野外フェスやコンサートは好きだったんですか。
好きでしたよ。ぼくが学生の頃は中津川フォークジャンボリーなどのイベントがあった時代で、それには行ってないんだけど、東京の日比谷の野音なんかでやっていたコンサートにはよく行っていました。当時の野音は毎週のようにわけのわからないイベントをよくやっていたんですよ。本当はウッドストックに行きたかったくらいなんだけど、とてもじゃないけど当時は考えられないでしょ。まだアメリカも遠かったし。だからモンタレーのポップフェスティバルなんかの映像を見て、いろいろ想像していましたね。でも考えたら、大型野外フェスの最初って、65年のビートルズのシェア・スタジアムなんじゃないかと思うんだけど……。ああいう通常はライブ会場ではないスタジアムにステージ組んで、アンプを置いて、大人数のファンを集めてという非日常的なライブをやったのはビートルズだと思うんですよ。--確かにそうかもしれませんね。あのライブにはビートルズのほかにもいろいろなアーティストが出ていましたよね。
ぼくはすべての発想がビートルズだからさ(笑)。
--実際に自身で開催してみて、運営の苦労もありましたか。
2001年に、会場までアクセスするバスが遅れたことがあったんです。でもコンサートの時間は、決まっているから、定刻どおりにスタートしたら、1000人から2000人くらいのファンが最初のアクトが見られなかった。そのときにバス会社だけでなく事務所に寄せられたクレームはすごかったですね。確かにぼくがお客だったらクレーム出したかもしれない。そういうときに主催者側の我々がどう誠意ある対処をしなきゃいけないかと考えました。見られなかったコンサートをどうやって彼らに返したらいいかということで、そのときの収録した映像をいろんな方法で見せてあげるなどのフォローをしました。単に事故ということで片付けるわけにはいかないですからね。
--10年前だと、まだそれほど日本でフェスが認知されていたわけではなかったですよね。続けようと思ったのはどんな理由ですか。 始めたものは仕方がないという感じですよ(笑)。もし来年はやらないということになったら、客が入らなくなったから止めたんだとか、陰口叩かれるのもシャクだし。または、逃げたと思われるのはイヤだし。うちのオーガスタ・キャンプは野外フェスではあるけど、一種の大きなショーケースと考えているんです。客入れのときにデビュー前のアーティストを出して、お客さんにお披露目しています。野狐禅、スキマスイッチ、秦 基博、長澤知之なんかもそうでした。デビュー前はメインの横に設置したサブのステージでやって、お客さんの反応を見て、次の年、もしくはその先のオーガスタ・キャンプでは彼らにもメインのステージに立ってもらいたいな、と思っています。
--そこが、10年続けた大きな要因のひとつだと思います。その顕著な例が2001年の元ちとせさんだと思うのですが。
あの夏のオーガスタ・キャンプはすごく印象に残っています。ちとせがインディーズで2枚目のCD「コトノハ」を出したばかりのときで、まだ全くの無名でした。なので、2番目だか3番目だかに登場させたんです。最初はパラパラあったくらいの拍手が、最終的に彼女が歌い終わると、そこにいた観客全員が感動して、その歌声になぎ倒されたぐらいの感じになってました。特に、山崎まさよしの故郷の防府の特設会場でやったときの、「竜宮の使い」っていう曲が終わった瞬間の、あの波のような嵐の拍手は本当に凄かったんです。彼女のステージが終わるとすぐに、観客が物販コーナーに殺到して、我々が用意した1000枚のCDが、あっという間に全部売れてなくなってしまったんですよ。それから半年後に元ちとせはデビューするわけだけど、そのときのオーガスタ・キャンプで既に「ものすごい歌唱力をもった女の子が登場した」っていう雰囲気ができあがっていました。
--そのときのライブ観客の感動している様は、今までのアーティストのパフォーマンスとにはない感動だったわけですか。
