SHOKO

SHOKO Special Interview Page1

ロンドンを拠点にアートとデザインの分野で活躍しているマルチ・アーティストSHOKOが今年から本格的に音楽活動をスタート。1月のアルバム『When the sun will rise』(CD、12Pアートブック、ポストカード、缶バッジ、ステッカー入り豪華ツーピースボックス仕様)に続き、7月には7インチシングル「London My Town」をリリースした。元々幼少の頃よりクラシック音楽に精通していた彼女、普段は絵やデザインで表現してきた独特なポップ・ワールドを音楽でも饒舌に表現している。MUSICSHELF初登場となる今回のインタビューでは、音楽作品についてはもちろんのこと、モデル時代からアニエスベーで仕事をするまでのバイオグラフィー、自身の創作活動の背景までうかがった。自分の感性を信じて、活動する彼女の美しく輝く姿勢をチェックください。

-- デザイナー、カメラマンなどアーティストとしていろいろ活躍されているSHOKOさんが、なぜ音楽活動を始めたのか、2月にリリースしたアルバム『When the sun will rise』の経緯から教えてもらえますか。

早いもので『When the sun will rise』を作ってから1年も経つんですよね。この間、ロンドンでこのアルバムに入っている曲「Mizuiro」のビデオを作っていて、この曲はちょうど1年前の今作った曲だったので、同じ季節の空気を感じて懐かしくなりました。

-- SHOKOさんは普段から精力的に活動されているから、特にそう思うのかもしれない。

そうですかね。かなり昔のことのように感じます。

-- 『When the sun will rise』の4曲目「Everything by change」を聞くと子供のころからピアノを習っていたような印象がありますね。

はい、幼少のころからピアノやバイオリン、その他にも色々と楽器を習っていて、ずっとクラシックをやっていたんです。子供のころから音楽が大好きでいちばんの趣味なので、いつか音楽での表現をやりたいと思ってはいたんですが、なかなかタイミングなくて……。最近になって、絵やインスタレーションで表現していることと音楽がつながっていったんです。

-- それはどういう形でつながっていったのですか。

イギリスにいると、周りのアーティストの友達は絵やデザイン、写真や音楽とか、自分の世界を表現する為にひとりでなんでもやっているんですね。例えば、ミュージシャンなら音楽をやるだけではなくて、自分のCDのジャケットのデザインをして写真も自分で撮る。それが普通なんです。周りにいるそういう人たちに影響を受けましたね。あとは、わたしが通っていた大学でも、机でグラフィックを学ぶよりも、先生との会話やみんなを前にしたプレゼンテーションで得たもののほうが大きかったんです。表現はツールがなんであれ、自分の思いを形にすることが重要だということを学びました。今回は、自分が表現したいコンセプトがいちばん合っているツールが音楽だと思ったんです。

-- でも絵やデザインと音楽ではまったく表現方法が異なりますよね。どういった動機で音楽をやろうと思ったのでしょうか。

4年前くらいからロンドンの友人、HannahとJennyという女の子と3人で一緒に音楽を作ってビデオを録ったりしていました。いくつか発表した場で周りからいい反応をもらって、こういう表現も面白いなって思っていました。

-- アート活動、表現活動の一環で音楽をやられていると。『When the sun will rise』はSHOKOさんのキャラクターがしっかりでていて、すごくしっかり作られていますね。その基礎が女子ユニットで作られたんですね。

ミュージシャンの知り合いは周りには多くいたけれど、一緒に音楽を作ったことはありませんでした。同世代の女の子と友達感覚で音楽を作り始めたのがよかったんでしょうね。HannahはUKやUSでバンドのボーカルをしていますが、3年程前から彼女と一緒にクリエイティブ・ユニットを組んで、毎週会って音楽を作るようになったんです。今は、デモも何曲もあって。そしてある時、私が仕事をしているアニエスが「SHOKOが音楽をやっているなら聞いてみたわ」って言って下さったんです。アニエスという人は、アーティストの創作や主張を尊重して下さる方で、例えばわたしにほかのブランドから仕事の以来が来たら、契約の中に制約をつけるわけでもなく、「自分のためになるならやりなさい」って言って下さる方なのです。そんなときにたままたアニエスベーのコンピレーションCDが出ることになって、「そこに1曲収録しない?」とオファーを頂きました。

-- それが去年出た『To b. by agnès b. - Red Lipstick Remix』ですね。そこに『When the sun will rise』にも収録された「Mizuiro」が収録されています。

そのCDのコンセプトはブランドと繋がっていて、東京とパリの女の子が創るポップでロックなもの、ということが決まっていたので、だったらわたしは日本語で歌いたいって思ったんです。Hannahと作っていた曲はすべて英語の歌詞だったんですが、時々私の創る歌詞に、「それは日本人らしい独特な表現だね」って言われることが多かったんですね。だったら今回は日本語に集中してみようと思って、作ってみました。

-- 「Mizuiro」はいい曲ですよね。

歌詞はわたしが書いて、曲はカジさんが作って下さいました。とても気に入っています。アルバムの中ではこの曲だけ数ヶ月先に創ったので、『When the sun will rise』に入ると異色な感じがしますよね。作った時期も違いますし、少しポップなんです。また、4曲目から5曲目に移る時の、“少し変わる空気”も気に入っています。

-- 「Mizuiro」から『When the sun will rise』につながっていくわけですよね。

その曲はアルバムのタイトル曲でもあるし、創っているうちに色々なアイデアが出てきました。

 


