| ■文/構成:久保田泰平 ■制作:Astrograph |
【脚注】
(注1)ジャズ喫茶
50年代に“ジャズのレコードを楽しめる喫茶店”として各地に登場したが、60年代は生バンドがライヴをやるスペースとして認識されるようになり、カントリー&ウェスタン、ロカビリーにはじまり、GSの活動拠点にもなっていった。有名店にはACB(新宿)、ラ・セーヌ(上野)、ナンバ一番(大阪)など。
(注2)オリーブ
ホリプロが全国からメンバーを募り、“第二のオックス”として売り出したGS。日本初のツイン・ドラムが売り物だったが、ヒット曲を出すことはなかった。
(注3)ライオンズ(The Lions)
地元大阪での人気に目を付け、東芝音楽工業(現・EMIミュージック・ジャパン)がデビュー前から大宣伝を展開。しかし、デビュー曲「すてきなエルザ」は最高位90位と大コケ。ちなみにグループ名は、すでに人気グルプだったタイガースやジャガーズの向こうを張ったもの。

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『GS Hit Parade』
(注4)「ミュージック・ライフ」の人気投票
日本初の洋楽情報誌で毎年行われていた人気投票。68年からグループ、ソロ歌手を取り混ぜた〈日本の部(総合)ランキング〉が設けられた。68年のトップ3は、スパイダース、タイガース、カーナビーツ。69年のトップ3は、ゴールデン・カップス、スパイダース、タイガースの順。
(注5)黒沢進
54年、秋田生まれ。ロカビリーやGSを中心とした60年代の日本のロック/ポップスの造詣に関しては他の追随を許さない音楽研究家。数々の著書のほか、90年代以降にGS音源のCD化を進め、“カルトGS”“B級GS”なる言葉も生み出した。2007年4月19日、肺炎により急逝。

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『日本ロック紀GS編』
(注6)
ボルテイジ(THE VOLTAGE)
本格的R&Bグループとして、68年6月に「エミー・マイ・エミー」でデビュー。ライヴでは黒人音楽のカヴァーしか演奏しなかったという。69年秋に解散。最後のシングル「汐鳴りの幻想」はおもいっきり民謡調。

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『コンプリート・ボルテイジ
R&Bビッグ・ヒッツ・アルバム』
(注7)
『スーパー・ライヴ・セッション』
69年8月に発表されたザ・ゴールデン・カップスの4枚目のアルバムで、ほぼカヴァー曲で構成。10分以上にもおよぶ即興演奏が聴ける「ゼンのブルース」は圧巻だが、もはやGSのガレージ性はなし。

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『ゴールデン・カップス
スーパー・ライヴ・セッション』
(注8)『アルバム第2集』
ザ・ゴールデン・カップスの68年9月発表作品。「長い髪の少女」「愛する君に」のヒットを収録。ジュニア・ウォーカー「ショットガン」、クリーム「ストレンジ・ブルー」などカヴァー曲が多いが、GS特有のガレージ感覚やファンキーさがあり、楽しく聴ける。

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『アルバム第2集』
/ ザ・ゴールデン・カップス
(注9)オックス(OX)
宝塚人気を研究した末に生まれたという王子様風の中性的ルックスで、黒沢進氏いわく、“芸能”としてのGSを極限まで押し進めたGS。ローティーンの女子を中心に人気を博したが、ライヴでの失神パフォーマンスは教育界からのヒンシュクを買った。当時、スポーツニッポン紙の音楽担当記者、小西良太郎氏は、衰退化していくブームのなかで「オックスだけが過激に大人を挑発している」と評価していた。

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『オックス・
コンプリート・コレクション』
(注10)筒美京平
