山中千尋 -

掲載日:2012.07.17

山中千尋の新作は、ずばりビートルズへのトリビュートアルバムだ。世界一名の知れたロックグループの楽曲たちは、ジャズのフィールドでも、これまで多くのミュージシャンによってカヴァーされている。そこに敢えて飛び込んだ姿勢にまず驚いた。そしてCDを聴いて、もう一度驚いた。それは、原曲は良く知っているはずなのに、いまだかつて聴いたことのない、めくるめく未体験ゾーンが出現するからだ。この作品を聴くと、安易にトリビュートと表現しては憚られるような気がしてくる。ちょっと大げさに言うならば、ビートルズが山中に作品を提供した、なんて錯覚さえするのである。それと、子供の頃から聴いてきたビートルズに、アジア的要素を散りばめることで、自身のアイデンティティも見つめられたという。どうやら『ビコーズ』は、彼女のキャリアの中でも最も重要なアルバムのひとつになりそうだ。


--今回のアルバム『ビコーズ』と、前アルバム『レミニセンス』(11年8月発売)の間に『スティル・ワーキング』(12年5月)というミニ・アルバムをリリースされていますね。新作の話を伺う前にまず、『スティル・ワーキング』の位置づけを教えてください。そこではピアノ以外に、積極的にキーボードを弾いてらっしゃるのが印象的でした。

基本的には『レミニセンス』の延長線上にあるものです。キーボードについては、ジョージ・ラッセルのバンドにいたとき弾いていたこともあって、それ自体がすごく好きなんですよ。同じ鍵盤楽器でも、ピアノとキーボードやシンセだとノリが変わってきます。だから、『レミニセンス』で演奏した、シンプルなメロディを使いながら好きに演奏するというコンセプトはそのままに、キーボードを使った曲を中心に収録されています。そして今、こうして『ビコーズ』と並べてみると、『スティル・ワーキング』はまったく違いますね。フュージョン・オリエンテッドなところがあるというか。

--そして『ビコーズ』ですが、これはビートルズへのトリビュートというコンセプトですが、やはり今年が結成50周年というタイミングに合わせたということですか?

そうですね。それと私のアレンジを聴いていただければおわかりになるかもしれませんが、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のようなメドレー形式のものも多いんです。それは、子供の頃から聴いてきたので、知らないうちに影響を受けていたんでしょう。それに彼らを最初に聴いたときから、初めてなのに、初めてじゃないようなメロディアスな曲が大好きなんですよ。そういった意味でも、私の作曲の原点です。小学校3年生のとき、初めて作った曲がポール・マッカートニーにそっくりで。本当はこのアルバムに収録したかったんですよ。


--だから、今回はポールの曲が多いんですね。


アレンジの面でも、よく独特だと言われるんですが、それもやはりビートルズの影響かも知れません。だから、このタイミングでトリビュート・アルバムを作りたかったんです。


--でもうがった見方ですが、もうほとんど音楽のテキストと化しているビートルズの楽曲に取り組むことは、ミュージシャンとして相当な覚悟がないと…

そうなんです。ビートルズをあまりにも大事にしてしまうがために、作品としてとても内向的なものになってしまう危険性があります。だから、発想を全く転換して、「この曲がこういう感じだったら楽しいのにな」という感覚でアレンジしてみました。私なりのビートルズ再構築です。

--冒頭の「ビコーズ」ではタブラが、続く「イエスタデイ」ではタブラに加えてシタールの音色も聴こえてきます。

「イエスタデイ」では私が弾くキーボードでシタールの音色を出しています。ただ、パラパラとシタールの音だけが聴こえるようにはしたくなかったんです。だから、YouTubeでシタールを研究したんです。タイミングとか、ハーモニーとかを。


--タブラはタブラ奏者が?

はいそうです。Facebookで探しました(笑)。「明日レコーディングがあるけど、誰かタブラを演奏できる人いませんか?」って。そしたらニューヨーク在住のベーシストが「上手いプレーヤーがいるよ」って紹介してくれたんです。

--そうした楽器を入れたのはどんな理由からですか?

