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「okuda tamio FANTASTIC TOUR 08」の8本目は京都府京都市の京都会館だ。
「京都について書く」というのは非常に難しい。京都という土地は「出来ることなら全部見たい」という気持ちにさせる。あれもこれも見なければと僕を駆り立て落ち着きを失わせる。書くなんてとんでもない。どれを書いたらいいかわからない。多くの寺社仏閣、歴史ある建築物、伝統的な町家、通り、路地…目に入るものすべてに注意を向け、そしてただ見るだけにとどまらず、「出来ることなら全部を知りたい」と調べたくなる。由緒書や案内板を見かけようものなら、一字一句読まずには気が済まない。だから観光ひとつとっても他の土地に比べ何倍も時間がかかってしまう。困った土地である。
当然、民生さんと京都について書こうと思えば、多くのテーマが頭に浮かぶ。
「舞妓さんと民生」
「金閣寺と民生」
「嵐山の民生」
「鴨川で民生」
「京都タワーに民生」
「蛸薬師通りへ民生」
「京都大原三千院、民生」
「百万遍と南禅寺と民生」
「清水寺から民生」
「民生のおばんざい」
「大文字民生」
どれも何かありそうな気にさせるから不思議である。だがあくまでも今回は「京都会館の民生」だ。「京都会館」もそのまま見逃すわけにはいかない。ここは戦後の建築界をリードした前川國男氏の設計によるもので、1960年(昭和35年)に開館した歴史ある名建築のひとつである。
50年近くも前に建てられたとは思えない今なお斬新で堂々とした重層的な構造をなす会館では、これまで多くの演奏会やリサイタルやコンサートやライブが行なわれてきたのだろう。そこには風格とでもいうのか、夥しい様々な音が長年にわたって積み重なってできた「あたたかさ」みたいな空気がロビーとステージに漂っていた。
そもそも京都は音楽的にも豊かな土壌である。この国の音楽史の多くが存在するのだろうし、近代以降の音楽に関しても様々な音、そして人物を生み出している。老舗のライブハウスが何軒もあり、大学のサークルで音楽に親しむ学生の数も多い。事実、多くの京都出身アーティストやバンドが活躍している。そのとき、何故かふと思い浮かんだのはボガンボスのどんとさん(故人)が結成していたローザ・ルクセンブルグのことだが、それがポーランドに生まれドイツで活動したマルクス主義の政治理論家で革命家でもあった女性の名前だったことを知ったのが最近のことだったからだ。京都は音楽と思想が密接な関係にあるのだろう。見るべきもの、考えさせられることが膨大にあるという状況の背景には「歴史」があり、そこから「思想」が生まれていくのであれば、それはまた「音楽」も同じである。
「音楽」とは形を変えた「思想」のひとつでもあるからだ。「歴史」「思想」「音楽」…これらの関係性を考えることなんて東京ではなかった。これだけでも京都に来た意味があるというものである。加えて天候は大雪だった。容赦ない大雪だった。ただでさえ頭の中は満杯なのに、大雪が追い討ちをかけるように京都の景色を変えていき、見るべきものをさらに増やしていく。雪の京都は初めてなのだ。
そんな状態のなか、開演を待っていた。事務所の社長である原田氏に「京都会館はどんな感じですか?」とどんな答えでも正解になる質問をしてみた。答えは「音が良いね」とのことだった。ただでさえ「歴史」と「思想」が厳然と存在し、その堆積が「あたたかさ」を感じさせるほどの空間でなおかつ「音が良い」と言われれば、期待しないほうが嘘である。「早く奥田民生の音を!」という気持ちが否応なく盛りあがる。ちなみに民生さんの歌詞には「盛りあがる」という言葉が多い。そして開演を迎えた。

ギターの音が鳴ったとき。その一音がにじむように会場全体を包んでいった。一気に民生さんの世界だ。正直僕は音を細かく聞き分ける能力はない。そんな僕ですら、音のちがいに気づいた。「音があたたかい」のだ。産地直送である。民生さんの気持ちがそのままこちらに伝わってくる。そんな音だ。まるで民生さんが語りかけてくるようである。気持ちも体温も伝わってくるようである。何を思い、何を考えて曲を作ったのか、そんな細かい息づかいのような微妙な心情すらわかるような気がしてくる。詞の世界が目の前に広がり、言葉のひとつひとつが届く。これも京都のなせる業なのか。「歴史」と「思想」が言葉にさらなる磨きをかけていくのだろうか。外は厳しい京都の冬のなかでも酷寒といえる大雪だ。しかし会場内は「あたたかい」。肉体的に感じる温度はもちろんのこと、民生さんの気持ちとその根底にある熱さが音を通じて言葉を介して、お客さんの胸にしっかりと優しく飛び込んでいくようだ。
