静かにその時を見つめる、慈愛に満ちた歌声。
元ちとせ「永遠(トワ)の調べ」は、スコットランド民謡「アニー・ローリー」に新たな日本語詞を書き下ろしたもの。誰もが耳なじみあるあの曲に、元ならではの息吹を感じさせる。表題曲に加え、カップリング「遠い海へ旅に出た私の友達」「やわらかなサイクル」すべてに“死”、“生”、“命”といったテーマを内包した、コンセプチュアルな作品となっている。
約3年ぶりのニューシングルについて、楽しい夏の思い出となったオーガスタキャンプ2011について、今年も8/1-8/16で期間限定配信された「死んだ女の子」について、元の礎となっている民謡~島唄について、シンガーとして母親としての立場から、今、彼女が考えることをたっぷりと語ってもらった。
-- オーガスタキャンプ、お疲れさまでした。今年のキャンプはいかがでしたか。
毎年のことですけど、終わると寂しいものですね。参加メンバーも増えましたし、ここ何年かは学園祭の発表会のように、それぞれがオーガスタキャンプに臨むという感じだったんですけど、今回はハウスバンド形式だったのでリハーサルの時からみんなと顔を合わす機会も多かったんですよ。いつもオーガスタキャンプはアーティストミーティングがあるんですけど、みんなで意見を出し合って、相談し合いながら連携をとっていくという進め方だったので、今年は特に“全員で作り上げた感”が強かったと思います。楽屋でも(大橋)卓弥くんがヤマさん(山崎まさよし)にギターのレクチャーをされていたりして、そういうのを傍で見ているのも楽しかったですね。
-- いつもよりシンプルな構成でしたよね。
そうですね。去年の12月に 「ディ!ディ!」という奄美大島豪雨災害のチャリティライブを新木場でやらせてもらったんですよ。それは私が発起人だったんですけど、それを元に今回のオーガスタキャンプもやりたいってみんなが言ってくれて。自分たちがお客さんになった時にどんなイベントが観たいか、というのを大切にしたイベントになったと思っています。
-- 今年のキャンプは“歌い継ぐ”という形式で、元さんはスキマスイッチと「雫」をセッションされましたね。
はい。新しい形のセッションでしたから楽しかったです。でも、あんなに緊張したことはなかったですね。卓弥くんと歌うのは、ちょっとイヤ……かな(笑)。彼、上手ですからね。
-- (笑)。今年、キャンプで歌われた曲はどういうことを念頭に選ばれたんですか。
私にはオーガスタのみんなの中にいる自分のポジション、役目みたいなものがあると思っているんですね。たとえばヤマさんにはあのすごいリズム感、お客さんを盛り上げて引っ張っていけるパワーがあると思ってますし、杏子さんには人を惹きつける魅力があるし。元ちとせには呪いをかけるという役目があるので(笑)。そこを大事にしつつ曲を選んでいますね。
-- 来年は元さんがメジャーデビュー10周年ということで、オーガスタキャンプではお祝いされる側になりますよね。
ええ、それは是非やっていただかないと(笑)。これまで何回も誰かを祝ってきたわけですからねえ。それなりのものを返していただかないことには(笑)。
-- 元ちとせトリビュートをやるにしても、難しすぎて皆さん困惑しそうですけどね。
いやいやいや、やってもらいますよ! 絶対に(笑)。全部私が指名して、曲も指定します。みんなに選択肢を与えないっていうのがいいかな(笑)。でも本当に聴いてみたいですよね、みんなが歌う自分の歌ってどんな感じになるんだろう……楽しみですねえ。
-- 是非、実現してほしいですね。ところで、今年も期間限定配信された「死んだ女の子」のお話も伺いたいのですが。
そうですね。この歌はちゃんと歌い継いでいかないといけないと思っています。
オーガスタキャンプでも歌ったこともありますし。毎年この時期は「この歌を歌わなければ」という思いが強くなります。
-- たとえば元さんのお子さんが、お母さんの歌う「死んだ女の子」を聴いて、『これはどんなことを歌っているのか』と訊いてきたら、どう接しようと思われますか。
歌詞の意味はわかってないですけど、子供も歌ってます。どうしてなんでしょう、あのリズムに反応してるのかな。私の姉の子と、私の子がすごく仲良しで、二人して流行りの歌も歌うんですけど、私の曲に限ると、どうしてか「死んだ女の子」を歌うんですよ。それが不思議で……多分、単純に“女の子”って単語が出てくるからだと思うんですけど。意味もわからずに、ただ好きで歌ってるっていうのかな。でも戦争の話はよくしています。食べ物を残した時とかね。だけど音楽って説明されて記憶に残っていくものではないですよね?私自身も小さい頃、“愛人”がテーマの曲を何も知らずに、ただ好きで歌っていて、大人になってから『ああ!』って(笑)。そこで初めて歌詞の意味がわかる、みたいなこともあったので。それと同じ感覚で歌ってるんじゃないでしょうか。だけどいつかわかる時が来る。だから歌って大事だなって思いますよね。
