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「okuda tamio FANTASTIC TOUR 08」の9本目は兵庫県神戸市の神戸国際会館こくさいホールだ。
あたたかさを感じた京都会館のステージから一夜明けて、その「あたたかさ」と反比例するかのように、なおも京都には雪が降り続いていた。四条大宮にあるホテルには深夜に帰ってきたので、窓から景色を見ることもなかったから、朝になってカーテンを開けて驚いた。窓に広がる景色は素晴らしいほどの「お寺とお墓」ビューだった。京都らしいといえば京都らしい。京都だから許せるビューだ。お寺とお墓にゆっくりと雪が降り積もっていた。
今回のツアーは雪と縁がある。
前日、激しい雪が降るなかを目的地である京都会館とは微妙に逸れた路線を走るバスの中でふとそう思った。乗るべきバスを間違えたものだから、その不安も重なり、僕のなかで「大雪感」は倍増し、「雪とツアー」に何か意味を探ろうとしていた。思えば横須賀公演でも関東では珍しく雪が降ったし、松本公演でも雪のなかツアートラックが走っている写真をホームページで見た。無事にタクシーへ乗り継いで京都会館に到着したが、さらに雪は激しさを増し、「雪とツアー」には確実に何かあるに違いないとまで考えるにいたった。場所が京都だったというのも大いに関係がある。慌てて乗ったタクシーの運転手さんも「ここまで降り続けるのは最近では珍しい。明日の金閣寺は見物ですよ。雪の金閣寺はなかなか見ることができない。」と教えてくれた。大雪の日にライブが行なわれるということは、ある意味選ばれし日ということではないのか。会場入りするやいなや京都会館の歴史ある楽屋で(内線電話がいまだダイアル式の黒電話!)、マネージャーの細田さんに「今回のツアーは、なんだか、雪と縁がありますね…」ときいてみた。僕としては柄にもなくロマンというか情緒というか「雪とツアー」「雪と民生」という、それとなく意味を含ませて、ちょっと詩的な答えを期待して尋ねた質問だった。民生さんには「雪の降る街」という名曲もある。細田さんはこう答えた。
「まあ、そういう季節ですからね。」
たしかにその通りである。冬の2月からスタートしたツアーなのだから当たり前のことだ。「雪と民生」にそれ以上の意味はない。「晴れと民生」もあれば「曇りと民生」もあれば「雨と民生」もある。無駄に考えを巡らせていたことが恥ずかしくなった。ツアーとは、そんな感傷に浸っている暇はないのだ。ツアーとは過酷なものだ。今回のツアーでスタッフの皆さんはドカジャン(作業用ジャンパー)を着ているが、これは本気である。
カッコイイとかシャレてるとかじゃなく必要があって着用しているのだ。いかなる天気であっても、全国津々浦々に「生の演奏と音を届ける」というのは想像以上に困難をきわめる旅である。事実、終演後、雪が降りしきるなかでの機材や楽器の搬出作業は大変そうだった。しかも京都会館の歴史ある搬入搬出エレベーターはダイアル式黒電話のレベルをはるかに超えた、剥き出しの檻のようなエレベーターだった。素敵なツアーの裏側には、それを支えるスタッフの方々の汗と知恵と経験と勤勉さがある。雪にはなんの意味もない。ただ「そういう季節」というだけである。
午後になると雪もやみ、新幹線で神戸に向かうと、そこは雪が嘘だったかのような快晴だった。神戸国際会館は三宮駅からほどなく歩いたところに位置していた。
震災後の1999年(平成11年)に現在の建物となって開館したそうだ。前日の京都で、またしても事務所の社長である原田氏に「神戸国際会館はどんな感じですか?」
とどんな答えでも正解になる質問をしてみた。答えはまたしても「音が良いね」とのことだった。正直「音」というものに関して僕は素人であり、「音が良い」という「音に対するこだわり」はアーティストとして至極真っ当であるとこれまではそれ以上考えることはなかったのだが、その「こだわり」の背景に何があるのかということを真剣に考えるようになっていた。そこには僕を悩ます「ロック」が根底にあるのではと思ったからだ。答えは開演すればおのずと現れてくるだろうと、民生さんの演奏を会場の一番後ろで待つことにした。

民生さんのギターが鳴り、ライブがスタートした。僕は色々な位置でその音を聴きたくて、こそこそとうろうろした。「音が良いね」という答えに合致しているかどうかはわからないが、どの位置でも民生さんが奏でる音の振動が伝わってくる。音が動いているような感じである。空気中の振動はもちろんのこと、足下からも全身を揺らす。民生さんの生気が音を通して身体に注入されるかのようだ。民生さんの音は民生さんしか出せない。それは揺るぎようのない真実である。奥田民生は奥田民生でしかない。奥田民生の音は奥田民生の音でしかない。
