すべては自分の意志から。そんな屈強な意志を感じさせるアルバムだ。
2007年、ミニアルバム『ginger』でデビュー以降、付いて回るあらゆる代名詞を軽々と飛び越え、前作『シリアルキラー』という傑作で、バンドの存在感を決定的なものにしたかに見えたserial TV drama 。だがまだまだ先があった。ニューアルバム『SPACE OPERA』では、ロックにおける温故知新、換骨奪胎を彼らなりのスタイルで極め、そこはかとない知性を感じさせる一方で、さらに色鮮やかに、より縦横無尽に“暴走”しまくっている。 好きだから、面白いから、楽しいから、のその先を見据えたserial TV drama の音楽の在り方。新井弘毅(G)の言葉には、使命感と野望、そして希望が満ちていた。
--常にフレキシブルでありながら全体の完成度を落とさず、最新作ではさらにスケールを広げましたね。
当初からあったやりたい音楽の形態がメンバーからの刺激で変化していったり、「コイツはこういうヤツだから」っていう、それをもっと出していきたいってことで今の俺らの音楽になっていったというか。最初に出したミニアルバムの曲は、今のドラマーではなく前のドラマーがいた頃に作ったものがほとんどなんですけど、録音の時点でメンバー・チェンジがあって、それで以前からある曲を今の5人に溶け込むようにアレンジし直したんですね。だからどちらかというとバンドのパワーを100%発揮できてるわけではなくて。たとえばドラムの翔太郎はじっくりとフレーズとして叩くよりも、パワーあるビートを叩いていた方がカッコいい、映えるヤツなんですよ。そうやって、それぞれのメンバーの個性を生かせるような楽曲を作りたいと思ってきたし、そうやってきた。それが今の俺らの音楽に繋がっているって感じですね。
--そうすると新井さんはプロデューサー的な立場で、いかにバンドの存在感を際立たせるかっていうことにまず重きを置いていると。
そうですね。僕にとってはそこが重要ですね。
--デビュー当時はそれこそエモーショナル・ロック、ギター・ロックという括りで、それにはまったく疑問もなかったんですけど。
ええ、ええ。
--ただメロディのよさ、ヴォーカルのよさはやはり群を抜いていて、そこから作品を重ねるたびに新鮮な驚きをもって変化してきた。そこがserial TV drama の大きな魅力だと思うんですね。
僕は常に“飛び級”はしちゃいけないなって思ってるんですね。前の作品を聴いてくれた人が、次の作品を聴いてくれたときに「わかるんだけど、わからない」っていう、そのいちばんいいところを作品にしたいと思っていて。それは僕らの音楽を以前から知ってる人も、そのとき初めて知る人も、どちらも近い感覚であってほしいというか。それがリンクしないものは作りたくないんですよね。それを飛び級してしまうと、昔から聴いてくれてた人の驚きと、新しく僕らの音楽を聴いてくれた人の驚きが異質なものになってしまうというか。「こうなっちゃったの?」という驚きと「うわ、これ、すげえ」っていう驚きって違うじゃないですか。それを僕はいいと思わないんですよね。
--なるほど。
「ああ、わかる。わかるけどでも、こうきたか!」っていうのが理想というか。だから徐々に聴き手を麻痺させて、どんどん面白いことをやっていくほうが僕は楽しいなあと思ってるんです。でも今回のアルバムを前作の段階で出してしまっていたら、ただギョッとされて終わっていたとも思うし、やっぱり『ginger』から『シリアルキラー』への変化は、やっぱりあれで正解だったと思うんですよね。もしかしたら『シリアルキラー』と同じような作品をまた聴きたいと思う人もいるかも知れないけど、同じものをまた作りたいとは思わないし。そうすることによって『シリアルキラー』の価値も下がってしまうと思いますからね。もちろん僕らにとっては大切な作品であることには変わりないし、もし『シリアルキラー』みたいな作品を聴きたいと思うのであれば、『シリアルキラー』を聴いてくれればいいことなので。
--確かに。ただその上でひとつひとつがスタンダードになっているというか。どれもカタログとしてずっと残したい作品なんですよ。
うんうん、そうですね。そうありたいですね。
--バンドのプレイによっても変化していったとは思うのですが、今回の『SPACE OPERA』はどういったヴィジョンがあったんですか。
毎回、常にイメージを固めてから制作に入るし、「serial TV drama のアルバムとして楽しいかどうか」っていう基本スタンスも変わってないんですけど、その上でよりアグレッシヴに前に飛んでくるような作品にしたかったというのはあります。前作の『シリアルキラー』は、全体的にスルッと曲が流れていくような作品だったんですけど、今回は曲ごとに景色が変わる、1曲1曲の個性をより強めて、12曲がトータルでバーンッと前にくるような、そういう思いで作りました。
--その通りの作品でした(笑)。
はい(笑)。『シリアルキラー』のときは、ビートルズの『サージェント・ペパー~』のような作品を作りたいなあと思ってたんですけど、今回、意識したのはクイーンの『Jazz』。全曲カラーは違うんだけど、どれも紛れもなくクイーンだっていう。全部の曲にのめり込んで、結果1枚の作品として最高なものってどうなんだろうって思って「いっちょ、やってみますか」と(笑)。やっぱり永く愛されるものを作りたいですからね。その秘密みたいなものを探りつつ、どうにか僕らの音楽に還元しようってことで・・・もう聴きまくりましたね(笑)。
--今、20代半ばの新井さんがビートルズやクイーンを聴き始めたのは自発的に?
