佐藤一道 Fuzzy Logic

天使のため息 ~「エンジェル」を通して見るあちらとこちらの「別れ」の温度差について、もしくはダープロのエンジェルちゃん天使化計画~

完全な「妄想」による朦朧としたロジックを用いて、音楽の歴史の中に埋もれた密かな「線」を無理矢理繋げてみようという無謀なコラム。第21回目は、ダーティー・プロジェクターズのメンバーだったエンジェルちゃん脱退事件に見る日本と海外における「別れ」の温度差を、ムームとさくら学院に思いを馳せながら考察してみました。

 

 

先日「AKB第15期研究生(平均年齢13.6歳)の名前が読めないと話題!」という記事を見かけた。話題になっているのかどうかはさておき、たしかに読めない。とくに「妃星」。読みは「きあら」だという。調べてみると13世紀のイタリアに「アッシジのキアラ」なる偉大な聖人が存在していたようだ。聖人……一見トンデモなDQNネームかと思いきや実はご両親が敬虔なクリスチャンなのかもしれない。それはそれとして、娘に「エンジェル」と付けるのはどうなのだろうか。日本でそれをやったら 「悪魔ちゃん」事件再びで大問題になりそうだが、海外では堂々と付けられているようだ。その筆頭が、ダーティー・プロジェクターズのメンバー、エンジェル・デラドゥーリアンその人である。

 


『Bitte Orca』
ダーティー・プロジェクターズ

そもそも「デラドゥーリアン」というのもまた聞き慣れない響きだが、話によるとどうやらお爺さんがアルメニア出身で、その苗字をそのまま引き継いでいるらしい。アルメニアというと西アジアと東ヨーロッパ圏の境目にある国で、そう言われてみるとたしかに彼女の容貌には少しエキゾな感覚がある。そして、何より美人だ。「エンジェル」という名前で「エキゾ美人」というギャップ。そんな人物が、記憶だけを頼りにブラック・フラッグの『Damaged』を再構築し、原物とはまったく異なる奇天烈なアルバム(2007年の『Rise Above』)を作り上げてしまう面妖なニューヨークのバンドのメンバーになるという奇跡。彼女が全面的に参加した2009年の傑作『Bitte Orca』は、名盤になるべくしてなったものだということがよくわかる。

 

しかし、そんなエンジェルちゃんがふと気づけばバンドからいなくなっていた。2012年のアルバム『Swing Lo Magellan』で忽然と。まるで何事もなかったかのように。これがダープロ・ファンの間で俗に言う「エンジェル消失事件」である。そして、このエンジェル消失後の作品はネジレたコンセプチュアルな面よりも、もっとオーソドックスな「歌」にフォーカスを当てた「良作」となった。バンドの中心人物デイヴ・ロングストレスの真摯な歌声はさらに説得力が増し、アルバム後半の穏やかさには心が洗われる思いだ。……が、何かが物足りない。

 

やはりその原因はエンジェルの不在である。もちろん他の女子メンバー、アンバー・コフマンもヘイリー・デクルも、エンジェル脱退後に加入したオルガ・ベルもいずれもれっきとした美人だ。けれども「エンジェル」というこの世には存在しない空想上の概念を生まれながらにして纏う者の絶対的な響きの強度にはやはり適わない。故にエンジェルちゃんのいないダーティー・プロジェクターズには(大変失礼ながら)「クリープのないコーヒーなんて」という往年のフレーズがどうしても浮かんできてしまう。そして、「クリープ」といえば森永。森永といえば「エンゼル(のロゴ)」。そう、つまるところはやはり結局エンジェルちゃんなのだ(何が?)

 


『わたしのなかの悪魔』
ベル&セバスチャン

そして、この失踪事件を知ったとき、ふと脳裏に浮かんだのは、あのいまわしき「天使のため息事件」のことだ……。

 

「天使のため息事件」とは、ベル&セバスチャンの2000年のアルバム『わたしのなかの悪魔』のジャケに写っていることで有名な双子の姉妹クリスティンとギーザの二人が在籍していたアイスランドのエレクトロニカ・ユニット、ムームからある日を境目に忽然とふたりが姿を消してしまった謎の失踪事件である。

 


『Yesterday was Dramatic
--Today is OK』
ムーム

ムームはアイスランドという土地のならではの超自然的な電子音を奏で、2000年代前半のエレクトロニカ・シーンを牽引したグループとして知られている。そしてその躍進の背景はこの双子の存在感抜きには語れない。世界中があの無邪気な双子のまるで「天使」の如き無垢な振る舞いに酔いしれていた。しかし、その看板がある日を境目に何事もなかったかのように消え失せてしまう。最初に消えたのはギーザだった。2002年に彼女は「学業に専念する」という理由であっさりとバンドを去る。まるで日本のアイドルが学業優先を理由にグループを脱退→そのまま引退という流れに等しい虚しさと「でも本人がそう望んでいるんだから仕方ないよな」というほぞをかむ思いが残る苦い結果となった。しかし、これはまだほんの前哨戦に過ぎなかったのである。なぜなら我々にはまだクリスティンが残っていたからだ。

