音楽活動10周年を迎えた、ジャズピアニスト(ここではとりあえずこの肩書きにしておこう。その理由は本文で!)、山中千尋が新作『レミニセンス』をリリースした。ジャズ、ポップス、ロック、ブラジリアンといった世界の様々なグッドミュージックを彼女の広い視野でピックアップ。ピアノトリオというスタイルで描き直している。2曲では、ソウルジャズのグルーブを一挙に引き受けて来たレジェンドドラマー、バーナード・パーディーが参加。その点でも注目が集まるのは必至だ。しかし、僕が強調したいのは、アルバムに漲る山中千尋の、全てを飲み込むようなダイナミズムである。そして、多彩な楽曲に挑めば挑むほど、多様なミュージシャンとセッションすればするほど、アーティストとしての揺るぎないスタンスが顕在化する。それは芸術家の個性が確立したことの証左でもある。
-- 8月6日に開催された「真夏の夜のJAZZ in HAYAMA」での稲垣潤一さんをスペシャルゲストに迎えのライブ、素晴らしいパフォーマンスでした。MCも面白かったですし。「ちょっと緊張してます」なんておっしゃっていて。
始まる前に、小曽根真さんが「じゃあ、僕、ここで聴いているから頑張ってね」なんておっしゃるので、緊張するなぁと(笑)。去年から、稲垣さんとはひょんなことでご一緒させていただいて。稲垣さんの音楽はもともと素敵だし、それをまたジャズで演奏するのが楽しくて。稲垣さんはご自身のコンサートのMCでは、用意されたことをきちんとお話しされるタイプの方です。それが私とお話しすることでどんどん脱線して。その様子にファンの方やマネージャーさんがとても喜ばれて(笑)。
-- さて、新作『レミニセンス』は、オリコンチャートなどでも好評を博していると聞いています(8/26付のオリコン・アルバム・デイリーランキングで10位を獲得!更にAmazonとHMVオンラインとiTunesのジャズチャートでも1位を獲得!)。これはジャズシーンでは滅多にないことでしょう。リリースから間もないですが、ご自身の中で手応えはありますか?
聴いてくださった方が、「元気が出る」とか「親近感がわく」と言ってくださるのが嬉しいです。今回のアルバムでは、いわゆるジャズのスタンダードというスタイルを一切とってないので、私にとっては大きなチャレンジでした。選曲したはいいけれど、さてどうやって演奏するか、音楽的なチャレンジの連続でした。
-- 選曲はどのような想いでされたんでしょうか?
世界中どこに行っても、ラジオをつければ聴こえてくるような曲を中心に選びました。また、震災があった後に録音したので、メディアとしてのラジオの存在も意識しました。
-- なるほど、だから、最終曲の「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・オブ・ユー」では、まるでラジオのチューニングを変えたような大胆なエディットが行われているんですね。
ラジオのチャンネルが切り替わるときの音をサンプリングして、曲に貼付けたんです。途中ででてくるメロディは、スクリャービンのソナタの4番です。ラジオが壊れて、チャンネルが変わるとそれが流れてくるようなイメージです。この曲は次の作品の予告のつもりで入れているんです。
-- それはどういった意味ですか?
私自身、いろんな種類のラジオを持っているんです。短波ラジオでロシアの放送などを聴くのが好きで。世界中で起こっている面白い混線とか放送事故とか、拾うも楽しいんです。ラジオに偏愛があるんですよ。だから、ノイズも含めた音風景みないなものにも興味があって。私にとってピアノはひとつの素材なんです。だから、ジャズピアニストと言われるのも、実は少し違和感があります。サウンドクリエーターではないですが、もっと大きな意味で、コンセプチュアルなものを作っていきたいと思っています。
-- そういった山中さんの側面もぜひ体験したいと思います。この『レミニセンス』では、ソウルジャズから、ポップス、ロック、ブラジリアンなど実に様々なジャンルから楽曲をピックアップされていますね。
結果的に多彩なグルーブが入っていると思っています。これまで自分のアルバムを聴きかえすということをあまりしないんですが、これに関しては違いますね。どこか自分じゃないような新鮮な感覚で聴いています。ソロに関しては、ジャズらしさを十分咀嚼し、表現できたと思っています。今までのジャズスタンダードで使うような語法を使えるような素材ではなかったので、ピアニストとしてソロを開拓する部分はとても大きかったんです。
-- 楽曲自体も、非常にコンパクトですよね。一般的なジャズのアルバムだと、ソロが長尺だったり、アルバム全体が緩むような印象を受けたりする場合が多いのですが。このアルバムでは一曲一曲がカチッとまとまっていて。原曲の美味しい部分を残しながら、ソロはとても凝縮されているように感じました。
ありがとうございます。私はこれらの曲の2番目のリフを作るつもりでソロを弾いています。ソロも2番目の歌、メロディだという感じで、作曲するようなイメージでした。熱を失わずに、かつ弾きすぎないようにという想いもありました。
-- 冒頭の「レイン、レイン・アンド・レイン」はオリジナルです。この曲、実は歌詞があるんじゃないかと思えるほど、歌心に富んでいると感じました。