-- ありがとうございました。ということで3年ぶりのシングル「永遠(トワ)の調べ」についてお話を訊いていきたいと思います。
去年、カバーアルバム(『Orient』(オリエント)-邦楽編-/『Occident』(オクシデント)-洋楽編-)を出しましたし、あまり何年ぶりという感覚はないんですけど、シングルは久しぶりですね。
-- この曲はまず映画「日輪の遺産」のお話が先にあって。
そうですね、はい。
-- 古いスコットランド民謡「アニー・ローリー」に新たに歌詞をつけるというスタイルは珍しいですよね。
これはうちのプロデューサーの閃きなんですよ。彼がどこか外出先からの帰りに、ふと聴いた「アニー・ローリー」がすごく印象的だったんですって。船が出る時だったかな?そこで必ず流れる曲らしいんですけど、その時に何気なく聴いた「アニー・ローリー」が、映画の内容とすごくリンクしたらしくて、突然『日本語詞つけよう』って言いだして。それで間宮(工)さんと一緒にスタジオに入ったんです。
-- 百何十年も前に生まれた、外国の古いスタンダードを歌うというのは。
スコットランドの言葉で歌うのであればまた別の思いがあるんでしょうけど、よく知ってる日本語で歌うわけですから。遠い国の歌というよりは、新しい日本の歌だっていう意識のほうが強いですね。
-- 元々は『愛する人のためなら命を投げ出すことも惜しくない』というような歌詞だったようですね。
スコットランドとかアイルランドの民謡って、そういう歌詞が多いのかもしれませんね。奄美の島唄もそういう歌が多いと思います。
-- “別れの曲”ではありますが、言葉もメロディもシンプル過ぎるくらいシンプルですよね。
そうなんです。だから具体的なイメージを植え付けてしまうと、この曲のもってる可能性を狭くしてしまうような気がして。シンプルな歌詞だからこそ広がる、聴く人がそれぞれの思いで受け取れる歌だなって思いますね。『悲しい』とか『立ち上がれない』ではなく、実は力強く支えられている。そういう歌詞だなと思います。メロディーは民謡ですし。人間はどこかで繋がってるものですから、遠い遠いどこかの国のメロディラインであっても、細胞がリンクするんだなと思いました。
-- 今でも普段から島唄は歌われているんですか。
歌いますよ。歌いますけど、奄美で歌うのがいちばん緊張しますね。聴く人たちの耳が厳しいですから。私なんてまだまだです。
-- 島唄ではない、ご自分のオリジナル曲をずっと歌っていると、島唄が体から薄らいでいってしまう、という感覚はないんでしょうか。
もう細胞全部に島唄が沁み渡ってますから、体も喉も島唄を忘れることは絶対にないですし、オリジナル曲を島唄だと思って歌ってもいないので。私の歌でしかないというか。島唄をやったことであの歌い方にはなってるんですけど、逆にこぶしを入れないように意識する方が難しいですしね。ただ17、18の頃に歌ったものと比べると、あの頃にはわかっていなかった歌詞の意味が今は理解できているので、当時と同じようには歌えませんよね。よくわかってないような、あんな声ではもう歌えないですよ。だけど歌は30過ぎてから、女は40過ぎてからとか言いますから。そういうものが年月を重ねると歌に出てくるんだなと思います。まだまだです。
-- 経験が歌に生きてくると。歳を重ねていくほど人の死にも接することが増えてくる。若い頃とは違う、ただ悲しむこと以外の感情も知ることになる。それが歌の中に生きてくるということもありますよね。
そうですね。
-- それを「永遠(トワ)の調べ」以上に感じたのが、カップリングの「遠い海へ旅に出た私の友達」だったんですよね。そのモチーフになっているのは上田現さんではないかなと思ったんです。
そう、これはまさにそうです。ただ最初はテレビのドキュメンタリー番組を作るということで、私がナビゲーターとして出演し、主題歌も歌うということで書かれた曲なんですけど・・・実際、お話を頂いた時にはすごくとまどったんです。人間の立場ではなくてウミガメの立場になったらどうなんだろう? と考えるところもあって。ただウミガメを通して人間がしてきてしまったことだけは、わからないといけない、ちゃんと伝えたいなと思ったので、それで是非やりたいと。番組をお引き受けしたんですね。でもその時点でもまだ歌のことは迷っていて。その時に現ちゃんの死もあって……。
-- はい。