今、ニューヨークのムーブメントは中央アジアにあるんです。そうした楽器を使うというほかに、アジア人であり日本人であるという立ち位置で、ソロを弾いています。だから、特にソロに関してはそうしたアジアっぽいメロディを散りばめています。そこを一番聴いていただきたいと思っています。私の立っている場所から見たビートルズ、という感覚ですね。

--そうした解釈もできるビートルズは、本当に面白い素材ですね。

メロディの強さという点では、本当にビートルズに勝るものはないんじゃないか、と思っています。また、ジャズには、原曲をどのようにフェイクしたかを楽しむ側面もあります。だから、お客さんの誰もが知っているビートルズは、格好の素材なんです。だから、もっと他の曲もアレンジして演奏してみたいですね。


--是非、聴いてみたいです。今回はジョンとポールの曲で占められていますが、ジョージの曲もリクエストしたいです、ジョージ好きとしては(笑)。

そう、ジョージもいい曲が多いですよね。実は「サムシング」をウクレレで演奏しようとも思っていたんです。でも上手く弾けなくて(笑)。「ブルー・ジェイ・ウェイ」も好きです。

--では、ライヴで聴かせてください。ところで、ビートルズの曲というのは、ジャズ・ミュージシャンから見て、どこかジャジーに聴こえたりすることってあるんですか?

いいえ、ありませんね。でも、ジャズではないですが、教会旋律に近いものを感じるときはあります。すごく不思議な解決をする曲もあります。そういうところは、バッハに通じる部分だと思います。


 

--さて、オーディオにも見識のある山中さんですが、今回のアルバムの音質について、気を配られたポイントはどこでしょうか?

ドラムが乾いた音で、さくっと聴こえてほしかったことがひとつです。そしてその分、ベースが柔らかくて豊かで、ピアノはその両方、つまり硬質な部分とソフトな部分を持っているような音質にもしたかったんです。

--マスタリングはグレッグ・カルビですね。

アコースティックな楽器をいくつも重ねていることもあって、今回はグレッグにお願いしました。彼はスタジオでとても小さい音でマスタリングするんですが、少しコントロールするだけで、音が変わるんです。まったくマジックだと思いました。

--さて、以前のインタビューで、これまでのジャズに捉われない挑戦をしてみたいとおっしゃっていましたね。ビートルズを題材としたこの新作では、その一端をうかがい知ることができました。ご自身でもその手応えはありますか?


そうですね。今回、大好きなビートルズをアレンジし、演奏することで、次の作品へのヒントもたくさん見つかりました。「こうあるべき」から「こう弾きたい」に次第にシフトすることができたように思います。タイム感や私ならではの特質を表現できるようになったかも知れません。自分の身体に合わせた音楽になってきたのかな。


山中千尋が選ぶ "私が「特に」好きなビートルズの楽曲たち"

 
「ブルー・ジェイ・ウェイ」 (ジョージ・ハリスン)
『マジカル・ミステリー・ツアー』収録
もし、きれいな楽曲ばかりだったら、それほどビートルズを聴いていなかったかも知れません。この曲のようにガサガサしていて、何が出てくるかわからないようなところがすごく好き。

  
「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」
(レノン=マッカートニー)
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』収録
ジョー・コッカーのクレイジーなヴァージョンが好きですね。リンゴの可愛い歌声よりも。


「シーズ・リーヴィング・ホーム」 (レノン=マッカートニー)
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』収録
子供のころ初めて聴いた時に、良い曲だなって素直に思えた曲です。


「ロッキー・ラクーン」
(レノン=マッカートニー)
『ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム)』収録
この曲ならギターで弾けますよ。


以下、レノン=マッカートニー
「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」 『アビイ・ロード』収録
「サムシング」 『アビイ・ロード』収録
「ユー・ウォント・シー・ミー」 『ラバー・ソウル』収録
「ディア・プルーデンス」 『ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム)』収録
「バック・イン・ザ U.S.S.R.」 『ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム)』収録
「ハー・マジェスティー」 『アビイ・ロード』収録
「カム・トゥゲザー」 『アビイ・ロード』収録
「アイ・アム・ザ・ウォルラス」 『マジカル・ミステリー・ツアー』収録
「アイム・ルッキング・スルー・ユー」 『ラバー・ソウル』収録

それと私、オノ・ヨーコさんを尊敬しているんです。プラスティック・オノ・バンドも良く聴いていました。音楽家としてもすごいですね。あんなふうに生きられたらいいな。日本女性の鑑です。ニューヨークにいると特にそう思います。本当のアイコンですね。


 

<インタビュー・文 /  中林直樹  写真 / 佐藤みつぐ

リリース情報


何ものにもとらわれないこの感覚こそ
ザ・ビートルズがめざした自由
『ビコーズ』
2012.7.18 ON SALE!

