ARTISAN de la MUSIQUE

ARTISAN de la MUSIQUE 2010年6月号・旅の備忘録 - P.01

先日、2週間パリに滞在して複数の映画、音楽関係者に会ってきた。私にとってパリを訪れる目的はひとつ。人に会うことだ。友人や敬愛する作曲家や監督、画家と会って共に過ごす時間はまさに至福のひとときである。取材という形式ばったものでなく、自宅やスタジオ、アトリエを訪問してはお茶を飲み、食事をし、時に出来たばかりの作品を見聞きする。その後、仕事に繋がることもあるが、それはまた別の話。美術館や映画館、古書店などはその合間に足を運ぶ格好だ。
今回はそんなパリ滞在時の出来事のなかから印象的な事柄を二三、「旅の備忘録」風に書き留めておきたい。

 

 

先程、パリを訪れる目的は人に会うこと、と書いたが、さらに言えば、それはミシェル・ルグランに会うこと、と言い替えても良いだろう。この十数年、渡仏した際には、毎回必ず彼の自宅かコンサート会場の楽屋を訪れ、近況報告を交わしてきた。

 

今回はフランスに着いた翌日、パリ市内から車でおよそ一時間半の距離にあるロワール=エ=シェール県のシュヴェルニー城で開催されるジャズ・フェスティバルにミシェルが出演するということで彼の地に向かった。シュヴェルニー城はエルジェが描いたコミック『タンタンの冒険旅行』シリーズに登場するハドック船長が住むムーランサール城のモデルとなった城で、その縁もあって、敷地内には主人公タンタンの部屋を再現した常設展示場が併設されている。昨秋ベルギーを訪問した際、開館したばかりのエルジェ記念館を訪れて、その膨大な資料を前に驚喜乱舞したものだが、それに比べればこちらの展示は実にコンパクト。ただし、子供が喜ぶ仕掛けが随所にあって、まるでタンタンの世界に迷い込んだかのような楽しい空間演出がなされている。大人も童心に返って楽しめる趣向だ。

 

現地に到着したのは13時過ぎ。関係者によれば、ミシェルは15時に会場入りするという。城の前にある広場にはコンサートのためのステージが設置され、スタインウェイのピアノとマダム・ルグランことハープ奏者のカトリーヌ・ミシェルのハープが運び込まれていた。この日の編成はピアノ、ベース、ドラムにハープというもので、これはこの数年、ミシェルがお気に入りのスタイルだ。ここに姉のクリスチャンヌを加えた5人で今春から欧米ツアーに出ており、5月にはロスで演奏したという。その際、ミシェル、クリスチャンヌの二人が数十年振りにラロ・シフリンと再会した逸話があるのだが、それはまた別の機会に紹介したい。

 

 

6月上旬にしては少し肌寒かったが、日中は澄んだ空気と晴天に恵まれ、敷地内を流れる小川や庭園、森を散策するには絶好の気候だった。樹齢数百年という木立の中を歩いていると、遠くからそよ風に乗って、マイクテストの音声に続きピアノ演奏が流れてきた。やがて聞き覚えのあるスキャット交じりの歌声が森全体を包むように満たし、演奏は次第に熱を帯びてゆく。ミシェルの歌声と演奏だ。途中、彼が駄目出しの怒声を発して、何度か演奏が中断したが、30分ほどでリハーサルは終了。木立を抜け、会場となる広場に戻った時にはミシェルたちミュージシャンは楽屋で休憩に入っていた。

 

楽屋を訪れ再会の挨拶を終えるや否や、ミシェルの口から出たのは、9月にロンドンで新しい舞台版の『シェルブールの雨傘』が上演されるという話だった。さらに翌週にはベルギーで新しいアルバムの制作がスタートするとのことで、相変わらずのワーカホリック振り。聞けば現在進行中の仕事は2012年秋に向けてのもので、まだまだ精力的な活動が続きそうだ。

 

