2010年はショパン生誕200周年というわけで、世界各地で数多くのイベントが開催され、記念のCDも続々とリリースされている。そしてジャズサイドからは注目のアプローチが登場。手がけるのは我らが小曽根真。ショパンのメロディーを、ジャズミュージシャンならではのひらめきで彩っていく、と、そんな単純な作品ではない。ふたつのジャンルの境界線を行き来するかのような発想と演奏。そこから浮き彫りになるのは、いみじくもジャズとクラシックの違いだ。それらの存在を認め、リスペクトすることで、音楽体験はもっと豊かになる。
--まず、小曽根さんがショパンの音楽について持たれていたイメージから訊かせてください。
ショパンは「ロマン派」に位置づけられています。僕はその「ロマン派」は、悪い意味で言えば、きらびやかなだけの、表面的な音楽だと思っていました。もちろん、クラシックだから、そうじゃないことはわかっていたつもりなんですけど。でも、例えば、ブルースやソウルといった魂のこもった音楽とは対極にあるものだという気がしていたんですね。ところが、ショパンの人間像や生きていた時代などを、彼の生まれ故郷であるポーランドの方にお訊きすると、非常に男性的な音楽であることがわかってきました。特にゆっくりとした曲では、男性的な大きさや強さを感じましたね。
また、ポーランドという国や文化に対するショパンの強い想いが伝わってきたんです。それだけに演奏する側としてはプレッシャーにもなったのですが。しかし、いちミュージシャンとして、一人の人間として、挑戦してよかったと思っています。自分の心と非常に響き合うこともわかって、極端なところ「これブルースと同じやんか」と思うとところもありましたね。彼が影響を受けたのはポーランドの民族音楽です。そう考えると、カタチは違っても、結局音楽の源は一緒なんだなと。
--それを踏まえて、アルバムの最後ではポーランド民謡も演奏されているわけですね。
特に「マズルカ」という曲集は、ポーランドの土着的な音楽に近いものです。「ポロネーズ」とは「ポーランド風」という意味ですし、「マズルカ」も「ポロネーズ」もダンスの名前らしいですね。
--レコーディングもポーランドの首都ワルシャワにあるルトスワフスキーコンサートホールで行われました。既にポーランドでも何度かコンサートを開かれている小曽根さんですが、ゆかりのある劇場なのですか?
いえ、初めてですね。ポーランドでクオリティの高い録音をするときに、よく使われるホールです。知らない場所でレコーディングするとき、一番怖いのはピアノの状態。現地に行って、自分の気に入らないピアノだったらどうしようか、と。今回は、ヤマハさんがピアノを手配してくれて、到着する前日から調律師が入って整音しておいてくれたんです。それで僕が到着するなり弾いたら、最高の状態で。そのピアノで全てを録音しました。
--楽器との出会いは重要ですよね。
そうなんです。コンサートではもちろんのこと、CDでは特に気を遣いますね。自分の死んだ後も残るものですから。レコーディングのときは、楽器選びに特に慎重になりますね。
--今回のピアノは、どういった部分がフィットしたんでしょうか?
ヤマハさんのピアノは、僕らジャズ屋にとっては、音の長さのコントロールがしやすいんです。それとすごいのは、ヤマハの音は、ヤマハの音なんです。他のブランドの二番煎じをしているのでは決してない。水墨画みたいな音だと僕は言っています。太い線が思い切り出るところもあります。そうかと思えば、ピアニシモで弾いた時の柔らかな音は、他のメーカーでは絶対出せない音なんです。僕はその音が好きですね。
--由緒あるスタジオで、楽器にも恵まれたこともあり、録音自体も素晴らしいものになっていますね。
録音のエンジニアも、僕がいつもお願いしている、ジョー・ファーラーをニューヨークから呼び寄せました。マイクは現地のスタジオにあるものを選んで録音したんです。だから、クラシックにもない、ジャズにもない、新しい音に仕上がっていると思います。
--先ほどからピアノや録音のお話をお訊きしたのは、そうした録音の面白さ、音の空間表現力など、オーディオ的な音の良さを感じたからなんです。
そうですね。僕もそう思います。ホールでの録音なので、リバーブは全部ナチュラル。ピアノの音もノンEQ(イコライザーをかけていない生の音)です。
--さて、今回は2人のゲストミュージシャンが参加されています。ひとりはポーランドのボーカリスト、アナ・マリア・ヨペックさんですね。彼女との出会いは?
