ミニスカ、ロンブー、マッシュルームカット、真っ赤な口紅、つけまつ毛――奇抜なルックスに身を包み、グルーヴィーなサウンドをキュートかつエレガントにプレイする4人組ガールズ・バンド、キノコホテル。歌謡曲やGS(グループサウンズ)といった昭和元禄的記号をそのサウンドや詞世界に散りばめながら、現代っ子のハートもガッチリとつかむ“ナウ”なパフォーマンスでじわじわと注目度を高めてきた彼女たちが、いよいよメジャー・デビューする。とにかくミステリアスな部分が多い彼女たち。なかでもバンドのフロントマンであり支配人であるマリアンヌ東雲は、ひと筋縄ではいかない“S女”キャラだとか? 無事にインタヴューが終わるのだろうか? さまざまな憶測が飛び交うなかでMUSICSHELFのファースト・コンタクトが始まった!
--東雲財閥の一人娘。上流階級の退屈な暮らしに嫌気が差し、家出。すでに一族からは勘当されている。銀座の高級クラブで見つけたパトロンに出資させ、キノコホテルを創業……と、破天荒な人生を歩まれてきたマリアンヌさんですが、音楽に興味を持ったきっかけっていうのはどんなことだったんでしょう?
小さい頃にヴァイオリンを習わされていまして。当時はもう、嫌でね。教室のなかではわりと“優秀な子”扱いされていたけど、譜面を読むのも大嫌いだったから曲はいわゆる「耳コピ」っていうの?その要領でいつも覚えるようにしていて。その経験が今、こんなに役に立つなんてねぇ・・・。母親がとにかくスパルタで、私が同じ箇所を何度もミスしたときに、目の前でヴァイオリンの弓をバキッ!て折ったの。で、木の破片が飛んできてほっぺたが切れたんですよ。本当に怖かったわ(笑)、それがトラウマでしばらく弾けなくなったりとか、結構痛々しい思いもしてて。だから、すすんで音楽に興味を持ったり、音楽を楽しむという感覚をつかんだのは、わりと大人になってからかもしれません。
--最初に自分からすすんでチョイスして聴いた音楽って何だったんですか?
反発はしながらも、ヴァイオリン教室の流れでクラシック音楽自体は好きでした。流行りのJ-POPみたいなものには馴染めなかったので、クラシックばかり聴いて過ごしていました。いわゆる歌謡曲的なものを聴く環境もなかったわけではないけど、その頃は特に熱心に興味を持つには至らず。クラシック以外の音楽にどっぷりはまるきっかけになったのは、ハルヲフォンの『電撃的東京』っていうアルバムかしら。あちこちでこの話はしているんですけど・・・そのアルバムを糸口に、その時代の音楽だったりとか、歌謡曲とかGSとかを知ることになって。で、それが結構しっくりきたというか、お友達が聴いているようなものにはなかった感覚を覚えて、そういった音楽に興味を持つようになりました。
--自分で曲作りや演奏をしてみようと思ったのは?
そのあたりの音楽と出会った頃には、まだ全く考えていませんでした。まさか自分に作曲が出来るとは思っていなかったし。歌うこと自体は好きだったのかも知れないけれど、人前で歌うだなんて・・・今でも自分が信じられないときがあるもの(笑)。お友達とカラオケに行ったりしたことはあるけど、彼女達が歌う歌と、自分が歌いたい歌の世代的な違いがすでにできはじめていたので、あんまりおもしろくなくて。とはいっても、自分の音楽を表現しようと思い立つのは随分あとのこと。あまりにも暇でフラフラしていたときに、ヴォイス・トレーニングでもしてみようかと突然思いついて、通い始めてみたのね。それで、そこの先生に「曲を作ったりはしないの?」と訊かれて。「いろいろ頭の中で鳴ってはいるんですけど、どうかたちにしていいのかわからなくて……」と言ったら、かたちにする手法をなんとなく教えてくれて、なんでもいいから1週間後に曲を書いて持ってきてごらんと言われて……。
--その時の曲が今回の……?