MCのタイミングを迎えたとき、僕を悩ます「ロック」の断片が現れた。会場全体が「あたたかい」せいで、お客さんの声援も心なしか多いような気がする。声をかけるのは大体女性だ。
「民生!」「たみおー!」「たみ、おー!」「タミオ!」
十人十色の声援だ。何人もの声を聞いたとき、ひとつ気づいたことがある。例えば僕が楽屋の廊下において、民生さんに「民生!」と言ったなら、それは大問題である。取材どころではないだろう。当然「民生さん!」と言うべきだ。
「民生!」「たみおー!」「たみ、おー!」「タミオ!」
声援はなおも続く。堂々とした呼び捨てである。しかも大声で。それは学校の先生に聞こえないようこっそりと言うものではなく、明らかに相手に届くよう呼び捨てをしている。そんな呼び捨てに対して民生さんが「今なんて言った!!??」とか「もっかい言ってみろ!!??」などと怒ることはない。たまにリアクションをするだけだ。それも「どうも」とあくまで丁寧に。この空間では呼び捨てが許されるということである。それは特殊な世界である。その特殊さに「ロックの正体」が隠されているのだとしたら、
「ロックとは、敬称略である」ということなのだろう。
ライブ終盤、増え続ける声援のなか、民生さんがそれまでとはまったく違うテンションで客席に向かって叫んだ。何かに取り憑かれたように。
「腹が減った!」
そうなのか。「ロックとは、腹が減る」のだ。
こうして時間は過ぎ、そしてライブは終わりを迎えた。「あたたかい」心地よさはいつまでも会場内に残っていた。「奥田民生」は「歴史」にその名を刻み、それはひとつの「思想」として、京都を漂い続けるのだろう。
ちなみに民生さんはその減った腹をふぐでうめたようである。
僕はおばんざいでうめた。
雪は一晩中降り続いていた。
※会場内の写真は全て三郷公演、横須賀公演から使用しています。
「京都について書く」というのは非常に難しい。京都という土地は「出来ることなら全部見たい」という気持ちにさせる。あれもこれも見なければと僕を駆り立て落ち着きを失わせる。書くなんてとんでもない。どれを書いたらいいかわからない。多くの寺社仏閣、歴史ある建築物、伝統的な町家、通り、路地…目に入るものすべてに注意を向け、そしてただ見るだけにとどまらず、「出来ることなら全部を知りたい」と調べたくなる。由緒書や案内板を見かけようものなら、一字一句読まずには気が済まない。だから観光ひとつとっても他の土地に比べ何倍も時間がかかってしまう。困った土地である。
当然、民生さんと京都について書こうと思えば、多くのテーマが頭に浮かぶ。
「舞妓さんと民生」「金閣寺と民生」
「嵐山の民生」
「鴨川で民生」
「京都タワーに民生」
「蛸薬師通りへ民生」
「京都大原三千院、民生」
「百万遍と南禅寺と民生」
「清水寺から民生」
「民生のおばんざい」
「大文字民生」
どれも何かありそうな気にさせるから不思議である。だがあくまでも今回は「京都会館の民生」だ。「京都会館」もそのまま見逃すわけにはいかない。ここは戦後の建築界をリードした前川國男氏の設計によるもので、1960年(昭和35年)に開館した歴史ある名建築のひとつである。
50年近くも前に建てられたとは思えない今なお斬新で堂々とした重層的な構造をなす会館では、これまで多くの演奏会やリサイタルやコンサートやライブが行なわれてきたのだろう。そこには風格とでもいうのか、夥しい様々な音が長年にわたって積み重なってできた「あたたかさ」みたいな空気がロビーとステージに漂っていた。そもそも京都は音楽的にも豊かな土壌である。この国の音楽史の多くが存在するのだろうし、近代以降の音楽に関しても様々な音、そして人物を生み出している。老舗のライブハウスが何軒もあり、大学のサークルで音楽に親しむ学生の数も多い。事実、多くの京都出身アーティストやバンドが活躍している。そのとき、何故かふと思い浮かんだのはボガンボスのどんとさん(故人)が結成していたローザ・ルクセンブルグのことだが、それがポーランドに生まれドイツで活動したマルクス主義の政治理論家で革命家でもあった女性の名前だったことを知ったのが最近のことだったからだ。京都は音楽と思想が密接な関係にあるのだろう。見るべきもの、考えさせられることが膨大にあるという状況の背景には「歴史」があり、そこから「思想」が生まれていくのであれば、それはまた「音楽」も同じである。