日本のポップス界を代表する大作曲家。GSブーム時は作曲家活動を始めて間もない頃だったが、そのヒットメイカーぶりは、オックスの「ガール・フレンド」「ダンシング・セブンティーン」「スワンの涙」「僕は燃えている」などで早くも発揮されていた。
参照:MUSICSHELF特集
『偉大なる流行作曲家・筒美京平の「この10曲」を選ぶ』
「GSを日本独自の楽しみとして受け止める気持ちは音楽ファンすべてにあった」
(サエキけんそう)
「違った方向を向いている演奏者とプロデューサーの思惑が、結果的にとんでもないオリジナリティーを生み出したGS」(久保田泰平)
60年代末の日本に訪れたスウィンギング・ロンドンならぬスウィンギング・ニッポンの季節――日本中を熱狂させた一大音楽ムーヴメント、GS(グループ・サウンズ)は、その音楽性や活動展開においてさまざまなエポックを生みだし、日本独自のオリジナル・ポップスを確立していった。タイガース、テンプターズ、スパイダース、ブルー・コメッツ、ゴールデン・カップス、ワイルドワンズなど、多くの人気グループを生み出したGSブームだが、その熱狂は1968年を中心とした3年あまり。しかし、そうであったにも関わらず、その過熱ぶりはいまだ例を見ないレベルであり、ニッポンの音楽史やその後の音楽業界の構造を語るうえでも重要な出来事として語り継がれている。このたび、その“GSブーム”をコミカルかつ真摯に捉えた映画「GSワンダーランド」の公開を記念して、MUSICSHELFでは世代を越えたGSファンによる対談を企画。本サイトの連載「SOUND AND VISION」でもおなじみのサエキけんぞう氏と、同じく本サイトの連載「GIRL's STYLE」で執筆中の音楽ライター、久保田泰平氏をお招きして、あれこれと話に花を咲かせていただきました。
久保田: 僕はGSブームの真っ直中に生まれた世代なんで、当然ながら当時の状況は知らない世代んですけど、サエキさんはリアルタイムで経験されてた世代ですよね?
サエキ: リアルタイムって言われるとちょっと……さすがにジャズ喫茶(注1)とかは行ってる年頃ではなかったんで(笑)。やはり、ヒット曲の多くはTVで体験していた感じですね。あと、地元のデパートの屋上でオリーブ(注2)のライヴを一回観たっていうぐらいで。
久保田: ずいぶんマニアックなところを体験してますね(笑)。
サエキ: 地元は千葉の市川なんですけど、その程度のGSしか観ることができなかったんですね(笑)。でもまあ、現場の熱さっていうのは十分に伝わってきましたよ。
久保田: そういえば、「GSワンダーランド」のオープニングでライオンズ(注3)の演奏シーンが出てきますけど(現在の若手バンドが完コピ)、B級GSとして認識されているようなグループでも、現場ではかなりの熱狂で迎えられてみたいですね。
サエキ: そうだったかもしれませんね。僕が観たオリーブの演奏もすごく良くって、しかもこのグループはツイン・ドラムだったんですよね。洋楽のロックとは違うビート感というか、ビートの強さで十分に訴求するノリがあったんですよ。そういう部分は「GSワンダーランド」でもちゃんと捉えられていますよね。
久保田: タイガースやテンプターズのような人気バンドだけじゃなくて、歴史の前面に現れてこないグループがちゃんとGSブームの底力を築いていたってことですよね。「GSワンダーランド」にも出てきますけど、そういうマイナー・バンドを「私だけのものよ!」的なノリであえて追っかけるファンもいて。
サエキ: とにかくね、GSの頃の「キャーッ!」っていう熱狂は、現代のジャニーズ系とかとはひと味違いましたよね。ビートルズとか当時のイギリスのバンドにも言えることなんだけど、すごく獰猛な感じというか(笑)、品のかけらなんてないですよね(笑)。
久保田: 演奏しているメンバーが身の危険を感じる、なんて話も聞いたことがあります。
サエキ: そうですよね。そういう感じはしましたね。
久保田: サエキさんはGS登場以前にビートルズだったり洋楽のロックも聴いていたと思うんですけど、そういうものを聴いていたうえでのGSの印象っていうのはどんなものでした?
