ARTISAN de la MUSIQUE

ARTISAN de la MUSIQUE 2011年12月号-P.01-松本俊明

--前作からおよそ2年振りの新作ですが、前3作とは異なる趣向で作られたように感じます。

 

  過去3枚のアルバムはクラシカルなイメージで作ってきたのですが、それはひとまず3部作で完結ということで、今回は新たな気持ちで取り組みました。僕は普段J-POPの世界で楽曲提供という形でポップスを書いてきましたので、ここでは作曲家の色合いを出したいなと思ったんです。

 

--手元の資料に「数百曲の候補曲のなかから選りすぐりの楽曲を収録」という記述がありますが、随分たくさん用意されたんですね。普段からアルバム制作にあたってはそれだけ多くの楽曲を揃えられるんですか。

 

  ええ、アルバム1枚のために50から100曲は書きます。

 

--いわば厳選された楽曲が収録された格好ですが、そうなると選曲が大変ですね。

 

  僕の場合、アルバムの曲選びに関しては、基本的にスタッフにお任せすることが多いんです。というのも、聴いて下さるのはもちろん自分ではなくリスナーの方々なので、そうしたリスナーに近い立場にいる人に選んでもらうのが良いと思ってるんですよ。ただ、そうは言っても1曲だけ自分の好きな曲を選ばせてもらう、というのが僕のやり方です。それはこれまでのアルバムでも同じです。当然、自分で書いた曲には全曲思い入れがあるんですが、アルバム収録曲を全部自分で選ぶとなると、例えるなら、鏡のなかに映った自分と一緒で、やっぱり自分自身を客観的には見れないんですね。これが誰かほかのアーティストに作曲する時であれば、自分以外の方のことなので意外とよく見えるんですけど、自分のアルバムとなると違うんです。思い入れが強過ぎると、ある意味で独りよがりに陥りやすいですし、その思い入れが邪魔してリスナーに届きにくくなる気がします。そういったことからも選曲に関してはスタッフの皆さんの意見を取り入れながら徐々に絞り込んでいく形をとっています。

 

--曲は依頼を受けてからというよりは、日常的(自発的)に書かれているんですか。

 

  いつも書いています。それこそ1日中書いているんですよ。曲を書き始めると誰かに止めてもらわないと、いつまででも書き続けています。メロディがどんどん浮かんでくるので、止まらなくなっちゃうんです。曲を書くのは遅いほうではないと思いますけど、かといって早いというのとは違いますね。僕の特技は〈集中力〉だと思っていて、実は作曲を始めると朝から書き始めて夜中までずっと書き続けていることもあるほどなんです。これは要請があって書くというよりは、書きたいという思いに駆られて書かずにはいられないというか。今回のアルバムに関していえば、自分のアルバムの為の作曲には、締め切りがないんですね。だからそれを逆手にとって、自分のなかに自然に浮かんだものを書くということをテーマにしていました。ところが楽曲提供の場合は締め切りという縛りのある逆境のなかに自分の身を置くことで、追い込まれながら作る感じです。実際、そうした状況で書くことの良さもありますから。

 

--なるほど。

 

  陶器の職人さんが、よく「何個作っても満足いくものは出来ない」とおっしゃいますけど、僕の場合もそれに似たところがあって、曲を作っていても1曲出来るたびに「もっといい曲が作れる、もっといい曲が出来るかも知れない」と思うんです。満足を得られないことに対する脅迫概念ということではなく、もっと良いものが出来るかも知れないという期待や楽しみが大きいんですよ。

 

--アルバムを聴かせて頂いて、松本さんの人柄が表れた作品だなと思いました。というのは、これまでのアルバムにも毎回セルフライナーノーツが付けられていましたよね。あの文体や表現がそのまま作品に滲み出ていると感じたんです。今回も1曲ごとにセルフライナーノーツがつけられていて、それを読みながら聴くとまた印象が違って面白いです。ところで、歌ものとこうしたインストゥルメンタルでは創作時に何か住み分けを意識されていますか。

 