-- それにしてもアニエスベーで仕事しているって、普通に驚いてしまうんですが。どういう経緯だったのですか。

アニエスベーは子供の頃から大好きなブランドで、いつか仕事をしたいと思い続けていたんです。服のデザインはもちろんですが、彼女のパーソナリティーに惹かれていました。品がありつつロックの姿勢があって、それがデザインに表れている。ミュージシャンをサポートしたり、アートにご理解があり、自然の保護活動など、すべてのことを同じご意思でなされている。芯がとおっているんですね。子供のころからアニエスにはたくさんの影響を受けて来ました。


-- アートのサポートに積極的ですよね。いろいろな映画を教えてもらった記憶があります。

ファッションでアニエスと仕事がしたいと思って文化服装学院に通っていたんですが、卒業したときは気持ちが分散していて、精神的にそこに辿り着くことができなかったんです。そのあとロンドンの大学に留学し、他の人に自分のポートフォリオを見せられる自信が出来た頃、ふと「そういえば、わたしはアニエスと仕事がしたかったんだ。アニエスにこのポートフォリオを見せに行こう」と思いだして、すぐにアニエスの事務所に電話したんです。

-- いきなり(笑)。

そうしたら当時アニエスのアートディレクターであったローラン・グナシア氏が会って下さることになりました。彼はすごく気に入ってくれて、すぐにパリのアートディレクターを紹介して下さいました。そうしたらその人も気に入ってくれて、「じゃあ、アニエスに見せておくから」ということになり、ついにアニエスにも気に入ってもらえたんです。熱意が伝わったのかな。

-- すごい展開ですね。

最初はTシャツからスタートして、すぐに展覧会のサポートもして下さいました。

-- SHOKOさんはアーティスト活動の前にはモデルとして活躍されていたんですよね。

10代の頃だから、ずっと前ですが……。


-- モデルとしてかなり知られた存在だったと聞きましたが。

みんなに驚かれるんですけど、わたしはずっと理数が好きで得意だったので、高校の時も完全な理系を選択していたんです。男子の教室に女子はわたしだけ、みたいな感じでした(笑)。だからわたしはそっちの道に進むんだなと思っていたら、モデルをやることになって……。なので、理数を勉強しながらファッションの世界で仕事をしていました。
文化服装学院に入ってからは課題が多くて大変だったから、土日しか動けなかったりで、二つを両立させるのが難しくて。あと、学校で服飾を学ぶことも、友達と遊ぶのも楽しい時期でした。あるとき、こんなことがありました。シャンプーの広告をやっていて、髪型をストレートにしていなければならないのに、いきなりスパイラルパーマをかけて行って……。すごく怒られましたね(笑)。

-- それはそうでしょう(笑)。

ですよね(笑)。でもあのときのわたしは、今しかない自分を表現したいという気持ちが強くて「わたしはわたしなのにどうしていけないの?」って憤ったりしていました。自分を表現したい気持ちだけが先走っていたんでしょうね。


-- 主張をもったモデルだったわけですね。

そういうことが積み重なって、悩んでいたら当時のマネージャーが「SHOKOは外国に行ってみたらいいんじゃない?」って言ってくれたんです。そのマネージャーはモデルとしてのわたしだけではなく、わたしの人生を考えてマネジメントしてくれる感じで、いろいろなアドバイスをいただいたんです。当時所属していた事務所はモデルだけではなくていろんなジャンルで活躍されている方がいたので、それもあってそう言ってくれたんでしょうね。それで海外に行こうという気持ちが強まりました。

-- 先ほどの理数系の話なんですが、SHOKOさんがアート活動を行う中で、それは大きく作用していますか。

つながっていると思います。理数ってゼロか100かの世界じゃないですか?わたしの性格ものんびりだったりせっかちだったりと両面があるし、作品は、そんなわたし自身の個人的な表現であるから。普段は冷静なのに好きなものやいざ思い立つとものすごく熱くなってしまう所があります。

-- 音楽っていえば理数系といいますし、理数系の頭の人が作った曲の構成のほうが複雑とかいいますよね。

そうなんですか? その話は興味深いですね。そういえば、MUSICSHELFに掲載されていた小西康陽さんと前園直樹さんのインタビューは大変興味深かったです。わたしは昭和歌謡について詳しくないですけど、とても勉強になりました。

-- 小西さんの作品、ピチカート・ワンと前園直樹グループのアルバムは、どちらもいいアルバムでしたね。

わたしもあの2枚のアルバムは大好きでロンドンの部屋でいつも順番に聞いているんですよ。どちらの音楽もすごくロンドンの空気に合うんです。

-- 前園直樹グループの昭和歌謡のカバーもロンドンの空気に合うんですか。

すごく雰囲気がよくて、ロンドンの空気にぴったりなんですよ。メロディもアレンジも言葉も。素晴らしいですよね。


 

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収録曲
1. London my town
2. Train Song
3. Mizuiro (CHABE's Red Sleeping Bag Remix)
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収録曲
1. In the darkish city
2. The Silence
3. No words between us
4. Everything by changebr /> 5. Mizuiro
6. Soon, you will know it
7.When the sun will rise

SHOKO(ショウコ)

'76年東京出身、ロンドン在住のアーティスト。高校在学中に雑誌『mcシスター』の専属モデルとしてデビュー。文化服装学院卒業と同時にモデルを引退し渡英。セントマーティンズ・ロンドン芸術大学でグラフィックデザイン&アートを専攻し卒業後、同大学院コミュニケーションデザイン修士課程修了。ドローイング、イラスト、写真、インスタレーション、パフォーマンス等さまざまなアート作品を発表。2008年アニエスベー・アーティストTシャツプロジェクトに参加、2010年「To b. by agnès b.(トゥー ビー バイ アニエスベー)」よりアートワーク・コラボレーション商品が数々発売。2011年初の音楽作品集『When the sun will rise』をリリース。

オフィシャルHP
http://www.shoko-art.com/