 


『Pullhair Rubeye』
Avey Tare

「クリスティン、お前もか!」と世界中のムームファンが思わず叫んだという話もあったりなかったりするのが2006年のクリスティンの脱退劇である。これのよくなかったところはその脱退の理由がキチンと示されなかったうえに、気づいたらいつの間にかクリスティンがアニマル・コレクティヴの「天然パーマ」ことエイヴィ・テア(a.k.a.デイヴ・ポートナー)と結婚していて、仲良く連名でアルバム(2007年の『Pullhair Rubeye』)を出したことだ。しかもそれが(デヴィッド・リンチの映画にインスピレーションを受けて)"全編逆回転"という謎仕様になっていたことがファンの神経を逆撫でする結果となった。結局、このアルバムはピッチフォークで「退屈なだけじゃなく、気がめいる代物」とケチョンケチョンにされ、「10点満点中1点」という凄まじい点数をたたき出してしまう。その後、すったもんだあった挙句に結局数年後にふたりは離婚に至るのだ(エイヴィは2010年に『Down There』という離婚ショックを引きずったダークなソロ・アルバムをリリースしている)。そして、このふたりの一連の脱退劇を(ベルセバのセカンド・アルバムの邦題にちなんで)「天使のため息事件」と呼ぶようになったとか、ならなかったとか。あまりにも無邪気すぎたが故の過ちだった……。

 

その後、ムームは双子不在のまま、新メンバーを迎え入れて活動を継続させる。以降に発表されたアルバムでは妙に明るいキャッチーな曲とかあったりして、新境地の開拓に意欲的に取り組んでいたが、失礼な話「ナンカチガウ」感はどうしても付きまとっていた。天使の不在とはこんなにもデカイのか……と誰もが肩を落としかけていたそのとき、奇跡が起こる。学業を終えたギーザが今年から本格的に復帰したのである。天はムームを見捨てなかった! 今年6月に行われた「ホステス・クラブ・ウィークエンダー」での来日ステージでは「これぞムーム!」というすばらしいパフォーマンス(ギーザの前衛的な舞踏含む)を繰り広げてくれた。一度失った天使の片翼を再び手にしたバンドは、きっとまた素晴らしい珠玉の作品を我々の元に届けてくれるに違いない。

 

しかし、ここで思うのは、海外の音楽グループのメンバーの入れ替わりの激しさ、そして人間関係のあまりにも奔放な自由さである。特にインディー・ロック界隈ではよくあることなのだけど、新作アルバムが出て新しいアーティスト写真を見ると、メンバーの顔ぶれがいつの間にかガラッと変わっていたりすることがままある。クリスティン&ギーザもエンジェルちゃんも、どちらも気づいたらバンドを去っていた。そこに後味の悪さがどうしても付き纏う。もちろん、それぞれ理由があるのだろうし、プライヴェートに関することを公にしたくないという気持ちもあるのかもしれない。しかし、そこはあくまで「ザッツ・エンターテイメント」なこの世界。できるだけその「船出」を形式上だけでも皆で分かち合いたいのがファン心理ってやつなのではないだろうか。

 

その点、日本の芸能界はその辺りを熟知していて、「脱退」もしくは「解散」さらには「引退」となるとそりゃもう大騒ぎだ。山口百恵にキャンディーズ、ピンク・レディーにおニャン子クラブ。涙涙の卒業・引退公演の数々。いずれも日本芸能史に残るイベントばかりだ(……見てないけど)。アイドルに限らず「太陽にほえろ!」には各刑事たちに華やかな殉職シーンが必ずあったし、スポーツ界でも野球選手や力士、プロレスラーの引退興行などなくてならないものだ。こうして「別れ」を盛大に祝い、思い出として何らかの形に残すことで我々は「ケジメ」をつけてきた(何しろ「ケジメなさい」というヒット曲があるぐらいだから)。「別れ」の大切さを噛み締めるという意味でこうしたイベェントの華やかさ(卒業スキルの高さ)に関していえば、日本は海外に対して一日の長があるといってもいいのではないだろうか。

 


『4.10中野サンプラザ大会
ももクロ春の一大事
~眩しさの中に君がいた~』
(DVD)
ももいろクローバー

つい最近でも、AKB48の「あっちゃん」こと前田敦子の脱退にまつわる一連の騒動が世を騒がせたことは記憶に新しいし、その少し前の今をときめくももいろクローバーの早見あかり脱退公演も未だ伝説として語り継がれている。そもそも、ももクロはこの脱退をきっかけに5人組として「Z」が付くことでオーバーグラウンドに浮上していった。また、「成長期限定ユニット」を謳うアミューズのアイドル・グループ「さくら学院」は、毎年義務教育が終了する中学3年の3月を迎えたメンバーがグループから卒業していくというシステムを採用しており、その時期になると「卒業式公演」が盛大に行われる。