昨年、彼女のライヴをブルーノートに観に行ったんです。そうしたら、彼女の世界にぐっと引き込まれていって。この世界は、これまで僕の音楽人生の中で経験してこなかったものだ、と思ったんです。ですから、その日の楽屋で、今回のレコーディングで共演したいとお願いしたんです。
--なんとも言えない情緒的な声のボーカリストですね。
神様からもらった声だなと感じます。音楽的な技術とセンスも非常に高い人です。参加してもらった2曲は、彼女によるアレンジです。彼女は、ワルシャワアカデミーでピアニストとしての勉強しているんですよ。ところが、途中で辞めてしまっているんです。その後、シンガーとなって、自分の世界を確立しました。そんな彼女にとって日本のピアニストからショパンを演奏しようと声がかかるのは、何か大きな意味があることを感じたに違いありません。ポーランド人にとって、ショパンをアレンジして録音するというのは、ものすごく勇気の要るチャレンジだったと思うんです。
--もう一人、ハーモニカのグレゴオアー・マレさんとは、どちらで?
以前、ニューヨークのビレッジにある「55バー」という小さなバーで、僕のトリオとセッションしたのがきっかけです。そのときに度肝を抜かれるような想いをしたんです。ハーモニカでしょそれ?! っていうほど、驚異的なテクニックで。それからいつか一緒に録音したいなと思っていたんです。その後、僕が帰国し、2年ほど経った昨年6月ごろ、このプロジェクトの構想を立てていたところ、グレゴアーのことを思い出したんです。そしたら、その翌日、グレゴアーから「最近どうしてる? 元気?」ってメールが久しぶりに届いたんですよ。本当に信じられなかった(笑)。彼に連絡しようと思った翌日だったんですからね。それで、このプロジェクトの話をしたら了解してくれて。彼がクラシックの学校に入学するために、課題曲として取り組んだのは、実はショパンの「子犬のワルツ」だったそうです。
--ショパンの導きによって集まったようなメンバーですね。では、CDに収録されている曲以外でも録音されたものはありますか?
いえ、録音する曲はあらかじめ決めていました。ただ、「子犬のワルツ」や「ワルツ第7番」は、いろんなバージョンを弾きましたね。全部即興なので。特に「子犬のワルツ」は、子犬がワンワンキャンキャン跳ねているかわいいイメージがありました。それを演奏として出す場合に、自分の気持ちも飛び跳ねていないと、ダメなんです。だから、さっき演奏したバージョンを、間違えたからといって、同じバージョンで弾くことはありません。前の演奏をなぞることは、気分が跳ねないし、わくわくしないんです。だから、テイク1、テイク2ではなく、バージョン1、バージョン2という風になるんです。
--では、これまでMJQのジョン・ルイスやキース・ジャレットをはじめとして、多くのジャズミュージシャンが、クラシックを題材とした作品を残しています。今回のアルバムを作るにあたって、そうした先人たちを参考にした部分はありますか。
それは全くないです。このCDを作るにあたって絶対したくなかったのは、「ショパンのメロディーを借りてジャズにしました」ということ。過去のそうした作品の中でも好きなものもあるし、そうでないものもあります。どこがその判断基準になっているかというと、もとの曲のスピリットの部分を、きちんと受け止めて理解しているか、です。もとのメロディーを変えてはいけないとは思いません。ただ、自分が何か音楽的に変えました、ということを言いたいがために、もとの曲のスピリットを壊してしまうことは冒涜だと思います。だから、レコーディングしながら、一番怖かったのは耳、録音現場にいるポーランド人の耳でした。アシスタントエンジニアのアダムは、ピアニストでもあり、相当の量のショパンを聴いているはずなんですよ。
--たしかに、そこで国や文化が違う日本人が弾くのは、怖いですね。
もう一人、ミックスをアシストしてくれたエンジニアもポーランド人でした。その二人から非常に好意的な意見をいただきました。それも「曲のここと、ここと、ここが画期的で、聴いたことがない」と自分たちの言葉で話してくれたので、胸をなでおろすことができましたね。ポーランドの人たちが感じている、ショパンに対してのリスペクトを壊すようなアレンジや演奏だけは、絶対にしたくないと思っていたので、救われました。
それと、アナ・マリアもこのアルバムのことを気に入ってくれていて、ポーランドでも大々的にプロモーションしてくれるそうです。向こうでの発売は4月18日だそうですから、ほぼ同時リリースです。とても意味のあることだと思います。ありがたいことですね。
--そのような展開ができるのも、作品の完成度が高いからですね。
結果的に、ですね。取り組んでいるときは、クラシックが好きな人たち、そしてポーランドの人たちにどのように聴こえるか心配でした。また、これまでのファンの人たちにもきちんと届くようなものを作らなければならないとも思っていました。最近コンサートでもクラシックを弾くことが多く、「小曽根は最近、クラシックに行った」と思っているジャズファンもいます。でも、「行っちゃったんではなく、勉強にお伺いしているんだ」ということをわかってほしい。それを言葉で表現するのではなくて、ひとつひとつのアルバムでそれを伝えていくことが大切だと思っています。だから、自分が弾きたいと思うことが、まず何よりも大切でした。ショパンの音楽を僕が本当に弾きたいのかどうか、という。それに時間がかかりました。1年以上悩んでいましたね。
--では、録音したいという気持ちにチェンジしたきっかけはなんでしょうか?