「真っ赤なゼリー」という曲の原型がその時に出来ました。でまあ、先生がすごくおもしろがってくれて。「ずいぶんと年齢にそぐわないものを作るねえ」と(笑)。その調子で何曲か作ってきてごらんなさい、と言われてどんどん作ってみたら、できる曲できる曲がことごとくこういう感じのテイストで。その頃はすでに、プライヴェートで音楽を聴くシーンがほとんどなくなっていたし、私の中での個人的な「歌謡・GSブーム」も終焉していたので、自分でもすごく不思議で。この感覚はどこから来るのかしら?と・・・。様々な種類の音楽を聴いてきた結果、自分のなかに根強く残っていたんでしょうね。もしかしたら、私が記憶にないだけで、小さい頃になんとなく聴いていたものが耳に入って、それが染みついてたのかも知れないし。私は音楽に関してはマニアックな要素がまったくない人間ですし、あまり執着もしないから。
--言葉のチョイスも最初からこんな感じだったんですか?
そうですね。自分で詞を書いて歌うだなんて恥ずかしくて仕方なかったけど、なんだかんだで私の曲は歌が乗ることを前提に作られてしまっているから、仕方なく便宜上乗せた記号のようのもので、言葉にはなにひとつ思い入れはありません。詞でなにかを伝えたいとか、“これが私よ!”みたいなものがまったくないんです、意外と。だって暑苦しいじゃない・・・。ムード重視なのかも知れないですね。私の作る曲は、わりとドラマティックなものを想起させるタイプのものが多いから、そういう曲に合う言葉を乗せていくうちになんとなくこうなっただけで、本当になにも考えてない。絵空事で大いに結構、というか・・・。
--で、バンドをやろうと思ったのは?
でまあ、ある程度曲が出来上がったんで、せっかくだから……でいっても、バンド活動というものにまったく興味がなくて。昔から、人といっしょになにかをするのが非常に面倒だと思うタイプなので、どうせうまくいきっこないと思いましたし。でも作った曲はなんだかんだでバンド・サウンドを志向している。私、実はそういうことがやりたいのかしらって。まあ、迷った結果、人を探してバンドで活動することに決めたの。はじめは男女混合のバンドで半年ばかりやって、それが終わったあとに、次は全員女の子にしようとなんとなく思ってキノコホテルを立ち上げたのね。創業時からは何度か顔ぶれも変わって、今の4人になったのは2008年の暮れで。
--キャラ設定やヴィジュアルなど、ガールズ・バンドという形態をフルに活かしていますよね。MCもユーモラスですし、歌謡曲やGSのパロディーのようでもあり、でも、やってることはすごく真面目で。
そうですね。ユーモアと真面目さ両方の要素があるのがいいんではないかしら。
--ライヴの客層も、いわゆるそれっぽい人じゃなく、フツーの人が多いですよね。
どうしてこんな人が?みたいな方もいらっしゃいます。最初は高円寺界隈の、いわゆる“和モノ”と言われるようなシーンから活動をスタートさせてるので、それこそお客さんも古着のワンピースとかベルボトムで全身キメまくったような子が多かったけど。でも、現在のキノコホテルの客層の、かなりの割合を占めているのはどこにでもいるような普通の方たち。それはある意味、キノコホテルというバンドの特殊なところかもしれません。私達のようないわゆる特定の年代や文化を想起させるようなバンドには、そういう世界にどっぷり浸かった人しか集まってこないだろうと思っていたの、はじめは。実際のところキノコホテルのお客さんの層は幅が広く、そこに帰属意識や排他的なムードはないんです。
--バニラビーンズのフロント・アクトを務められたステージを拝見しましたけど、あのとき、バニラビーンズのファンを確実につかんでましたよね。
まあねえ・・・、キノコホテルを気に入る人がこの中にいないはずはないって思って臨んだから。
--端から見たら、水と油のような2組なんですけどね(笑)。でもまあ、これからももっとそういったミラクルを起こしていくんでしょうね。
良くも悪くも心に引っかかるというか、「なにコイツら? 気持ち悪ぃ!」だとか言われたって別に構わないし、実際に慣れていますからそういうの。無反応よりはいいんじゃないかしら。悪口も言われるうちが華ですのよ(笑)。自分としても想定の範囲内です。こういう一風変わった格好で人前に出ていって、「待ってました!」と好意的に迎えてくれる人もいれば、「何これ!?」って不快に思う人も当然いるだろうと。で、その両方のリアクションを感じている今日この頃なんですが、してやったり、と思います。結局は、無視できない存在ってことだから。
--とりあえずは、迷惑そうな顔されようとも、足跡をでっかく残していきたいですよね。
そうねえ、足跡というか爪痕かしらね。一生消えないような(フフッ)。
<インタビュー・文 / 久保田泰平>