その時、「音に対するこだわり」の背景にある「ロック」がわかったような気がした。奥田民生の音は素晴らしい。だがそれだけでは意味がない。「素晴らしい」と言い合っているだけでは何も生まれない。重要なのはそれを伝えることだ。人々に伝えることで、そこには様々な融合が生まれ、音楽の意味が発生する。奥田民生しか出せない音を時間と空間を共有してありのままを伝えるために「生の演奏と音を届ける」作業、それがツアーである。「音が良いね」は、それでないと「ありのままの奥田民生」が伝えられないからだ。
これは奥田民生の在り方にかかわる。人は程度の差こそあれ、他者に対して自分を足したり引いたりしがちである。アーティストという職業であればそれはなおさらだろう。髪の毛を染めたり立たせたりあるいはスキンヘッドになってみたり、派手な衣装に身を包んだり、過激なメイクをほどこしたり、激しい鍛錬をすることでその肉体美を披露したりと方法は様々だ。それはそれでまったく問題はない。アーティストとして正しい姿勢でもある。しかし、奥田民生は何も足したり引いたりしない。おそろしいほどそのまま、ありのままである。そしてそのまま音を作り出している。だからこそその音にすべてがある。これもロックの一断片かもしれない。
「ロックとは、そのままありのままでいることである。」
もっともっと奥田民生を知りたくなった。そう思ったとき、これまでの公演では「席から立って声援を送る観客」ばかりが目に飛び込んできたが、その他の観客の姿も気になってきた。二階席にいってみると、立つ人が多いなかずっと着席している人がいて、よく見ると、号泣していた。ロビーにいってみると、なぜかベンチでじっと座っている人がいて、漏れてくる音にじっと聴き入って身体を動かしていた。
「そのままありのまま」というロックが注入されると、全員「そのままありのまま」の身体になってしまうのだろう。
ライブの終盤、民生さんはこう言った。
「ま、そのうち来ますわ。」
「そのままありのまま」の自分を、民生さんの音によって知った観客は、それぞれ今日とはちがった明日を生きるはずである。そのうちきっと来るであろう民生さんを待ちながら。
奥田民生を知る旅はまだまだ続く。
ちなみに、神戸国際会館こくさいホールにある売店はスターバックスコーヒーだった。スタバがそのままあった。
※※会場内の写真は全て三郷公演、横須賀公演から使用しています。
あたたかさを感じた京都会館のステージから一夜明けて、その「あたたかさ」と反比例するかのように、なおも京都には雪が降り続いていた。四条大宮にあるホテルには深夜に帰ってきたので、窓から景色を見ることもなかったから、朝になってカーテンを開けて驚いた。窓に広がる景色は素晴らしいほどの「お寺とお墓」ビューだった。京都らしいといえば京都らしい。京都だから許せるビューだ。お寺とお墓にゆっくりと雪が降り積もっていた。今回のツアーは雪と縁がある。
前日、激しい雪が降るなかを目的地である京都会館とは微妙に逸れた路線を走るバスの中でふとそう思った。乗るべきバスを間違えたものだから、その不安も重なり、僕のなかで「大雪感」は倍増し、「雪とツアー」に何か意味を探ろうとしていた。思えば横須賀公演でも関東では珍しく雪が降ったし、松本公演でも雪のなかツアートラックが走っている写真をホームページで見た。無事にタクシーへ乗り継いで京都会館に到着したが、さらに雪は激しさを増し、「雪とツアー」には確実に何かあるに違いないとまで考えるにいたった。場所が京都だったというのも大いに関係がある。慌てて乗ったタクシーの運転手さんも「ここまで降り続けるのは最近では珍しい。明日の金閣寺は見物ですよ。雪の金閣寺はなかなか見ることができない。」と教えてくれた。大雪の日にライブが行なわれるということは、ある意味選ばれし日ということではないのか。会場入りするやいなや京都会館の歴史ある楽屋で(内線電話がいまだダイアル式の黒電話!)、マネージャーの細田さんに「今回のツアーは、なんだか、雪と縁がありますね…」ときいてみた。僕としては柄にもなくロマンというか情緒というか「雪とツアー」「雪と民生」という、それとなく意味を含ませて、ちょっと詩的な答えを期待して尋ねた質問だった。民生さんには「雪の降る街」という名曲もある。細田さんはこう答えた。
「まあ、そういう季節ですからね。」
たしかにその通りである。冬の2月からスタートしたツアーなのだから当たり前のことだ。「雪と民生」にそれ以上の意味はない。「晴れと民生」もあれば「曇りと民生」もあれば「雨と民生」もある。無駄に考えを巡らせていたことが恥ずかしくなった。ツアーとは、そんな感傷に浸っている暇はないのだ。ツアーとは過酷なものだ。今回のツアーでスタッフの皆さんはドカジャン(作業用ジャンパー)を着ているが、これは本気である。
