ブラジル音楽を楽しむ5つのキーワード

第1回「ブラジル音楽全般について」

今からちょうど100年前、一隻の船が日本の神戸港を出航した。781人の移民を乗せたその船の名は「笠戸丸」、行き先はブラジル、サントス港。
また、今からちょうど50年前、アントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ヂ・モラエスが作った「想いあふれて」をジョアン・ジルベルトがレコーディング。それは新しい感覚のサンバとして、今を生きる私たちにも広く知られた存在となっている。そう、ボサノヴァの誕生である。
ブラジルと日本の関わりは今年、100と50という極めて象徴的な数字で表されるに至ったのだ。そこで、音楽ファンとして、このタイミングで何かアクションするなら、やはりブラジルのミュージックシーンを覗いてみること、それも時間(歴史)と空間(地域性)という2つの軸を用い、全5回の連載でその肥沃な音楽文化を俯瞰してみたい。
ナビゲーターは、長年ブラジル音楽を日本に紹介し続けている、音楽ライターでプロデューサーでもある中原仁さん。


混じり合うからこそ生まれるもの


「よくブラジル音楽ってどういうものですか?」と尋ねられたとき、逆に質問を投げかけることにしています。「じゃあ、あなたはアメリカ音楽といえば何を、想像しますか?」と。そこには、ジャズ、R&B、ロック、ブルース、カントリー、ヒップホップ...となんでもありますよね。それに、例えばロックひとつとっても、その中にいろいろなジャンルがありますよね。

ブラジル音楽もそれと同様、あるいはそれ以上に幅広い音楽のジャンルがあります。それをまず理解してほしいと思います。では、なぜそうなったのかというと、ブラジルは多民族国家だから、ということができます。ヨーロッパやアフリカからの移民、またヨーロッパといってもかつての宗主国だったポルトガルだけでなく、イタリアやドイツ、東ヨーロッパからもたくさんの移民がいます。さらにアラブやユダヤ、それに日本をはじめとするアジア諸国からも同様ですね。

ただ、ブラジルと同じように移民の多いアメリカ合衆国との違いがひとつあります。アメリカは「人種のモザイク」と言われています。それぞれの移民たちがコミュニティーを持っているけれど、それはひとつひとつのパズルのピースのようになっていて、独立していてお互いが混ざらない、ということです。ところがブラジルは、何が原因かはわからないのですが、それぞれ異なる人種同士でもミックスしているというのが最大の特長です。ルーツの違うさまざまな文化が混じり合って、どんどん形を変えていく、それこそが音楽に限らず、ブラジルの社会と文化の基本になっていると思います。

そう考えると、ワールド・ミュージックという言葉がありますが、まさにブラジルの音楽こそが、ワールド・ミュージックなのではないかと。ルーツが違っていても、ブラジルという広大な国の中で、同じ空気を吸って、同じものを食べている以上、ブラジルという独自性も必ず出てくると思うんですね。


好奇心の強さと歌への愛情


そうした先天的な要素と社会的な背景がありますから、基本的にブラジル人は好奇心が旺盛で、外の文化に対して非常にオープンです。それぞれのルーツとしての文化はもちろん、今、アメリカやイギリスで面白い音楽があるならば、それらもどんどん取り入れてしまう。ヒップホップやレゲエもそうですし、パト・フ(1992- /ブラジルのポップバンド、ヴォーカルのフェルナンダ・タカイは日系ブラジル人)のようにJ-POPの影響を受けているバンドもたくさんいます。話は少しそれますが、ブラジルの若くて少しとんがったポップスをやっているアーティストは、みんな間違いなくコーネリアスが大好き!少し前だとピチカート・ファイヴとか。そういうところに、よくアンテナを張ってますよね。このように、先天的なブラジルを構成するさまざまな民族の文化だけではなく、同時代的に世界で起きている面白い音楽を取り入れているのです。

また、とにかく歌うことが大好きな国民性ですね。例えば、ブラジルのビッグアーティストがコンサートでヒット曲を演奏すると、もう客席は大合唱です。ライブ盤などでもよく聴かれますが、時にはアーティストが歌うのをやめてお客さんのために伴奏に回っていたり(笑)。コンポーザーが曲を作り、アーティストがそれを録音した、その時点で楽曲はみんなの共有物になるのではないでしょうか。だから、カヴァー王国と言われるほどです。それから、『ブラジル音楽100~ブラジル音楽のすべて』にも収録されているカルトーラ(1908-1980/ブラジル最重要のサンバ歌手、作曲家)の代表曲などは若い人たちでも知っています。このように、世代を超えて親しまれている曲が多いのもブラジルの特長ですね。それには、カトリック思想に裏付けられた家族社会であることや、ファミリー意識の強さがあることも大きな要因のひとつでしょう。その中で、親から子どもへ、あるいはおじいちゃんから孫へ歌い継がれるものは多いでしょうし、2世3世のミュージシャンが多いのもうなずけますね。(談)



ナビゲーター:中原仁 聞き手・構成:中林直樹 協力:株式会社 BMG JAPAN

【第2回「サンバの歴史について」は、9月8日に更新します。お楽しみに!】



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中原仁による監修・選曲
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中原仁
中原仁(Jin Nakahara)
音楽プロデューサー&コーディネイター/ラジオ番組制作者/選曲家/ライター/DJ/MC (株)アルテニア代表取締役。
1954年横浜生まれ、77年よりFM番組の選曲・構成を始める。85年に初ブラジル旅行以来、40回以上ブラジルを訪れ、取材のほかレコーディング制作/コーディネートなどを数多く行っている。また、88年から現在まで続くブラジル音楽の番組「サウージ!サウダージ(J-WAVE)」のプロデュース/選曲をはじめ、J-WAVEやUSENなどで選曲/番組制作を手がけ、コンピレーションCDの監修/選曲、ブラジル音楽のコンサートのプロデュース、ステージ構成/演出、さらにライター、DJ、MC、カルチャーセンター講師としても活動中。

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