 

このさくら学院の「卒業式」という制度を良質なエンターテイメントの域にまで昇華するというアプローチは、実はダーティー・プロジェクターズの諸々の作品と同じくらいコンセプチュアルで、ドメスティックな伝統とメタな視点とを組み合わせた実験的な試みなのではないだろうか。そして、それを端的に象徴しているのが、さくら学院から派生した、今や破竹の勢いを誇るユニットBABYMETALの存在だ。これは「メタル」と「アイドル」という「様式美」が重視されるふたつのジャンルの共通点に着目し、それを日本人特有の徹底した几帳面さで(楽曲から歌詞、ヴィジュアル、振り付けに至るまで)隙なくコンセプトを固めて結びつけたことで奇を衒ったアイディア一発に終らない強度と完成度を獲得。その結果、世界中のメタラーからいろんな意味で注目を浴びるユニットへと見事に成長を遂げた(そのためメンバーの中元すず香はさくら学院卒業後もユニット継続という特例が敷かれている)。「カオス」の中から「ポップ」を生み出すのではなく、「慣習」の中から質の高い「娯楽」を抽出するという作業は、ひょっとしたら日本が世界に誇れるような最も得意とする領域なのかもしれない。欧米の天使は自主性の強い気ままな性格で、日本の天使は規律の中でこそ最大限に魅力を発揮するタイプ……という言い方もできるだろう。

 


『Modern Vampires Of The City』
ヴァンパイア・ウィークエンド


『Marriage of True Minds』
マトモス

さて、2012年に失踪したはずの気ままな天使エンジェルちゃんだが、今年に入ってその姿があちこちで目撃されている。まず前作に続いて見事全米一位を獲得したヴァンパイア・ウィークエンドの新作『Modern Vampires Of The City』にて3曲でバックボーカルを務めているのを確認。また、サンフランシスコのヴァテラン・ゲイ電子デュオ、マトモスの新作『Marriage of True Minds』にも1曲ヴォーカルで参加。さらに、ボルチモアのCo Laという電子ユニットのアルバム『Moody Coup』にはほぼ全面的にヴォーカルで参加しているのが目撃されている。特に1曲目の「Sukiyaki To Die For」はあの坂本九の「上を向いて歩こう(英題:Sukiyaki Song)」の一節をエンジェルちゃんがハミングで歌うという日本人ならグッと来ざるを得ない曲になっている。日本の様式美にエンジェルちゃんが接近した記念すべき作品といえるだろう。しかし、日本の「エンジェルちゃん親衛隊」が「エンジェルちゃんは天使!」と再び胸を張って言えそうな空気になりかけたその矢先、悲報が我々を襲う。

 

それは「エンジェルちゃんがアニマル・コレクティヴのアヴェイ・テアとデキているのでは?」というものだ。すわ、「天使のため息事件」の悪夢再びか!? 誰もが耳を疑う最悪のシナリオである。そもそもアニコレとダープロといえば米国東海岸インディー・ロック界の二大巨頭といってもいい存在。あんなに先鋭的なバンドのメンバー同士でそんなベタな恋愛沙汰が起きていいものだろうか? 大体、PVで西川のりおのオバQみたいなメイクをしていたあんな天然パーマ男の一体どこがいいの!?(単なる嫉妬)しかし、今年に入ってエイヴィとエンジェルとで"スラッシャー・フリックス"なる新バンドを結成し、YouTubeにエンジェルちゃんが天パ男の横でシンセを演奏しているライブ動画を見て、私は大きく「ため息」をついた。結局のところ、「天使に好かれる性格」というのは確実にこの世に存在し、そして、「俺たちは天使(に好かれる性格)じゃない」というだけのことだったのだ……。

 

こうしてすべてを悟った今、もしもまだ何かいえることがあるとしたら、それは仮にこの先、万が一エンジェルちゃんがエイヴィのバンドを脱退することになった暁には、是非その「脱退セレモニー」すなわち「卒業公演」を日本の武道館で盛大にやってほしいということだ。そして、そこで「普通のエンジェルに戻ります」と宣言し、あわよくば日本で再度「エンジェルちゃん」としてソロ・デビューしてくれれば……と思うのだが、どうだろうか。

 

 
 


妄想音楽ライター、佐藤一道の頭の中に幾重にも錯綜した知識と朦朧としたロジックを用いて、音楽の歴史の中に埋もれた微かな「点」と密かな「線」を無理矢理繋げたコラムです。


佐藤一道
(サトウカズミチ)
1976年静岡生まれ。元クッキーシーン編集、現在フリーの音楽ライター。初対面の人に「全く目を見てくれませんね」とよく言われます。現在、 Monchicon!という音楽ブログ運営中。Kikiというミニ・マガジンで編集もしてます。共同監修をつとめた「シューゲイザー・ディスク・ガイド」好評発売中です!



「モンチコンのインディー・ロック・グラフィティ」
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【MC】清水祐也、佐藤一道
【制作】 MUSICSHELF


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