「音楽」とは形を変えた「思想」のひとつでもあるからだ。「歴史」「思想」「音楽」…これらの関係性を考えることなんて東京ではなかった。これだけでも京都に来た意味があるというものである。加えて天候は大雪だった。容赦ない大雪だった。ただでさえ頭の中は満杯なのに、大雪が追い討ちをかけるように京都の景色を変えていき、見るべきものをさらに増やしていく。雪の京都は初めてなのだ。そんな状態のなか、開演を待っていた。事務所の社長である原田氏に「京都会館はどんな感じですか?」とどんな答えでも正解になる質問をしてみた。答えは「音が良いね」とのことだった。ただでさえ「歴史」と「思想」が厳然と存在し、その堆積が「あたたかさ」を感じさせるほどの空間でなおかつ「音が良い」と言われれば、期待しないほうが嘘である。「早く奥田民生の音を!」という気持ちが否応なく盛りあがる。ちなみに民生さんの歌詞には「盛りあがる」という言葉が多い。そして開演を迎えた。

ギターの音が鳴ったとき。その一音がにじむように会場全体を包んでいった。一気に民生さんの世界だ。正直僕は音を細かく聞き分ける能力はない。そんな僕ですら、音のちがいに気づいた。「音があたたかい」のだ。産地直送である。民生さんの気持ちがそのままこちらに伝わってくる。そんな音だ。まるで民生さんが語りかけてくるようである。気持ちも体温も伝わってくるようである。何を思い、何を考えて曲を作ったのか、そんな細かい息づかいのような微妙な心情すらわかるような気がしてくる。詞の世界が目の前に広がり、言葉のひとつひとつが届く。これも京都のなせる業なのか。「歴史」と「思想」が言葉にさらなる磨きをかけていくのだろうか。外は厳しい京都の冬のなかでも酷寒といえる大雪だ。しかし会場内は「あたたかい」。肉体的に感じる温度はもちろんのこと、民生さんの気持ちとその根底にある熱さが音を通じて言葉を介して、お客さんの胸にしっかりと優しく飛び込んでいくようだ。
MCのタイミングを迎えたとき、僕を悩ます「ロック」の断片が現れた。会場全体が「あたたかい」せいで、お客さんの声援も心なしか多いような気がする。声をかけるのは大体女性だ。「民生!」「たみおー!」「たみ、おー!」「タミオ!」
十人十色の声援だ。何人もの声を聞いたとき、ひとつ気づいたことがある。例えば僕が楽屋の廊下において、民生さんに「民生!」と言ったなら、それは大問題である。取材どころではないだろう。当然「民生さん!」と言うべきだ。
「民生!」「たみおー!」「たみ、おー!」「タミオ!」
声援はなおも続く。堂々とした呼び捨てである。しかも大声で。それは学校の先生に聞こえないようこっそりと言うものではなく、明らかに相手に届くよう呼び捨てをしている。そんな呼び捨てに対して民生さんが「今なんて言った!!??」とか「もっかい言ってみろ!!??」などと怒ることはない。たまにリアクションをするだけだ。それも「どうも」とあくまで丁寧に。この空間では呼び捨てが許されるということである。それは特殊な世界である。その特殊さに「ロックの正体」が隠されているのだとしたら、
「ロックとは、敬称略である」ということなのだろう。
ライブ終盤、増え続ける声援のなか、民生さんがそれまでとはまったく違うテンションで客席に向かって叫んだ。何かに取り憑かれたように。「腹が減った!」
そうなのか。「ロックとは、腹が減る」のだ。
こうして時間は過ぎ、そしてライブは終わりを迎えた。「あたたかい」心地よさはいつまでも会場内に残っていた。「奥田民生」は「歴史」にその名を刻み、それはひとつの「思想」として、京都を漂い続けるのだろう。
ちなみに民生さんはその減った腹をふぐでうめたようである。
僕はおばんざいでうめた。
雪は一晩中降り続いていた。
※会場内の写真は全て三郷公演、横須賀公演から使用しています。


