最初の「レイン、レイン・アンド・レイン」の部分は、そうかも知れませんが、それ以外は、特に歌詞はありません。それと、今回の震災のニュースは、ニューヨークにいると、福島の原発事故ことしか伝わってこないんです。
-- ご実家も近いですから余計心配ですよね。
そうなんです。母親の実家が福島で、私はそこで産まれているので。雨の中にはいろんなものが含まれているとは思います。ただ、雨が降って、たくさんのものを洗い流し、早く再生してほしいという願いを込めています。メッセージを曲に託すことはこれまで一切したことがないんですが、今回はやはり特別です。また、復興に向かって頑張っている姿から、私も励まされたし、エネルギーもいただきました。そうじゃなかったら、このアルバムも完成するのが難しかったかも知れません。
-- 2曲目はホレス・シルバーが70年代に発表したものです。この頃のシルバーは一般的なジャズファンからは冷遇されていたころだと思います。僕は好きなんですが、一見、マニアックにも思える選曲ですね。
マニアックですか? とても良くできた曲だと思います。ホレス・シルバーはピアニストというだけじゃなくて、音楽のアイデアが非常に豊かな方で、音楽を全体で捉えるような視点を持っていると思います。
-- 4曲目にはショーン・レノンのカバー「デッド・ミート」という意外なカバーもあります。原曲は彼の父親からの影響が色濃く出たようなものですが…。
私、ショーン・レノンが大好きなんです。でも、この原曲は、ポール・マッカートニーからの影響の方が強いんじゃないかな?
-- それに続くのが、ブラジルの音楽家、マルコス・ヴァーリの「エリ・イ・エラ」。原曲はボーカルやストリングスなどをフィーチャーしたドリーミーなタッチですが、それをピアノトリオに置き換えるとこうなるのか、と。
あのハッピーなサウンドに引かれます。多幸感がある、というか。それをジャズワルツ風に仕上げました。
-- そして「マスカレード」で、いよいよバーナード・パーディーの登場です。
実はパーディーとはたくさんテイクを録りました。このアルバムには収録していませんが、ビリー・プレストンの曲なども演奏しました。機会があれば聴いていただきたいと思います。この曲は全員が伸びやかな演奏で、かつ色っぽくて良い演奏になったと思っています。
-- そうですね。メインテーマのキメのところに向かってカタルシスがあるというか。ところで、パーディーと知り合ったのは、いつのことですか?
震災のチャリティーコンサートです。それをきっかけにニューヨークのライブハウス「イリディウム」での競演ということになりました。
-- 僕もソウルジャズが好きで今でも良く聴くんですが、パーディーはそんなリズムの型を作ったレジェンドですものね。
ツボにはまると、本当にかっこいいんですよ。
-- あまり、手数は多くなくて、フィルもスネアが中心で。
でも、それだけで音楽が回りだすというのは、やはりすごいことです。現代のドラマーのような派手さはないんですが、人間の脈拍のようなソリッドで淡々としていながら心に迫ってきます。本当に不思議です。
-- 同じくパーディーが叩いているのが、「ユーヴ・ガット・ア・フレンド / セントラル・パーク・ウェスト」。これはキャロル・キングと、コルトレーンという一見、相容れなさそうなミュージシャンの曲が、シームレスにメドレーとしてつながっています。
セントラル・パークはニューヨークの風景として外せない公園です。それにすごく癒される場所でもあります。それに「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」では、ご存知のように友達について歌われています。だから、人と人とがつながっていたい、そんな気持ちで演奏した曲です。
-- 「ラ・サンバ・デ・プロフェット」の原曲はフレンチサンバですね。
アルド・ロマーノというドラマーの手によるものです。この曲と「シー・ディド・イット・アゲイン」はともに、ミシェル・ペトルチアーニの演奏で知ったものです。明るくて、ぐいぐい前に引っ張っていってくれる感じがあって。アルバムの中で良いスパイスになったと思っています。それにペトルチアーニは私が最初にいいなと思ったジャズミュージシャンだったので。ソロのメロディのクオリティに関しては、どんなポップスにも引けを取らないんじゃないかと思います。
-- そして、最後は冒頭でも触れた「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・オブ・ユー」です。
この曲は高揚感に溢れていて、いつ聴いても大好きなんですが、これをどういう風にトリオに解釈するかで悩みました。最初の部分は敢えてクレイジーな感じ、ちょっと目が回っているようなイメージにしてみました。まるで録音のテープが遅くなるような感じ。ひとりで音楽で遊んでいる感覚です。オーディオ機器をいろんなふうに操作して遊んでいたのが私の原点。ヴァイナル(アナログレコード)をわざと遅くまわしたり。
-- 以前のインタビューでもオーディオ話をさせていただきました。もちろんご自身の作品のサウンドにもこだわりがあると思います。SACD盤も同時に発売されていることですし、音質に関してはどのようなリクエストをされましたか?