サエキ: GSはですね、なんていってもテレビにおける姿だと思うんですよね。もちろんラジオでも聴いてたんですけど、やっぱりテレビのインパクトに勝るものはなくて、GS独特の、パッと出てきて演奏しはじめた瞬間の感じっていうのがあるんですよね。それはね、どう考えても洋楽にはまったくない感じなんですよ。音の帯域もちょっと高めでベースとかもよく聞こえないし(笑)、そういう音の感触とギンギンに攻めてくるヴィジュアル感覚というか演奏マナーというか、ヴォーカリストのポーズにしても独特のものがあって、それに魅せられるんですよね。で、その感じが、「GSワンダーランド」の主役グループであるザ・タイツメンにはよく出ている。
久保田: 洋楽リスナーが「GSなんて……」って小バカにするような風潮はなかったんですかね?
サエキ: それこそ68年にはローリング・ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」のビデオも紹介されていたし、そういうのを見て「これは敵わないすごさがあるな」って思ってたところはあったんですけど、日本のGSでも十分楽しめたっていうか、こっちはこれがあればイイやっていう感じはありましたからね。意外とGSに対する差別みたいなものは、僕の実感としてはなかったですね。ただ、ゴールデン・カップスやスパイダースが本格派なんだっていうマナーは、音楽好きのなかには強くありましたね。これは強かったですね。「ミュージック・ライフ」の人気投票では圧倒的1位(注4)でしたし、ただ、そのあとにタイガースが続いてたりするんですよ。それってGSに対するある種の郷土愛というか(笑)、そういうものが普通に音楽ファンのなかにあったと思うんですよね。
久保田: 当時もそうだったんですね。A級B級含めて次々とCD復刻されていって、“GSの全貌”みたいなものが手に入れやすくなった90年代以降は、おっしゃったような当時の気分であったり“GSのおもしろさ”が理解しやすい状況になったと思うんですけど。
サエキ: 結局、それはすべて黒沢進さん(注5)の功績なわけですよ。黒沢さんなくして「GSワンダーランド」はなかったわけですよ。
久保田: たしかに、ヒット曲だけじゃなくて、GSブームの本質まで伝えてくれたのは黒沢さんですよね。
サエキ: そう、黒沢さんが言っておられた冗談ともつかない言葉に、「GSの中にはロックを含めてすべての音楽性が含まれている」と。つまり、ロックはGSのなかのいち分野なんだっていう(笑)、すさまじいテーゼがあるんですよね。まあ、たしかにGSのなかにロックがあったっていう説明は間違ってはいないわけですけど、黒沢さんのおっしゃっていた意味はもっと激しくて、「ロックもGSから生まれた」っていうぐらいの勢い(笑)。まあ、それは置いといて、GSっていうのはすごく音楽性が広くて、ソフト・ロックやフォークも含めて、ありとあらゆる音楽性を包含しうるコンセプトだったんだってことですよね。そういうことを90年代の旧音源発掘によってCDで聴ける時代になって研究と布教が進んだというのが、今回の映画の伏線になってるんじゃないかと思うんですよね。
久保田: いろんな面から見て、日本のポップス史において重要なムーヴメントだったっていうことですよね、GSは。
サエキ: GSを日本独自の楽しみとして正面勝負で受け止める気持ちは、当時かぶれてた人たちだけじゃなくて、音楽ファンすべてにあったと思うんですよね。ただ、それが言葉になってなかっただけだし、あまりにも輸入されるロックがすご過ぎたから、それで気圧されていた。だからこそ声高に言うことはなかったんですけど、ただ、今考えても、69年にGSが衰退していく時、ひとつの祭が終わったというか、一抹の寂しさを感じたんですよ。こんなことでいいのか? と思ったのは間違いない。ただまあ、当時はね、清涼飲料水の銘柄がひとつなくなってしまうのと同じようなレベルで片付けられることだと誰しもが思っていた。GSがなくなったんなら代わりのものが出てくるだろうと思ってましたしね。
久保田: ぜんぜん違う次元の話かも知れないですけど、おニャン子クラブが解散した時に、僕は一抹の寂しさを感じました(笑)。笑い話のようですけど、おニャン子解散とともにアイドル・ポップは衰退していったわけですし、あの、キュートでチャーミングな女の子ポップスは、SPEEDやモーニング娘。が出てくるまで似た類が出てこなかったわけですから。
