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the players' worlds プロの世界「Vol.5」
洋楽への時めくイメージの広がりをもとめて - 木暮“shake”武彦
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--プロを目指そうと思ったきっかけは。
 まず中学の頃から自分は絵描きかミュージシャンになりたとは思っていたんだけど、それは許されない話で。そこで就職するか大学に行くかと親に聞かれて、大学に行く事になったんですね。ただバンドもそこそこでバイトしながら普通の大学生活を送っていたんだけど、20歳の頃にやっぱり生きている間に1枚でもいいからちゃんとプロとして自分のアルバムを作りたい。その1枚でダメになっても悔いはない。そう決断してから学校も辞めて家も出て全て音楽に専念して、自分の知っている一番上手いミュージシャンを集めて活動を始めました。それまではライブハウスでの活動もしていなかったんです。曲も作った事なかったし。そして活動を始めてすぐの頃、最初の曲を作って演奏したりコンテストに出たら受けたんで、いけるんじゃないかなという感触をつかみました。
--その後は、レベッカ、レッドウォーリアーズと第一線での活動がはじまる訳ですね。
 音楽活動を始めた当時、自分が上手いと思ったバンドに声をかけて自主サークルみたいな形で合同でライブをやっていたんですね。お互い刺激を受け合って高め合いながら、一緒に遊んだ仲間なんで、楽しかったんですが、その仲間と後にレベッカやレッドウォーリアーズを結成いくことになるんです。
--その後、突然アメリカ行きを決意されて、実際向こうで活動を展開されましたよね。そのきっかけは?
 そもそも、子どもの頃の夢をずっと持っていたのか、自分はレッドツェッペリンやTレックスのように音楽をやりたいとしか思ってなかったから、最初から日本で活動したいとは考えていなかったんですね。実際日本で活動してみると自分が本当にやりたい事がなかなか実現できないなと感じてね。ときめきとか広がりとかやっぱり洋楽なんだよね。
--80年代当時、紛れもなくギターヒーローの1人であり、ロック界ではカリスマとしての地位を確立したにも関わらず、自分の信じる道を今も歩き続けているように思えるのですが、そこまでストレートにシャケさんを動かすものとは一体何なのでしょうか。
 やっぱり繰り返すようだけど”時めくイメージの広がり”なんだよね。ギターはたまたま自分の道具だったというだけで、絵を描く道を選んでいたらやっぱり同じことで今でもやっていたと思うんだよね。だんだん自分の世界というものが分かってきたら、世の中と関係ないんだと思って。とにかくとことんそれをやろうと。どこまで自分が信じて行けるかという事だろうね。
--これからどんな方向に進んでいくのでしょうか。
 今47歳なんですけど、もうすぐ50歳になっちゃって、気がつけばすぐ60を迎えるだろうし、その中で自分てどんどん変化していくだろうなって思うんですね。若い時っていうのはやっぱり歳取ったら終わりだみたいに思っていたけど、今はやっぱり歳を取るごとにどんどん良くなる気がするんですよね(笑)。どんどん無駄な事に興味がなくなってくるし、環境にしても友達や音楽も家族もどんどん良くなっていて、自分の人生が良くなっていると確信があるんですね。その度、年を取るたびに新しく発見したものを音楽にしておけば、いつも新しい音楽が出来るし、よりもっと自分の魂の確信に近付いて、自分の個性がもっともっと引き出せるんじゃないかなって。そういうふうにやっていきたいね。
木暮“shake”武彦 Professional's eye
--プロとしてのこだわりを教えてください。
 こだわらないことかな(笑)。例えばギターを5弦にしてオープンGにするとかキース・リチャーズのマネをしたり、頭の中でそういう事を限定している間は”自分”じゃないですよね。こだわらないで何でもやってみて、自分の個性との結びつきによって自然と自分の中に残る物、それこそが自分に与えられた本当のツールだし、一番力を発揮できる物だと思うんですよ。それをどこまでも自由に操れるようになりたいですね。
--思い出の楽器
 基本的には音楽の事しか考えていないんで、特に楽器にこだわりはないんです。何十万もするようなギターを必死にバイトして買うみたいなものは1回もなくてね。 そこにあるギターで演奏しているだけで、でもそれがきっと運命だと思っているんです。自分に必要なものは自然にやってくると思い込んでいるんですけど(笑)。 1本上げるとしたらビルローレンスのシャケモデル。青のストラトタイプのギター。 最初は3シングルの普通のストラトタイプだったんだけど、実際演奏する時はリアしか使わないので演奏中スイッチを触ってしまって音が変わるのが嫌で、フロントとセンターを取ってもらったんですけど、それからリクエストがあって商品化になったんです。
木暮“shake”武彦 Private Music
--どんなシチュエーションで音楽を聴きますか?
 住んでいる所が山の中で、移動はいつも車なので、車の中にCDを積んで聴いていますね。最近は新しい音楽を聴かなくなりましたが、ワールドミュージックやクラシックは好きで特にラベルやドビッシーはよく聴いていますね。
--思い出の1曲を上げるとしたら
Casino Drive / レッドウォーリアーズレッドウォーリアーズ
「Casino Drive」、または「バラとワイン」
from 『Casino Drive』