この日ミシェルの出演は午後9時の予定だったが、その数時間前から文字通り雲行きが怪しくなり、午後8時には小雨が降ってきた。昼間の晴天が嘘のような悪天候となり、演奏開始時刻の9時には完全に雨模様で、野外会場は水浸し。観客にはレインコートが配られ、それを被って着席する人、雨よけのために軒先に走る人など様々である。雨足は激しくなる一方で、ステージを前に開演予定時刻は刻一刻と過ぎてゆく。10時過ぎにようやくミシェルの演奏が始まるアナウンスが流れ、それと共に会場には再び人が集まり始めた。しばらくすると、広場は傘をさした観客でいっぱいに。

 

大雨のなか会場に集まった観客を前に、上機嫌のミシェルは予定されていた演奏曲を熱演し、その合間にMCと即興演奏で観客を魅了した。まさにエンターテナーかくあるべし、というお手本のようなステージだった。

 

終演後、時計を見れば時刻はすでに深夜零時を回っている。再び楽屋を訪ねると、ステージ上で見せていたのと同じく満面の笑みをたたえたミシェルが迎えてくれた。しばし歓談ののち私は近くの宿へ。ミシェルはそのあと妻のカトリーヌと共に豪雨のなか一時間かけて自ら運転する車で自宅に戻り、朝11時からパリのオランピア劇場でその日の夜に行なわれるオーケストラ・コンサートのリハーサルに立ち会う予定だという。いくらワーカホリックとはいえ、80歳間近の彼の肉体には相当な負担のはずだ。全く驚異的としか言いようがない。

 

果たして翌日午後8時に開演した彼のコンサートでは、コロトゥーラ・ソプラノとして世界的に知られる声楽家、ナタリー・ドゥセ(日本では「デセイ」と表記されることが多い)を招いて「シェルブールの雨傘」や「これからの人生」などを演奏した。しかし、私がもっとも感銘を受けたのはミシェルのピアノ伴奏で彼女が歌った映画『ロシュフォールの恋人たち』の劇中歌「De Delphine A Lancien」。である。それは、これまでに私がみたルグラン歌曲のカヴァー演奏のなかで最も素晴しいパフォーマンスだった。ミシェルも同様の感想を持ったようで、終演後の楽屋で、これまで懸案だった彼女とのアルバム制作の企画をその場で快諾したというから余程のことだろう。今は二人のコラボレーションが無事アルバムに帰結するよう楽しみに待ちたい。

 

 

さて、ミシェルと同じくフランスを代表する映画音楽の作曲家にフランシス・レイがいる。今回の旅行ではレイはもちろんのこと、映画監督のクロード・ルルーシュにも会ってきた。レイは本国で9月15日に公開されるルルーシュの最新作『Ces amours-là』のために久々に新曲を書き下ろしているのだ。

 

レイとはエッフェルの側にある彼の自宅で、ルルーシュとは凱旋門から徒歩5分、ホッシュ通り沿いにある彼のオフィスで話をきいた。ちなみに現在、私の友人でジャーナリストのステファン・ルルージュが、彼らが過去に組んだ映画音楽を集めた作品集を制作中で、そこには、『男と女』(66年)『白い恋人たち』(68年)といった代表作の主題曲はもちろんのこと、劇音楽や、前述の最新作『Ces amours-là』の主題曲までが網羅されている。2枚組のボリュームで、時系列に沿って聞き返すとこれがなかなか面白い。既にマスタリング作業は終わっているが、発売は早くて10月とのこと。

 

パリ滞在中に件のルルーシュ監督の新作のスタッフ試写があるというので参加したが、映像美を追求するルルーシュならではの作風で大いに楽しんだ。エンドロールが近付くと、突然、流麗な音楽に寄り添う形でルルーシュがこれまでに手掛けた映画作品のハイライトシーンがモンタージュされ、何やら感慨深い。ルルーシュによれば、本作は53年前に書いた脚本を基に制作したそうで、あるいは彼は本作を監督人生の締めくくりの一作にするつもりなのかも知れない。

 