カッコイイとかシャレてるとかじゃなく必要があって着用しているのだ。いかなる天気であっても、全国津々浦々に「生の演奏と音を届ける」というのは想像以上に困難をきわめる旅である。事実、終演後、雪が降りしきるなかでの機材や楽器の搬出作業は大変そうだった。しかも京都会館の歴史ある搬入搬出エレベーターはダイアル式黒電話のレベルをはるかに超えた、剥き出しの檻のようなエレベーターだった。素敵なツアーの裏側には、それを支えるスタッフの方々の汗と知恵と経験と勤勉さがある。雪にはなんの意味もない。ただ「そういう季節」というだけである。
午後になると雪もやみ、新幹線で神戸に向かうと、そこは雪が嘘だったかのような快晴だった。神戸国際会館は三宮駅からほどなく歩いたところに位置していた。震災後の1999年(平成11年)に現在の建物となって開館したそうだ。前日の京都で、またしても事務所の社長である原田氏に「神戸国際会館はどんな感じですか?」
とどんな答えでも正解になる質問をしてみた。答えはまたしても「音が良いね」とのことだった。正直「音」というものに関して僕は素人であり、「音が良い」という「音に対するこだわり」はアーティストとして至極真っ当であるとこれまではそれ以上考えることはなかったのだが、その「こだわり」の背景に何があるのかということを真剣に考えるようになっていた。そこには僕を悩ます「ロック」が根底にあるのではと思ったからだ。答えは開演すればおのずと現れてくるだろうと、民生さんの演奏を会場の一番後ろで待つことにした。
民生さんのギターが鳴り、ライブがスタートした。僕は色々な位置でその音を聴きたくて、こそこそとうろうろした。「音が良いね」という答えに合致しているかどうかはわからないが、どの位置でも民生さんが奏でる音の振動が伝わってくる。音が動いているような感じである。空気中の振動はもちろんのこと、足下からも全身を揺らす。民生さんの生気が音を通して身体に注入されるかのようだ。民生さんの音は民生さんしか出せない。それは揺るぎようのない真実である。奥田民生は奥田民生でしかない。奥田民生の音は奥田民生の音でしかない。
その時、「音に対するこだわり」の背景にある「ロック」がわかったような気がした。奥田民生の音は素晴らしい。だがそれだけでは意味がない。「素晴らしい」と言い合っているだけでは何も生まれない。重要なのはそれを伝えることだ。人々に伝えることで、そこには様々な融合が生まれ、音楽の意味が発生する。奥田民生しか出せない音を時間と空間を共有してありのままを伝えるために「生の演奏と音を届ける」作業、それがツアーである。「音が良いね」は、それでないと「ありのままの奥田民生」が伝えられないからだ。
これは奥田民生の在り方にかかわる。人は程度の差こそあれ、他者に対して自分を足したり引いたりしがちである。アーティストという職業であればそれはなおさらだろう。髪の毛を染めたり立たせたりあるいはスキンヘッドになってみたり、派手な衣装に身を包んだり、過激なメイクをほどこしたり、激しい鍛錬をすることでその肉体美を披露したりと方法は様々だ。それはそれでまったく問題はない。アーティストとして正しい姿勢でもある。しかし、奥田民生は何も足したり引いたりしない。おそろしいほどそのまま、ありのままである。そしてそのまま音を作り出している。だからこそその音にすべてがある。これもロックの一断片かもしれない。「ロックとは、そのままありのままでいることである。」
もっともっと奥田民生を知りたくなった。そう思ったとき、これまでの公演では「席から立って声援を送る観客」ばかりが目に飛び込んできたが、その他の観客の姿も気になってきた。二階席にいってみると、立つ人が多いなかずっと着席している人がいて、よく見ると、号泣していた。ロビーにいってみると、なぜかベンチでじっと座っている人がいて、漏れてくる音にじっと聴き入って身体を動かしていた。「そのままありのまま」というロックが注入されると、全員「そのままありのまま」の身体になってしまうのだろう。
ライブの終盤、民生さんはこう言った。
「ま、そのうち来ますわ。」
「そのままありのまま」の自分を、民生さんの音によって知った観客は、それぞれ今日とはちがった明日を生きるはずである。そのうちきっと来るであろう民生さんを待ちながら。
奥田民生を知る旅はまだまだ続く。
ちなみに、神戸国際会館こくさいホールにある売店はスターバックスコーヒーだった。スタバがそのままあった。
※※会場内の写真は全て三郷公演、横須賀公演から使用しています。


