ウミガメの卵が孵化して海に還るときに、それをよかれと思って子ガメたちを助ける人間がいるでしょ? だけどそれは小さな命が死んでいくのが可哀想だっていうカメの気持ちじゃなくて、人間としての自分の心が痛むからそうする、助けるってこともあると思うんですよ。でも実際、カメたちにとってそれはいいことなのか? って。今ある環境を知って、自分たちがここからどうやって生きていくかという作戦を考えさせてあげなきゃいけないってことでもあると思うんですよ、親としては。
-- ええ、ええ。
その時にね、現ちゃんが亡くなったことを、この先どうやって自分で納得していこうかなって思ったんです。私だけじゃなくて、現ちゃんに触れてきた人たちはみんなそう思ってる。3年経った今も、ちゃんと納得できてるのかっていわれると、やっぱり『現ちゃんが今、ここにいてくれたらな』って気持ちが大きいですしね。私にとってはそれが現ちゃんですけど、私と同じように、大好きな人が亡くなったことをずっと納得できないでいる人たちがたくさんいると思うんですね。だけど残った人たちは歩いていかなくちゃいけない。それともうひとつ、『もう一度また会える』という希望をもって生きていかなきゃいけない。そういう思いがあったんです。
-- なるほど。
私は小さい頃、ウミガメを拾ってきてですね。『家で飼いたい』って言って大変なことになったことがあるんですよ(笑)。私は海に還したくなくて離れたくなくて、でも『ウミガメは海で生きていかなくちゃいけない』って説得された。その時の話が“死を受け止める”ってことと同じなんだと思ったんです。それでできた曲ですね。
-- 少し時間を経た後の思い、ですよね。
そうですね。自分を知る、というか。大人になることって嫌なことだなと思うところもあります。泣きわめけたらどんなにいいだろうって。でもそういう気持ちをこの曲でちゃんと支えてあげられたらなって思いますよね。自分の中でもね。
-- はい。そして3曲目の「やわらかなサイクル」。これはオーガスタキャンプでもおなじみの曲ですね。このタイミングで、このシングルに収録しようと思ったのは?
最初の2曲は“死”がテーマだったので、3曲目は“生まれ変わる”ですね。
-- なるほど。奄美でレコーディングされたそのままのテイクということですが、この時はお腹に赤ちゃんがいたんでしたよね。
この時はもう臨月だったので、私が東京に来られなくて。それでヤマさんとサダさん(岡本定義/COIL)に来てもらって録ったんです。それでせっかく奄美に二人が来たことだし、ライブやろうって、急遽、シークレットライブをやったりして。
-- そう、その年のオーガスタキャンプでは大きいお腹を抱えて歌ってましたよね。
そうです。だからこの「やわらかなサイクル」も『お腹に子がおるし、あんまり声を張る曲作ると生まれてしまうやろ』ってヤマさんが。それでこういう柔らかな曲に(笑)。
-- そうだったんですね(笑)。お腹にお子さんがいる時といない時では歌声に差があるものですか。
それはあまり感じませんけど、一人目の時は必死だったんですよね、すべてにおいて。でもこの曲を録った二人目の時は、一人目の時にちゃんと見られなかった自分の体の変化をしっかりと感じることができたので、二人目を産んだ後のほうが声が出てきてるなっていう感覚はあります。不思議ですよね。
-- この曲は先ほど話に出た奄美豪雨災害チャリティライブでも歌われていましたが、奄美の復興は進んでいるんでしょうか。
災害そのものは酷いものだったし、農作物を作っていた人たちにとってはこれからも大変なことはあるんですけど、でもすごく元気になりました。チャリティをやったこととか、多くの気持ちをいただいたことはとてもありがたく、とても大事なことでした。それに何より奄美って島の人同士がすごく密なんです。近所の人同士が当たり前にお互いを助け合うんですね。だからこそ前向きにもなれるし、新たな歩みを進めることができる。あの災害は島の人たちの繋がり、絆を改めて知ることでもありましたよね。
-- 3曲とも“死”、“生まれ変わること”がテーマということ、故郷の災害や、今年のオーガスタキャンプがあった中で、今回の震災のことが頭をよぎることもあったのではないでしょうか。
考えても考えても……ね。これは今日明日で終わることではないですしね。でもあるテレビで、小さな男の子が津波で流された自分の母親の死と向き合う姿を、その子をこれから守っていかなきゃいけないと決めた母親の妹さんの姿を見た時に、“立ち向かう”ってそういうことなんだなって強く思ったんですね。だけど私自身、震災に遇った人たちに向けて自分ができることがまた見つかってないような気がします。だからよく考えて、私ができることを探していきたいです。でもひとつ確実にあるとすれば、私はやっぱり歌を歌う人間なので、どうにもならない気持ちがひとつの曲で救われるのであれば、私はずっと歌っていきたいと思っています。自分を見失わないように保ちながら。
<インタビュー・文 / 篠原美江>