サエキ: なるほど(笑)。ものすごく大きな文化を喪失したっていうふうには、なくなった当時は誰も思わないものなんですよね。GSも、時が過ぎ、5年10年15年と時が経ってみればみるほど忘れられないムーヴメントだし、分析すれば黒沢さんが言うとおり、洋楽ロックに匹敵する日本独自のコンセプトを打ち立てたんじゃないかなっていう思いが込み上げてくるんですよね。そういう想いも含めて、「GSワンダーランド」はよく捉えてますよ。時代モノの映画って、あとからでっち上げたものを架空の物語として祭り上げるってことがありがちなんですけど、「GSワンダーランド」は、現代風の味付けはされているんですけど、本当に好きだった人も当時の実感そのままで観られる映画だなって思いますね。
久保田: ザ・タイツメンというバンドひとつで、浮かばれなかったGSのいろんなエピソードを描いてますしね。民謡調の歌を歌わせられるところなんてボルテイジ(注6)みたいだし。自分たちのオリジナルじゃなくて、作家が作った曲で売れちゃうなんていうのは、GSによくあったパターンで。
サエキ: 合宿所の感じとか、タイガースの映画「世界はボクらを待っている」みたいですしね。
久保田: 合宿といえば、僕の友人に向井秀徳(ZAZEN BOYS)っていうのがいるんですけど、彼が10年前に上京した時に住んでいたアパートは、その昔、スパイダースの井上順が住んでいたそうなんですよ。
サエキ: へぇ~。
久保田: 大家さんの話では、下にファンが集まるぐらい人気者になってた頃らしいんですけど、部屋は四畳半一間の風呂なしで。
サエキ: やっぱり風呂はないかぁ……。たしかに、経済的状況とか、国民の暮らしぶりの変化みたいなものがある時にムーヴメントが起こるというか、バブルの時もバンド・ブームが起きたわけじゃないですか。
久保田: おニャン子クラブとか(笑)。
サエキ: でも、90年代以降に大きなムーヴメントってなくて。風俗的変化がぱらぱら現れたり消えたりっていう程度ですよね。
久保田: 単純にビートルズやベンチャーズの登場に煽られたムーヴメントではなくて、暮らしに余裕が出てきたこともGSブームを後押ししたんでしょうね。エレキを買えるようになったとか、気軽にライヴに行けるようになったとか。
サエキ: ベンチャーズといえば、あのバンドがどのくらい影響を及ぼしたのか?……それって、今もやってるコピー・バンドを見ればわかるんですけど、見てもそんなにおもしろくないものなんですよ(笑)。ベンチャーズのコピー・バンドっていうのは当時も今も変わってないと思うし、アクションとかルックスも含めて本家を追い越すようなものではないんですよね。ところがGSの魅力っていうのは、ビートルズやストーンズにないものをやっていたというところに尽きるんですね。ただそれがね、いったい何を夢見ていたのか、なにを表現したかったのかっていうのがミステリアスなんですよ。当時の日本人が描いていた数々の妄想が見えてはくるんだけど、奥底が見えない(笑)。僕自身、というか黒沢さんと言い換えてもいいと思うんですけど、興味をもって研究してる人が汲めども汲めども尽きない不思議な部分があるんですよね。
久保田: GS以降のニュー・ロック勢に見られるような、洋楽のロックと肩を並べたい! っていう目標が出来てしまった瞬間に、GSって終わってしまったんじゃないかと思います。
サエキ: 正確に分析するのはすごく難しいんですけどね。まあ、ゴールデン・カップスが良い例で、当時の先端の音楽ファンは、カップスとモップスを聴いてたわけですよ。で、カップスはシングルのことをすごく恥だと思っていて、「長い髪の少女」とか「愛する君に」とか、本拠地の横浜で演奏することは当時なかったんですね。そこで演奏していたのはポール・バタフィールド・ブルース・バンドとか、ブルース・ロックであったと。それこそがエラいんだっていう自負があったんですね。で、90年代末以降の和モノ・ブームで、DJたちがそういう“洋楽のコピー”的なものを好んでかけたかっていったらまったくそうでなくて、鈴木邦彦さんとかが作った曲を好むわけです。それが、今の視点でGSを振り返った時の特色なんですね。
久保田: たしかに、後追い世代の僕にとって、カップスといえば『スーパー・ライヴ・セッション』(注7)よりも俄然『アルバム第2集』(注8)ですもん。