一方のレイも本作のために書いた主題曲をお気に入りのようで、いつも控えめな彼にしては随分と誇らし気な態度でおどけてみせた。

 

 

滞在中、街頭やCDショップで目立ったのが日本では『ベルヴィル・ランデブー』(98年)のヒット知られるシルヴァン・ショメ監督の最新作『L'illusionniste』のビジュアル・イメージ。

 

この作品、なんとジャック・タチが生前書き残した同名の未完成脚本を基に作られたアニメーションで、主人公はおなじみユロ氏ではなくジャック・タチ自身として描かれている。もっとも、ユロ氏を演じたのはタチ自身であるから、外見はまさにタチ演じるユロ氏そのもの。スマートで背が高く、背筋をピンと張った独特の姿勢でパントマイムや手品を繰り出す手品師の役柄だ。どこかノスタルジックな風景と緩やかなテンポ、安定した作画とタチのスタイルを尊重した流麗なカメラワークで何とも不思議な味わいがある。冒頭で2001年に亡くなったタチの娘ソフィーに献辞が捧げられているが、何でも彼女自身がタチの大ファンであるショメ監督に委ねた企画なのだそうだ。確かに『ベルヴィル・ランデブー』にも『ぼくの伯父さんの休暇』(52年)のビジュアルがさりげなく登場して観客をニヤリとさせたが、まさか数年後にこんな形で繋がるとは。

 

私は初日に劇場に足を運んだが、観客に親子連れと同じく老夫婦が多いのにびっくり。実に緩やかで贅沢な時間を過ごすことができた。

 

なお、作品詳細はこちらから。

 

 

滞在中は、ほかにアニエス・ヴァルダやフィリップ・サルド、俳優のピエール・リシャール、ジョルジュ・ドルリューの未亡人コレットなど多くの人々と会い、話したが、それぞれに興味深い逸話が満載で、いずれ何かしらの形で紹介出来ればと思っている。

 

 

 

【音楽職人トピックス】



濱田高志による
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TV AGEシリーズ監修・濱田高志が、2010年1月より、池袋コミュニティ・カレッジに於いてマンスリー公開講座を開催しています。
詳しくは、こちら

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2012年2月25日(土)18:30~20:30
『生誕80周年記念集中講座:
ミシェル・ルグランその活動の軌跡[1[』

2012年に生誕80周年を迎える作曲家ミシェル・ルグランの活動をジャズ、映画音楽、提供曲など全てのジャンルを網羅しながら時系列に沿って辿る集中講座(全5回)。第1回はデビューから60年代初頭までの活動を振り返ります。

2012年3月17日(土)18:30~20:30
『生誕80周年記念集中講座:
ミシェル・ルグランその活動の軌跡[2]』

第2回は「シェルブールの雨傘」を中心に貴重なデモや関連楽曲を映像と共に紹介。

池袋コミュニティ・カレッジ
(豊島区南池袋 1-28-1
西武池袋本店別館 8・9階)

●受講お申し込みに関する詳細は、 池袋コミュニティ・カレッジHPをご覧ください。
また、お電話でのお問い合わせは、03-5949-5486まで。
濱田高志(ハマダ タカユキ)
音楽ライター兼アンソロジスト。これまで国内外で企画・監修したCDは300タイトルを数える。現在は「イージーリスニング・ステーション」(USEN)の選曲や「エキスポ・ジェネレーション」、「濱田高志のトレジャー・ミュージック」(STAR digio)のパーソナリティを担当。ミシェル・ルグランからの信頼も厚く、世界初の公認本「ミシェル・ルグラン風のささやき」(音楽之友社)を執筆したほか、「コカ・コーラCMソング データブック」(ジェネオン)「Love Sounds Style読本」など編・著作多数。2007年、ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ『フル・サークル』をコーディネイト。

詳しいプロフィールはコチラ


濱田高志ロングインタビュー
(2007年2月掲載)

濱田高志 監修・選曲・解説
「TV AGE」シリーズ公式HP


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