そうですね。家で流れてはいたんですけど、最初はそれがビートルズかクイーンかっていうのすらわからなくて(笑)。でも僕の中では自分の好きな音楽のルーツを探るのが普通になっているんですけど、そうすると必然的にビートルズに行き着いてしまうじゃないですか。クイーンもそうでした。僕はエクストリームというバンドのヌーノ・ベッテンコートっていうギタリストが大好きなんですけど、その人がもう、ビートルズ、クイーン、ポリスといった昔の人に対するリスペクトをすごくもってる人だったので、彼のインタビューなんかを読んでは「あ、俺も聴かなきゃ」と(笑)。そうやっていろいろ探っていきましたね。だからもう、古い音楽は大好きです。
--そうやって往年の音楽を掘り下げていく、そこからバンドメンバーと新しい音楽を作っていくことに、何か特別な意識はありますか。
そうですね。最近の傾向というか、やっぱり昔の音楽に遡る人って少ないと思うんですね。なぜその音楽がそこにあるのか、っていうのを自分で探ったりしない、どこかリスナーが受け身になってる気がするんですよ。そういうのはあんまりよくないなあと俺は思っていて。もっと一人一人が自発的に音楽を知りたいと思ったり、「この音楽ってなんなんだろう?」って思ったりすることで、たとえば僕が聴いてきた音楽に興味をもってくれたら嬉しいし。それで古い音楽を聴いて、それが今に生かされているのを知って初めて音楽っていいものだなあってわかる。それって素晴らしいことなんじゃないかなあって思うんですよね。「serial TV drama の音楽だけ聴いてね」っていうスタンスだとそこで終わってしまうし、僕らの次の世代まで繋がらないと思ってて。もっと音楽が循環されてほしいと思うし、古いものを知らないと結局は新しいものにはならないと思いますしね。だから次の世代の音楽を聴いたときに、自分たちの音楽もちょっと含まれてたらいいなあって思うんですよ。
--なるほど。
音楽が自己表現の場でしかない、っていうのはなんか違うと思うんですよ。自分だけで完結するのではなくて、もっと「音楽って楽しいぞ」「いい音楽いっぱいあるぞ」っていうのを知ってもらいたいですよね。だからserial TV drama の音楽にも僕らの下の世代が聴いてこなかったような、よく知らないであろう音楽の要素をいっぱい入れてるし「うわ、面白え!」って思ってもらえると思うんだけど、でもそこで終わるのではなくて、僕はその先が見たいんですよね。「これって何なんだろう?」っていう、その先を知ってもらいたい。そうなったらいいなあって思うんですよね。
--とはいえ、鬼の首でも取ったかのように「ああ、ここはあのバンドのあの曲のあの部分ね」みたいに悪意をもって言われかねないじゃないですか、今って。
ああ、うんうん。なるほどなるほど。でも僕はあまり感じないし気にならないですね。たとえばそれが真似だって捉えられたとしても自分の中で一旦消化されてればそれでいいかなって。そもそも僕はある曲をベースにして同じような曲にしてやろうと思って作ったこともないですからね。ただ昔の音楽と聴き比べて「あ、ここはこう繋がってったんだ」っていうのに気付いてもらえたら嬉しいし、僕自身も楽しいし。「おお!自然とこのフレーズが出てきた!」っていうのは僕にとっては嬉しい瞬間だったりしますからね。
--新旧問わず、洋楽に対するコンプレックスというものもまったく感じないですね。
仮に僕が向こうの人間だったとしたらその時点で当たり前に洋楽ではないし、今の感覚は生まれなかったと思うし。イギリスやアメリカの外の国にいる人間だからこそ、向こうの音楽のよさがわかるところもあると思うんで。
--基本的にserial TV drama は日本語の詞であるし、それを伊藤さんはまったく崩さずにハッキリと歌う。そういうところにも表れている気がします。
そうですね。やっぱり日本人だし、単純に僕は日本が大好きですから(笑)。
--(笑)。今回のアルバムではライヴ感がさらに際立っているのですが、それはライヴを重ねていくことによって掴んだ手ごたえからだったりしますか。
そうですね。ライヴで得るものが僕らにとってはすべて、といってもいいくらいなので。ライヴで得たものが楽曲に生きていくのがライヴ・バンドの曲作りとして健全だなあと思うし、それがすぐにライヴで発揮されるっていう。そこに悪いことはひとつもない。だったら単純にライヴ感を突き詰めていこうと。