  僕は、歌というのは〈映画〉のようなものだと思っているんです。映画って役者さんの顔が見えるし、台詞も発しますよね。それに対してインストゥルメンタルは〈本〉だと思うんです。本って顔が見えないので、読みながら「この人ってどういう顔をしてるんだろう」とか、「この青い空っていうのはどんな青さなんだろう」というふうに想像力を掻き立てられます。そう考えるとインストゥルメンタル作品って、聴き手にある程度の想像力がないと聴くのが耐えられないところがあると思うんです。ですからライナーノーツはその〈道標〉になれば良いなと思って書いています。もちろん、ライナーノーツを読まなくても、聴いた方ぞれぞれが自由に想像して聴いていただければいいと思います。

 

--確かにライナーノーツの言葉に重ね合わせることで見えてくる世界がありますね。実際、読む前と後では響き方が違いました。でも、それにとらわれることなく聴ける面もあって。物語を紡ぐ糸口にも生活のBGMにも成り得ると思います。

 

  インストゥルメンタル作品には、それだけ伸びしろがあるというか、世界が広がる可能性があるんです。だからこそ自由に聴いて頂きたいし、何より想像力を持っているのは人間だけですから。

 

--自身のためにそれこそ好きなように作られたんだろうなと感じました。ある意味で等身大というか、あざとさが微塵もない清々しさがありますね。何か特別なことをして聴き手を驚かせてやろうということもなく、今やりたいことをやっているという印象を強く受けました。

 

  これは当然のことですが、「新しいものは古いものになる」ということを意識しています。ですから、今に媚びずに時を感じさせないものを作ろうと思いながら作った面がありますね。美しいものを素直に出したいという気持ちでした。変にギミックなことを入れて作っても結局それは古いものになりますから、特に新しいことはしていません。ただ、アーティストへ作曲する時に関しては、やはり時代性というのがあって、それこそ言葉数とか、時代にマッチングさせるためにどうすれば良いかを考えるようにしています。僕にとっては、その人の声が一番のポイントで、声をいかによく届けるかを考えます。それともうひとつは、その人が今まで使っていない声を使うということ。例えばAIさんの為に書いた「ONE」もそうですし、MISIAさんの「Everything」もそう。MISIAさんはそれまで高い声を使うことが多くて、周りも何オクターブも出るあの高い声を評価していたんです。でも僕は彼女の低い声も素晴しいと思っていたので、敢えて低い声を使うことを前提に曲を書きました。

 

--今回セルフカヴァーされた「エレファン」もいつもの手嶌葵さんの歌とは雰囲気が違いますね。しかも松本さんのセルフカヴァー・ヴァージョンは『みんなのうた』で流れているノスタルジックなヴァージョンとはまた随分と違う印象です。まるで別の曲というか全く世界観が異なる作品に仕上がっています。

 

  「エレファン」は、手嶌葵さんがこれまで歌ってきた曲のなかでおそらく一番テンポの早い曲で、声も普段より高い声で歌ってもらっているんです。せっかく一緒に音楽を作れる機会なので、彼女の新しい魅力を見てみたいなと思って作りました。ですから、作曲家自らカヴァーする時は別の形でお聴かせしたいなと思って、今回のようなアレンジになったんです。おそらくこの先誰かが「エレファン」をカヴァーする際には、きっと『みんなのうた』のヴァージョンを下敷きにタンゴのリズムでカヴァーされると思うんですけど。

 

--震災直後、音楽を聴けなくなったという人の声もよく聞きました。

 

  手術した人にいきなり食べ物を与えてもすぐに食べられないのと一緒で、大変な状況に遭っている人に無理に音楽を聴かせても届かないですよね。音楽というものはその時に即に役立つものではないと思うんですよ。それこそ病人が健康になった時にフルーツや何かを食べたいと思うように、音楽も、聴く人が少しずつ元気になった時に必要になってくるものなのではないでしょうか。実際、僕も震災直後は曲を作りませんでした。作りたいという気持ちになりませんでしたから。 僕にとってのキーワードは「普通であること」なんです。ところが、実際は3.11以降、普通であることすらままならなくて、胸を痛めることが多くなりました。

 

--本作には、東日本大震災からの復興を願って書かれ、MISIAさんが歌われた曲「明日へ」のカヴァーも収録されています。

 