それは実際に少し弾いてみて、女性的なキラキラした作品ではないとわかったこと。同時に、ワルシャワの人たちと知り合って、ポーランドの歴史を知ったこと。さらに、音楽というものを使って人に愛を与えたショパンの大きさを感じたからです。母なる大地にしっかりと足が付いた、父なるショパンというイメージです。やっぱり男性的なんですよね。彼が伝えている愛は。だから弾くたびに、「ああ、僕もどうやったらこんな男になれるだろう」と思いますよ。
--今回はドラムもベースも入っていません。だからそんなショパンに対峙している印象ですね。
この音楽に、ドラムやベースは入れないですね。ショパンほど、ピアノを愛した、いや溺愛したとも言ってよいくらいの作曲家はいないんじゃないかな。その証拠を感じたのは、「ヘクサメロン」という楽曲。僕は先日、ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」で弾いてきたんです。当時の有名なコンポーザー6人が作った変奏曲です。リスト、ツェルニー、それにショパンなどが参加した楽曲で、実際に譜面を観ると音符で真っ黒なんですよ。ピアノを弾きまくらなくてはいけない。でも、ショパンのバリエーションだけは、ものすごくリリカルなんです。それこそ夜想曲のようなメロディーなんです。そこに、アレンジャーとしてのセンスを感じました。次から次へと超絶技巧を聴かされると、それだけでお腹が一杯になりますよね。その後に、砂漠に一滴水を落としたような、心に染みわたる音が響くんです。ヴィルトゥーソであるショパンが、技巧ではなく、そうした方法でお客さんとコミュニケーションを取った。そこが僕の持っている音楽観とつながるんです。
--ジャズしか聴かないリスナーが、クラシックに接するとき、ある種の居心地の悪さを感じることがあります。距離感といってもよいかも知れません。ジャズピアニストである小曽根さんの本作を聴かせていただくと、その違和感や距離感がどんなところにあったのかが、浮き彫りになるような気がします。
そうですか、それは全然考えなかったことですが、嬉しいですね。
--ジャズファンにとっては、「こういう雰囲気やハーモニーがあるから自分はジャズが好きなんだ」、あるいはその逆で「このカラーがあるからクラシックにはなじめないんだ」といったことに気付くと思います。
そうですね。この作品がクラシックとジャズのミーティングポイントとなってくれればよいですね。
--右に行くとジャズになり、左に行くとクラシックになる、そんな音楽の境界線を垣間見たような気がします。それは音楽の秘密といってもよいかも知れません。
ありがとうございます。僕が目指しているのは音楽の共存。相手を認めた上で、相手のことを変えることなく、共存することができれば素敵なことだと思います。だから、まず相手に対してリスペクトの気持ちを持つこと。だから、僕はクラシックの曲に挑むときは、まず、譜面通りにきちんと弾きます。その上で、その曲が自分のもとに落ちて来たら自分なりに発表します。だから、今回でも曲によっては自分の即興を弾いていないものもあります。「マズルカ 第40番」はショパンの言いたいことを全部弾いた後で、最後に「この曲に対して僕はこう思うんだ、ショパン」という部分を足して終わっています。
--「前奏曲第4番」は、アントニオ・カルロス・ジョビンが名曲「How Insensitive」を作るにあたってインスパイアされた曲ですね。
そうなんですよ。実はアドリブの部分は「How Insensitive」なんですよ。そのコードを使用しているんです。
--この1曲だけでも、クラシックとボサノバ、ジャズという音楽の共存を感じ取ることができるんですね。
<インタビュー・文 / 中林直樹>




