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サンドクロック Special Interview&Playlist

サンドクロック

Special Interview&Playlist

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『LOG』Special Trailer

滝田周と永田佳之、似ているようでタイプの違う実力派ソロ・シンガーのふたりによって結成されたユニット、サンドクロック。都内や横浜を中心に活動し、安定感抜群のふたりの歌に魅了される女性ファンが急増中。そんな彼らが結成4年を目前にして初の全国流通盤となるミニアルバム『LOG』をリリース。満を持して全国制覇を狙うサンドクロックのキーワードは「シェア」。

– はじめまして。よろしくお願いします。

滝田永田:お願いします!

– 実はサンドクロックのライヴをこれまで3回ほど観させてもらいまして

滝田永田:(うなずく)

– 昨年末に代々木のZher the ZOOで初めて観たときは、とにかく歌が良くて、あとすごい女性に人気なんだなって印象で。そして2回目は今年、所属事務所(ソニー・ミュージックアーティスツ)のイベントで、MUSICSHELFで何度もインタビューをさせてもらっているチャラン・ポ・ランタンをはじめ、見た目から超・個性的な出演者ばかりでサンドクロックはちょっと押され気味でしたけど。

滝田永田:(苦笑)

– でも正統派で押し切った感じが好印象だったんです。で、この時点ではまだふたりのことをあまりよくわからなかったというのが正直な感想で、3回目に観たのが渋谷7th FLOORでのワンマン・ライヴ、そこで後ればせながらやっと気付いたんです。「あれ?ふたりとも随分タイプが違うぞ」って。

永田:はい。

– そのときになぜこのふたりはユニットを組んでやっているんだろうって、とても不思議に思ったんです。だってソロでも十分やっていける実力を持ったふたりなのに。

滝田永田:(うなずく)

– ということで今回はそんな疑問を解決するため、サンドクロック結成から現在までのお話をお聞きしたいと思います。まずは永田さん、MCが関西弁ってことでお生まれはもちろん

永田:はい。大阪の寝屋川です。

– じゃあ最初は大阪で活動をしていたと。

永田:21歳まで大阪でした。そっから3年間、日本一周の旅に出ているんです。

– はぁ?

永田:ヒッチハイクで。

– ???ちょ、ちょっとまってね(資料をチェックするワタシ)・・・えっ!こりゃ驚いた。(マネージャーさんに)この話題で今回の取材時間終わっちゃいますよ(笑)日本一周の話は次回ゆっくりやりましょう!音楽の話に戻りますね(笑)。で、21の頃には音楽活動を始めていたと?

永田:音楽の専門学校も出たので、ちょいちょい始めてたんですけど、自宅で曲作りが中心でしたね。

– ミュージシャンを目指そうと思ったのは?

永田:専門学校を入学してからスタートで18歳でスタートってちょっと遅かったんですけど2、3年そういうオリジナルを作る段階のカヴァーだったりヴォイス・トレーニングだったりを2、3年やって、で、3年間日本一周の旅に出るという。

– その日本一周の話、すごーく聞きたいんですが(笑)次に進みますね。滝田さん、ご出身は?

滝田:横浜で育ちました。

– 音楽に目覚めたのは?

滝田:24歳のときですね。

– 結構スタートは遅い方ですよね。じゃあそれまでは?

滝田:歌うことは好きだったんですけど、両親が教師でとても厳しくて、父親は体育教師で野球の監督だったんですよ。なので本当はピアノとかやりたいなって思ったこともあった)んですけど、小さい頃から選択肢はなくて高校まで野球漬けでした。

– 野球少年だったんだ。これまた意外。

滝田:ずっとライヴしてみたい、音楽やりたいって気持ちがあったんですけど、どうせムリだろうって思っていたんでなかなか行動には出せず、それで一浪して大学に入って就職活動をして内定ももらって、あとは就職を待つだけだという時に、なんか将来、自分がその会社で働いてっていう絵が全然見えなくて、このタイミングを逃したら二度と音楽が出来ないって思って内定を蹴って親にいきなり「音楽やります」って言って。でも親は僕が音楽をやりたいなんてこと全然知らなかったので。

– でもピアノは習ってはいたんですよね?

滝田:いや、その時は何にもやってなくて。

– 何にも?その時点で?それで音楽やりたいって親に言ったの?…そのスタート地点はすごいですね(笑)ご両親はお口ぽかーんて感じで?

滝田:そうです。親も「・・・もう1回言ってみて?」ですよ。

一同:笑

滝田:もちろん「何言ってんの?」ですよね。でも僕はその時点で親に言う前に内定もらった会社に断りの電話を入れちゃって、それから半年くらい両親を説得して、大学を卒業してからピアノを始めたんです。

– とはいえ、音楽で食えるという何かしら自信や根拠がないと普通決断できませんよね。バンド活動をしていたとか。

滝田:高校の学園祭でトーナメント制のカラオケ大会がありまして、そこで3年連続で優勝したんです。高校では”歌がうまいキャラ”的な感じだったんです。でもまあその程度なんでそんな世の中甘くないっしょって心のどこかで思っていて、でもその反面、試してみたいという気持ちもずっとあったんですね。

– いやいや、ふたりともいきなり予想外の話でびっくりですよ!話を戻して永田さん、やっぱり聞きたい!なぜヒッチハイク日本一周の旅をはじめたのでしょう?

永田:専門学校を出て、順当に行けばアルバイトしながら夢を目指すのという感じだと思いますけど、バイトする時間がもったいなくて、だったらバイトをせぇへんでも良い方法を考えようと、あとこれは経験値にもなって面白い曲を書けるかなって。

– 行動派ですね。永田さんのご両親は滝田さんと同じように厳しかった?

永田:全然。真逆ですね。「旅行くわ」って言ったら「おう!」ひとことでした(笑)。

– そうなんですか。ほんと人って見た目だけじゃわかりませんね(笑)そんなふたりがどのようにサンドクロックを結成していったのか次にお聞きしたいと思います。

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