--ライヴも変わりましたしね。
そうです、ホントにそうですね。
--音源とライヴは別物っていう感覚はあったんですか。
いや、同じだったというか、同じ感覚でいたつもりなんですけど、人から言われて気付いたことがあったんですよ。自分たちはライヴ前提で音源を作ってライヴをやっていたんですけど、ライヴを観た人の客観的な感想が「音源と印象が違う」と。そのことにツアーを回りながら気付いたんですよね、「あ、確かにそうかも」って。そこで今度はその差がないようなものを作りたいって思ったんですよ。とはいえ、過去の作品も音源とライヴは別物だとはまったく思ってない。形態が違うから必然的に別のよさが出てくるんだと。その程度に捉えてはいるんですけど。
--あれほどのアイデアが盛り込まれている作品がまずあって、それをライヴで具現化できるものにするには相当な匙加減や駆け引きが必要でしょうね。
はい、難しいところはありましたけど、でもそれも楽しいっていうのがいちばんなので。まず僕が大体を作っていくんですけど、それをそのまま演奏してもその通りにはならないし、メンバーのフィルターを通した段階で僕の中では変化が起こってて。それはメンバーによって音の捉え方が違うから、同じフレーズであっても当たり前にそれぞれのアプローチになりますからね。だからまず何も言わずにメンバーに聴かせて、そこで沸き起こったものを出してもらうというか。もうその段階で予定通りではないから(笑)あとはそこからいいものに仕上げていくっていうことなんですけどね。まずはそこで鳴ったものが自分の中ではすべてなんです。
--その感じは作品からも伝わってきますね。ただ、プレイする側と聴く側それぞれが楽しいっていう感覚以上に、今回は総体的なメッセージも強く感じるんですよね。
さっきの話にも繋がりますけど「ロックは最高だ!」っていうことと、「みんなももっと自発的に音楽を聴いて欲しい」っていう思いと。あとは『SPACE OPERA』っていうタイトルの意味合いですね。もう限界がないという意味の宇宙。やっぱり今の世の中っていろんなものに縛られてて息苦しいと思うんですよ。何事も自分で限界を決めたりしてしまう。でもそうじゃなくて、辛いし苦しいし、叩かれて怒られるかもしれないけど、自分の好きなように自分の望むものをやるべきかなって僕は思うんですね。だから聴いてくれる人たちも、ルールがこうだから、形式がこうだから、っていうのではなくて、自分が何をやりたいのかっていうのを考えたときに、この音楽の中にあるルールを無視した、何が起こっても構わないっていう俺らのスタンスを見て、それを自分に還元してくれたらいいなって思いますね。「あ、こういうのでもいいんだね」っていうのを音楽的なこと以外の生活レヴェルで考えてもらえたらなあって。だからといってそれをメッセージとして詞にするっていうのは違うので(笑)、そういうことを俺らが音楽をやる姿勢を通して考えてもらえればなあと思いますね。そっちのほうが俺ららしいし、自由でいいかなあって。
--確かに、聴き手に想像する余地を残してますよね。
生きるために何かをするんじゃなくて、何かをすることが生きるってことだと思うから。そこで魂を発揮してくれればいいし、俺らもそうしたいですよね。俺らは芸能人ではないから変に取り繕う必要もないし、ひとりの人間としてのダメな部分も見せてもいいと思ってるし。その上で自発的に何かを考えてもらえたら、それが理想ですね。
--その上で「serial TV drama を聴いて初めてビートルズやクイーンを聴いてみた」なんていう若い人が増えたらそれもミュージシャンとしては幸せですね。
ホントそうですね。たまにそういうことを言われることがあるんですけど、それがすごく嬉しくて、「じゃあもっとビートルズって言おう~」と思って(笑)。自分たちのためだけじゃなくて、音楽シーン全体のチームワークがもっとうまくいって、もっといい音楽がバンバン生まれたらいいなあと思いますね。でもアーティストぶって敷居を高くするのはイヤなので「俺というひとりの人間がこういう流れでこうしてこうなった」っていうことが大事なのかなと。リスナーとしての始まりは俺も聴いてくれる人も一緒だと思うんですね。それを伝えられる立場の人間に今、俺はなってるっていう、ただそれだけなので。そこに壁を作らず、ひとりの人間として近くにいたいなと思いますね。
<インタビュー・文/篠原美江>




