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the players' worlds プロの世界「Vol.2」 小野瀬雅生「攻守に抜かりない ハマのギター大魔神」
■インタビュー/文:久保田泰平  ■撮影:本多元  ■デザイン:SQIP Inc
掲載日:2007.5.21
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クレイジーケンバンドのリード・ギタリスト、そして小野瀬雅生ショウのリーダーとして活躍する“ノッサン”こと小野瀬雅生。ソロ(=攻)でもバッキング(=守)でも、聴き手をうっとりさせる巧みかつユーモアに富んだギターワークは唯一無二だ。横浜生まれの横浜育ち、彼こそまさにギター・プレイヤー界における“ハマの大魔神”である。
--初めてギターを買ったのはいつでした?
 中学一年生ですね。中学一年のクリスマスに親に買ってもらいました。その最初のギターはフォーク・ギターで、ベラミっていう、今は影も形もないメーカー。
--ギターを弾いてみようと思った動機はなんだったんですか?
 その当時、70年代の真ん中ぐらいですかね。ビートルズ・リバイバルで、ネコも杓子もビートルズだったんですよ。で、クラスにもその波がやってきて、男子がポツポツとギターを手にし始めたんですね。それで、ギターをやってるやつがモテ始める……というわけで、これはやっておかなきゃいかんと(笑)。
--で、ギターを買われて、ビートルズをコピー?
小野瀬雅生 いやあ、まずそれは無理でしたね。最初にコピーしたのは、井上陽水さんの曲ですね。「ゼンマイじかけのカブト虫」。Fコードが出てこなかったからという(笑)。
--実際にモテました?
 男にモテましたね(笑)。
--エレクトリック・ギターはいつから?
 中学二年の夏には買ってました。フォーク・ギターがある程度弾けるようになったとき、自分がやりたいのはロックだってわかったんですね。で、エレキを買うまでは、フォーク・ギターのホールにおしゃべり用のワイヤレス・マイクを突っ込んで、それをラジカセで受信して、それで鳴らしてましたね。結構音が歪むんで、いいんですよ。でも、家の人間からはうるさいと。うるさいからしょうがない、エレキだったら生音は静かだろうということで買ってもらったんですね。
--バンドはすぐに組んだんですか?
 組みましたねえ。組みましたけど、ちゃらちゃら練習しているだけで。とかなんとか言ってるうちに、転校したんですね、僕が。中学二年のときに転校して、転校した先で組んだバンドはそれなりに本気でした。まあ、目標は文化祭という感じですけど。
--そのときのレパートリーは?
小野瀬雅生 メンバーそれぞれがやりたい曲をやってた感じで、ジャンルはバラバラでしたよ。多かったのは吉田拓郎さんの曲。僕はビートルズがやりたかったんで、ビートルズの「Roll Over Beethoven」と「Nowhere Man」。コーラスなんて惨憺たる有り様でしたけど(笑)。あとはピンク・レディーとかもやったなあ。「渚のシンドバッド」とか(笑)。
--そのバンドは、文化祭でウケたんですか?
 ええ、これがウケまして(笑)。それで僕の人生が完全に決まっちゃった感じでしたね。
--その後、そのバンドは?
 高校に入ってから、そのときの連中とは違う高校になったんですけど、バンドは続けてましたね。
--オリジナルを書き始めたりとか?
 まだオリジナルはやってなかったですけど、自分たちに合う音楽はないものかと、コピーするにしても、もうちょっとやるものを絞っていこうと考えた結果、見つけたのがドゥービー・ブラザーズだったんですね。高校の三年間は、ほぼドゥービーのコピーをやってましたね。一年のときに腕試しで横浜のライヴハウスのオーディションを受けたんですけど、それが意外とウケたりとか、三年のときにはツイン・ドラムにして、パーカッションも入れて、ドゥービーと同じ8人編成でやってたりとか、ヤマハ主催の「EastWest」というコンテストに出てジュニアの決勝まで行ったりとか……そのバンドは結構長く、23、4歳まではやってましたね。まあ、多少メンバーが変わったり、名前を変えたりとかっていうのはありましたけど。
--ギタリストとしていちばん最初に影響を受けたのは誰だったんですか?
小野瀬雅生 バンドではドゥービーとかやっていながら、家ではハードロックっぽいことを練習してたんですよ。そこで一生懸命コピーしていたのがフランク・マリノ。フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュのライヴ盤は、高校の三年間の80%ぐらい、うちのターンテーブルに載せっぱなしでした。レコードの溝が本当になくなるぐらい聴いてましたね。僕が人生の中で擦り切らしたレコードは、そのレコードとジェフ・ベックの『Wired』なんです。
--その後、バンド活動のほうは?
 高校のときからのバンド以外にも、掛け持ちでいくつかやっていたんですけど、ある時期、まったくバンドに属していなかった時期があって。で、ひとりでなにしようかなって思ったときに、打ち込みを覚えたんですね。それでポプコンに出場したり、一年ぐらいはひとりでやっていて、その後、バンドもちょこちょこやってたんですけど、どうもうまくいかなくて。で、20代後半ぐらいのときに、一回やめようかなって思ったんですよ。これはダメかなと。こりゃダメかなってあきらめかけてたとき、あれは忘れもしない1989年の大晦日、友達のバンドの年越しライヴを観に行ったんですけど、そのときに、僕の前から歩いてきたのが、いまクレイジーケンバンドのドラマーをやってる廣石(恵一)さんで。廣石さんは、僕が高校のときにオーディションを受けたライヴハウスや、ヤマハ日吉センターという、僕が打ち込みを始めた頃によく出入りしていたレッスン場にもよく来ていて、廣石さんがオメガトライブとは別にやっていたバンドに僕が入った時期もあったんですよ。ちなみに、(横山)剣さんも日吉センターによく来ていて、お互い「あっ、コワイ人」みたいな感じで認識してたんですね(笑)。で、廣石さんと大晦日に再会したとき、いきなり「バンドに入ってよ」って言われまして(笑)。それで2つのバンドで活動することになったんですね。ひとつは剣さんがやっていたZAZOOっていうバンド、もうひとつは、やはりクレイジーケンバンドでいまベースを弾いてる洞口(信也)くんがいたバンドで。あの大晦日、友達のライヴを観に行ってなかったら、その後の僕はなかったかも知れないですね。そのへんの人脈、その先も末永く音楽をやっていく人間と知り合ったわけですから。
 
小野瀬雅生's PLAYLIST: まずは痺れろ!そこから始まる10曲
 
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