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 当時、日本でやりたい事が出来ないんだったら、またアメリカに行っちゃおうかなって思っていた頃で、そんな時にユカイくんといっしょにやろうということになって、彼はすごいシンガーだと思っていたので、このボーカルといっしょにやるんだったら自分の思い描いていた、ときめくような音楽を日本でできるんじゃないかなと、みんなに誇れるような音楽ができるんじゃないかと感じてね。この曲はすごく子どもっぽい詞なんだけど、10代の頃から思っていた、ああいう洋楽的なパーッと開けたような内容を詞にできて、それをちゃんとした音楽に載せることができて、すごく嬉しかった。出来上がったとき、これをみんなに聴かせたい!って
 
木暮“shake”武彦’s PLAYLIST: BIG BLUESTONE MUSIC
 
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プロフィール
木暮“shake”武彦
木暮“shake”武彦
(コグレ タケヒコ)
1960年、東京都杉並区に生まれる。1982年、レベッカを結成。アルバム2枚を制作し、脱退。1985年、レッドウォーリアーズを結成。4枚のオリジナルアルバムを制作し、武道館、西武球場のライブ成功させ、名実共に日本を代表するロックバンドへと成長する。1989年に解散、渡米。初めてのソロ・アルバム『L.A.WORKS』制作後、多国籍(日・米・仏・英)バンド、カジノドライブ結成。以後、2枚のアルバムを制作。帰国後の1995年に初のソロ・プロジェクト サイコデリシャス活動開始。2002年、新たな音楽表現としての、インストゥルメンタルの活動を始める。2006年、『Mt.デリシャス』始動。
Mt.デリシャス
(マウント・デリシャス)
2003年木暮が、自然をテーマに、新たな音楽的展開を求めて富士山麓に移住する。2004年河口湖のチャリティーイヴェント『ヘリテージ』においてピンクフロイドのトリビュートライヴで共演したのをきっかけに、ドラマー柏原克己ら同じ大自然を共有するミュージシャンと「HOLLY MOUNTAIN JAM」として定期的なセッションを始める。2005年10月以降、日本舞踊、クラシック、ジャズ、アフリカ民 謡と様々な表現手段を持つパフォーマー・レイナをメンバーに交え活動中。ジャンルにとらわれない自由な音楽的冒険と共に、宇宙とのつながり、存在する喜びを表現する。2006年バンド名を『Mt デリシャス』とする。2006年8月待望のファーストアルバム『夜明けのドラゴン』11月DVD『DRAGONNAPS』発売。 2007年8月、2ndアルバム「太陽に還ろう」をリリース。
オフィシャルサイト
http://www.psychodelicious.com