サエキ: で、そんなカップスでさえも、最近、生演奏で「クールな恋」っていうもっとも歌謡曲との接点が強い曲を演奏してたりするんですよ。しかも5人組で。当時、僕らはカップスに洋楽一辺倒であってほしかったわけではなくて、やはりシングル盤を買って聴くのが好きだったんですよ。当時の本人たちは、作家が作った歌謡曲テイストの曲を良しとしてやってはいなかったけど、十分に洋楽に耳が肥えてるリスナーでさえも、それが好きだったんですよね。その気持ちに、ようやくカップスが追いついてくれたっていう。つまり、黒沢さんがGSのガレージ性を発見し、そしてカルトGSとして布教し、それが93年に始まって15年経って、ついにそのラインにカップスが降りてきてくれたと。でも、15年かかったわけですよね。
久保田: 違った方向を向いている演奏者とプロデューサーの思惑が、結果的にとんでもないオリジナリティーを生み出して、それが広いポピュラリティーを得たっていうのはGSの特徴ですよね。こういう話をすると、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を思い出すんですけど、あれも、マイケルとクインシー・ジョーンズの危うい力関係によって作られたものですもんね……脱線しましたけど。
サエキ: 考えてみれば、作家の考えていたことは正しかったということになるんですよね。やってる本人たちは洋楽に憧れてやってるけど、仕事だから仕方なくやってたものが、ついにジャストになる時代がきた。ヴィジュアル系のバンドがド歌謡曲的な曲をガンガンに歌ってヒットさせる時代になったわけですからね。ただ、GSのほとんどは、もともと洋楽が好きでバンドを始めて、デビューする時にいやいや作家さんが作った曲をやってこうなったっていう、その順番と構造は最低でも押さえておかないと、GSはなんだったのか?っていうのを論じることはできないと思います。
久保田: 劇中でザ・タイツメンのメンバーがお祭りルックを着させられているのを見て、ディレクター役の杉本哲太の「オトナが真剣に考えれば考えるほど大のオトナが真面目に考えれば考えるほどああなっていくんだもの、不思議な世界だよな」っていうセリフが印象的で。
サエキ: そうですよね。そういう世界だなって感じですよね。で、タイツメンが結構喜んでやってるというか、仕事として割り切ってやってる感じがよく出てて、そのへんの風情は当時の感じがすごくしましたけどね。大方のGSはマジメに仕事をこなしてたんで、テレビでコントまでやってたりとか、そういうのはお約束ごととして観てたし、楽しかったし、それがGSの世界観を作ってたと思うんですね。つまり、お茶の間の人気者であり……ただ、お茶の間に出るとはいっても紅白には出してもらえなかったり、不良であるって認識はあったんですよ。お茶の間に出てくるには性の匂いが強すぎたっていうね。今のジャニーズ系との大きな違いは、異形感というか、不健康な感じ。その不健康さがストーンズとかの不健康さとはぜんぜん違う、和製な感じで。性的なファッションの工夫で異形感とか不健康さを出しているという意味では、今のゴスロリ系に近いところもありますね。でも、インパクトからしたらGSのほうが強いかな。着ているものも、ゴスロリ系は全体的にシックな感じで、かっこよかったりするものもあるんだけど、GSってかっこいいのかどうかっていう(笑)。
久保田: タイツ、ですからね(笑)。まあ、これって完全にオックス(注9)が下敷きになってると思われるわけですけど。
サエキ: そのオックスとタイツメンを結ぶ線っていうのが、筒美京平先生(注10)ね。今回、先生がタイツメンに書き下ろした新曲がすごくいい曲ですよね。GS全体を俯瞰するロマンチシズムが入ってる名曲が繰り返し流されることによって、すごく映画を新鮮なものにしていると思います。筒美京平さんの名前が頻繁に出てくるのはGSの末期なんですけど、GS末期にまつわる悲喜こもごもというのが「GSワンダーランド」という作品のポイントになってる気がしますね。
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サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー
現在MUSICSHELFでコラム「SOUND AND VISION」絶賛連載中!!
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久保田泰平
音楽ライター/エディター。
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