山崎まさよしやスガ シカオ、杏子たちのステージを見たときにも、もちろん感動はありました。山崎が四谷フォーバレーや青山の曼荼羅などでやっていたとき、スガ シカオが初めてバンド引き連れてやったTBSホールなど、いくつもあります。でも、彼らにはライブの積み重ねがあった。そのときの、元ちとせは、まったく初めてのライブに等しかった。お客さんにも予備知識がなかった。それが一瞬にして会場にいた人の心を掴んだのです。
--このときすでにブレイクの予兆があったと。 最初に彼女が出てきたとき、あの会場にいた人達はどんな音楽をやるんだろう?って思ったはずです。奄美大島?シマ唄やるの?シマ唄って民謡?つまりそれがどういうものか誰にもまだわからなかったんですよ。だから、彼女のこぶしや裏声を聴いたとき、まったく新しい音楽として受け入れたんだと思います。そもそも日本のポップスは洋楽のカバーから始まっていて、いろんな先人たちが試行錯誤しながら、日本独自のポップスを作ってきて、時代によって形を変えながら今のJ-POPと呼ばれるものが出来上がった。元ちとせの場合は、外側からではなく、内側から侵略された感じ、日本にもこんないい音楽があるんだという、新発見があったんじゃないでしょうか。
--2002年にはオーガスタ設立10周年ということで、会場を千葉マリンスタジアムに移してテーマ曲も作って、かなりレベルアップした感じがしました。
最初の頃から都内の会場を探していたんですが、なかなか好ロケーションの場所が見つかりませんでした。でも徐々にイベントのキャパは大きくなっていくし、前年のアクセス・トラブルなどもあったので、都内近郊で地の利のいい場所を優先的に選んだんですよ。それが千葉マリンスタジアムでした。ただ、あそこは日差しは強いしコンクリートの照り返しやらの暑さで、問題もありました。しかもアーティストが増えていくと、ライブの時間も長くなっていって、お客さんはもちろんアーティストの健康ケアも考えなければいけない。でも、滞りなく終わったので、安心しました。
--ラストでは大きな花火も上がるなか、森川さんも山崎さんに紹介されてステージにあがって、挨拶しましたね。
そうだったっけ? ああいう所に出るのは大嫌いなんだけど、気が付いたら出ちゃっているときがあるんだよね。去年もそうだったっけ(笑)。でもすごく恥ずかしいんだよね。
--先ほどのショーケースという話ですが、森川さんはアーティストのライブに何を見るのでしょうか。オーガスタのアーティストは単に優秀なソングライターというだけではなくライブが素晴らしいですよね。
僕がアーティストに出会うときは、ライブが多いんです。CDはクールなものだけど、ライブはその瞬間を切り取るみたいなところがあるから面白い。後戻りできない、取り返しのつかない緊張がある。ライブで初め見た後にCDを聴いて、ライブの印象をフィードバックしてくれるのもいいかなと思います。僕はとにかくライブを重視するから、自然とうちのアーティストはライブっぽいイメージがあります。
--それは秦(基博)君や長澤(知之)君も同様ですか。 特に去年の長澤はすごく良かったんじゃないかな。ギターを投げ出して帰っちゃうところとか、ものすごくロックっぽかったと思う。アーティストによって、一発で観客の心をつかむ人もあるし、何年もかかって人の心に浸透するアーティストもいるわけで、それは人それぞれですよ。
--オーガスタ・キャンプの規模が大きくなると同時に、03年にはBMG JAPAN内にオーガスタレコードも立ち上がって、それぞれアーティスト単体のファンというよりもオーガスタアーティストのファンという集合体が出来ているような気がします。この状況をどう見ていますか。
昔ビートルズが作ったアップルじゃないけど、そういうプロダクションができたことは、前例があまりなかった日本にあって、いいことだと思うし。実はこういう会社が作りたかったんだ、と今改めて思うんですよね。MADE IN AUGUSTAって言うか。
つづく
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