【初回限定盤】(SHM-CD、DVD)
UCCJ-9126 / ¥3,500(tax in)


【SA-CD SHM仕様】
UCGJ-9004 / ¥4,500(tax in)


【SHM-CD】
UCCJ-2102 / ¥3,059(tax in)

 

 

山中千尋デビュー10周年第3弾!待望の最新アルバムは、定評のあるピアノ・トリオの演奏のみならず、シタールやタブラといったインド楽器も迎え、現在ニューヨーク・ジャズ・シーンのトレンドである中央アジア系Jazzを取り入れ制作!内容は本人も敬愛する今年デビュー50周年の“ザ・ビートルズ”へのトリビュート。ザ・ビートルズにインスパイアされたというオリジナル曲を3曲と、ザ・ビートルズの有名曲を中心に構成。

 

ライブ情報


「山中千尋 全国ホールツアー 2012」


2012.9.7 大阪 サンケイホール ブリーゼ
2012.9.9 多治見市文化会館 大ホール
2012.9.14 太田市新田文化会館 エアリスホール
2012.9.15 めぐろパーシモンホール 大ホール
2012.9.17(祝)焼津文化会館 小ホール
詳細はこちら

山中千尋は7月28日に出演。
今年も稲垣潤一をスペシャル・ゲストに迎えた豪華ステージ
『真夏の夜のJAZZ in HAYAMA2012』

 

7月27日(金) ~Friday Crossover Night~
7月28日(土) ~Saturday Jazz Night~
会場: 葉山マリーナ 特設ステージ
詳細はこちら

 

プロフィール

山中千尋(ヤマナカチヒロ)
桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学音楽学部演奏学科(ピアノ専攻)を経て米国バークリー音楽大学に留学。在学中より幾多の賞を受賞し、数多くの有名アーティストと共演を重ねる。
バークリー音楽大学を首席で卒業後、2001年10月に「澤野工房」から第一作『Living Without Friday』を発表、直後に大手CDショップのジャズ・チャートで一躍トップセールスをマークし、新人としては異例のデビューをかざる。
2002年12月にニューヨークの若手トップミュージシャンを従えた第二作『When October Goes』をリリース。ジャズ・チャート初登場第1位となり聴衆から絶賛を受ける。
日本でのライブ活動も本格化し、2003年初頭に行なった「山中千尋 ニューヨーク・トリオ ツアー2003」の模様を伝えたTVドキュメンタリ「情熱大陸」(MBS系)ではその国際的な活動をさらに広く知らしめることとなった。
ニューヨークを中心に世界各地で活動を続け、2005年1月にユニバーサル クラシックス&ジャズと契約。9月に待望のヴァーヴ移籍第1作『Outside by the Swing』を発表。オリコンデイリーアルバムチャート(邦楽・洋楽全ジャンル)で初登場20位、各ジャズ・チャートでは前作・前々作同様初登場第1位をかざる。
2009年3月、『After Hours』が「第23回 日本ゴールドディスク大賞 <ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー>」を受賞。
10月に、今年生誕100周年を迎えるベニー・グッドマンへのトリビュート作『Runnin' Wild』を発表。Amazon、タワーレコード、HMV、ビルボードジャパンなどの各ジャズ・チャートで第1位を獲得。また、群馬交響楽団の公演にて、「ラプソディ・イン・ブルー」を共演した。
011年は自身の音楽活動10周年を記念したアルバム『レミニセンス』を発表。その『レミニセンス』で全米CDデビューも飾った。その全米デビューを記念したニューヨークでのクラブ・ギグを収録したDVD『ライヴ・イン・ニューヨーク』も同年10月に発売。

オフィシャルサイト
http://www.chihiroyamanaka.com/
ユニバーサルミュージック
http://www.universal-music.co.jp/chihiro-yamanaka/

 

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