とにかく華やかさが欲しかったですね。パーディーのドラムをフィーチャーするということもありましたし。暗く沈んだ音というよりは、明るくてカラフルで広がりがあるものにしたかったんです。メロディはしっかりと聴きやすく、それにプラスアルファして奥行きと華やかさが出せたらと思っていました。
-- マスタリングはビヨンセをはじめとするコンテンポラリーなブラックミュージックや、最近ではYMOのベスト盤を手がけたトム・コインですね。
トムは、ピアノトリオをあまり手がけたことがないから、面白かったと言ってくれました。ピアノの音がとても締まって聴こえると思います。ぎゅっとしているというか。このアルバムは3種類(通常版、SHM-CD盤、SACD盤)があって、それぞれジャケットも違うので、そこに目がいくかも知れませんが、音質の違いにも耳を傾けてください(笑)。
<インタビュー・文 / 中林直樹>
11/20@ビルボードライブ東京 ライブレポートはこちら
リリース情報
New Album
『レミニセンス』
NOW ON SALE!
【初回限定盤】
UCCJ-9124 / ¥3,500(tax in)
【通常盤】
UCCJ-2090 / ¥3,000(tax in)
【SACD盤】
UCGJ-9002 / ¥4,500(tax in)
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収録曲
1. レイン、レイン・アンド・レイン
2. ソウル・サーチン
3. クロース・トゥ・ユー
4. デッド・ミート
5. エリ・イ・エラ
6. マスカレード
7. シー・ディド・イット・アゲイン
8. ユーヴ・ガット・ア・フレンド|セントラル・パーク・ウエスト
9. ラ・サンバ・デ・プロフェット
10. キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・オブ・ユー
11. ラ・サンバ・デ・プロフェット
12. キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・オブ・ユー
プロフィール
山中千尋(ヤマナカチヒロ)
桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学音楽学部演奏学科(ピアノ専攻)を経て米国バークリー音楽大学に留学。在学中より幾多の賞を受賞し、数多くの有名アーティストと共演を重ねる。
バークリー音楽大学を首席で卒業後、2001年10月に「澤野工房」から第一作『Living Without Friday』を発表、直後に大手CDショップのジャズ・チャートで一躍トップセールスをマークし、新人としては異例のデビューをかざる。
2002年12月にニューヨークの若手トップミュージシャンを従えた第二作『When October Goes』をリリース。ジャズ・チャート初登場第1位となり聴衆から絶賛を受ける。
日本でのライブ活動も本格化し、2003年初頭に行なった「山中千尋 ニューヨーク・トリオ ツアー2003」の模様を伝えたTVドキュメンタリ「情熱大陸」(MBS系)ではその国際的な活動をさらに広く知らしめることとなった。
ニューヨークを中心に世界各地で活動を続け、2005年1月にユニバーサル クラシックス&ジャズと契約。9月に待望のヴァーヴ移籍第1作『Outside by the Swing』を発表。オリコンデイリーアルバムチャート(邦楽・洋楽全ジャンル)で初登場20位、各ジャズ・チャートでは前作・前々作同様初登場第1位をかざる。
2009年3月、『After Hours』が「第23回 日本ゴールドディスク大賞 <ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー>」を受賞。
10月に、今年生誕100周年を迎えるベニー・グッドマンへのトリビュート作『Runnin' Wild』を発表。Amazon、タワーレコード、HMV、ビルボードジャパンなどの各ジャズ・チャートで第1位を獲得。また、群馬交響楽団の公演にて、「ラプソディ・イン・ブルー」を共演した。
オフィシャルサイト
http://www.chihiroyamanaka.com/