  東日本大震災のあと少し時が経った頃に、彼女と二人だけで作りました。華やかな弦を入れたりせず、僕がピアノを弾いて彼女が歌うというシンプルな形で作ったんです。MISIAとはとても仲良くさせてもらっていて彼女の曲を一緒に作っていくことにいつも喜びを感じています。その時と同様にこのアルバムも公私ともに仲の良い、気心のあったミュージシャンとだけ録音したかったんですね。金原カルテットの人たちと学生バンドのように意見を出し合いながら作ったんです。もちろん、大枠は僕がアレンジして譜面も用意していましたけれど、実際にはレコーディングスタジオで皆で作ったという感じですね。とにかく、このアルバムは有名なミュージシャンを呼んできて「ハイ、出来ました」というような形では作りたくなかったんですよ。これまでの3枚のアルバムと違うところは、今までは書き譜を用意して、それを再現芸術のように高いクオリティで仕上げるのが大命題で、例えるなら美しい建築物を建設するように作ったところがあります。スタッフ一丸となって、そこに重きを置いていたんですが、今回はそうではなく、録音スタジオの〈熱気〉とかハートフルな〈想い〉のようなものを残したかったんです。僕だけでなく参加してくれたミュージシャンの想いも一緒に詰まったものにしたかったんです。

 

--確かにそうした息吹や揺らぎ、温かさが感じられました。

 

  これまでの3作をどこかの〈宇宙都市〉とするなら、今回のアルバムはごく普通に〈人が住んでる家〉のような感じにしたかったんです。ピアノの弾き方もそれまではコントロールして、淡々と弾くことによる音色の美しさを念頭に弾いていたんですが、今回は自由に弾いています。悲しいことは悲しく、楽しいことは楽しく弾きました。そうやって僕が好きなように、のびのびと弾いている様子や作品に傾ける姿勢、ニュアンスを感じ取ってもらえれば嬉しいです。たくさんの人に聴いて頂きたいのはもちろんのこと、それぞれの心の奥深くに届いて欲しい。それが僕の願いでもあります。

 

--アルバム全体を通して、メランコリックでセンチメンタルな楽曲が揃っていますね。

 

  僕はセンチメンタルな音楽が好きで、クラシックでいえばチャイコフスキーみたいな物悲しい曲が好きなんです。僕は悲しい時に明るく楽しい曲を聴けないんですよ。つまり、悲しい時に悲しい曲を聴くことで元気になるんです。なので皆さんにも、「悲しい曲を聴いて元気になって欲しい」と思っているんです。悲しい曲にはどこか浄化作用があるんですよね。悲しい状況に置かれている人がこのアルバムを聴いた時、温かな気持ちになったり、悲しみを乗り越える力になってくれれば良いなと思います。

 

--最後にアルバムタイトルについて伺えますか。

 

  『五線紙と白地図』というアルバムタイトルは、僕自身が何も書かれていない五線紙と白地図を携えて、色んなところを飛び回って音楽を作りたいという想いと、それを聴いた方々が白地図を片手に旅してもらえればという気持ちを込めたものです。

 

[2011年11月 (株)フジパシフィック音楽出版にて取材]

 

 

 

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【音楽職人トピックス】



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濱田高志(ハマダ タカユキ)
音楽ライター兼アンソロジスト。これまで国内外で企画・監修したCDは300タイトルを数える。現在は「イージーリスニング・ステーション」(USEN)の選曲や「エキスポ・ジェネレーション」、「濱田高志のトレジャー・ミュージック」(STAR digio)のパーソナリティを担当。ミシェル・ルグランからの信頼も厚く、世界初の公認本「ミシェル・ルグラン風のささやき」(音楽之友社)を執筆したほか、「コカ・コーラCMソング データブック」(ジェネオン)「Love Sounds Style読本」など編・著作多数。2007年、ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ『フル・サークル』をコーディネイト。

詳しいプロフィールはコチラ


濱田高志ロングインタビュー
(2007年2月掲載)

濱田高志 監修・選曲・解説
「TV AGE」シリーズ公式HP


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