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Rei ~レイ~ Interview&Playlist

Rei ~レイ~

Interview&Playlist

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先頃22歳になったばかりのReiが発表した1stミニアルバム『BLU』は、シンガー・ソングライターとしての類稀な個性とギタリストとしてのスキルの高さが分かち難く合わさって生まれた作品だ。幼少期からニューヨークでクラシック・ギターを始め、小学3~4年でバンドを組んでブルーズに傾倒。そうした音楽的背景と小柄な容姿とのギャップにまず誰もがちょっとした驚きを覚えることだろうが、何よりここで肝心なのは彼女がブルーズやオールド・ロックといった音楽のルーツを消化した上で“Reiのポップ”としか言いようのない音を鳴らし、表情豊かな声で歌っているということ。それは新しくて、瑞々しくて、キラキラしたものだ。彼女の“これまで”と“いま”を聞いた。

クラシック・ギターからロック、ブルーズへ

――もっと「私はギタリストです!」というようなアルバムになるかと思ってました。

あ、そうですか(笑)

――でもこれはシンガー・ソングライターとしての個性がハッキリ表れたアルバムだし、ルーツを消化した上でいま自分は何を伝えたいのかをすごく考えて作ったアルバムなんだろうなと。合ってますか?

はい。合ってます。

――やっぱり自分と近い世代のひとたちにもちゃんと届けたいという気持ちがあったということですね。

そうですね。私はブルーズとかクラシック音楽とか古い音楽にすごく影響を受けてますけど、焼き直しだったら意味がないと思ってますし、昔のもので自分が素晴らしいと思っているものの要素を引き継いで伝えたいという気持ちがあるんです。同世代のひとたちにしてみたら、それまで知らなかった古い音楽の要素が新鮮に聴こえるってところもあると思うので。そういう意味で、新しさが音に表れていればいいなと。

――表れてますよ。

ありがとうございます(笑)

――では、このアルバムの話はまたあとで訊くとして。まずはプロフィール的なところから訊いていきますね。生まれは兵庫県伊丹市。音楽一家だったんですか?

いえ、全然そんなことはなくて。家族はまあ普通に音楽好きですけど、特にみんなが楽器をやってたってわけでもなく。で、私はフランスに住んで、そのあとアメリカに移り住んだんですけど……。

――あ、フランスにも住んでたんだ。

はい。2歳のときに1年間いまして、一回帰国して、それからアメリカに小学校の低学年までいました。

――フランスの記憶は?

全然ないんですよ。アメリカに移って全部忘れてしまいましたね(笑)。だから最初の記憶はアメリカで。最初はクラシック・ギターをやっていて、学校のビッグバンドではエレキをやって。

――自分の意思でギターを始めたんですか?

はい。テレビ番組を見ていたら女の人がギターを弾いてて、「私もあれをやりたい!」って言ってギターを買ってもらったんです。その女のひとが誰だったのかは残念ながら覚えてないんですけどね。で、地元の音楽学校で、もともとはブロードウェイでジャズ・ギターを弾いてて後にクラシック・ギター・プレイヤーになった方にギターを教えてもらってました。スティングにクラシック・ギターを教えたのもそのひとらしいんですけど。

――おおっ! そんなひとに。それから毎日ギターを弾くのが楽しくてしょうがなくなったと。

そのときの感情までは覚えてないんですけど、クラシック・ギターでプロフェッショナルになりたいとは思ってましたね。アメリカから帰国してからもずっとクラシック・ギターをやってて、毎年のようにコンクールに出たりしてたんですけど、まわりもプロになりたいと思ってる子ばっかりだったので、プロになりたいと考えるのは自然なことでした。

――そこからブルーズに興味がいくようになったきっかけは?

アメリカではビッグバンドでデューク・エリントンとかをカヴァーしてたんですけど、いったん帰国してからクラシックしかやってなかった時期があって。で、小学校3~4年のときに同級生に誘われて初めて3ピースのバンドを組んで、そのときに60年代のロックンロールとかツェッペリンとかフーとかビートルズをカヴァーしたんです。そこで初めてアドリブ音楽というか、譜面の音の並びとは別のことを考えながら演奏するみたいなことをやって、“これは面白いぞ”って思って。ずっとクラシックをやってきたので、そういう世界があることを知らなかったんですよ。で、ロックからブルーズに行ったんです。

――小学生で?!

はい。バンドではロックンロールをやってて、私自身はエリック・クラプトンからクリーム、クリームからロバート・ジョンソンみたいな自然な流れで。それが10歳ぐらい。

――なんて早熟な!

あははは。

――音楽的なところでそうやってルーツを辿るのが面白かったわけですね。

そうです。

――音楽面だけじゃなく、精神的な面でロックやブルーズがその頃のReiさんにフィットしたところもあったんですか?

アメリカから帰国してしばらくは日本語がヘタだったので、ひととうまく会話ができてない、繋がれてないっていう気持ちがあったんですよ。でもブルーズはシンプルな3コードで12小節でっていう枠組みがあるので、それを通してだったら初めて会ったひととも会話ができるし繋がれる。その即効性が魅力でしたね。

――言葉で通じ合えなくてもギターで通じ合えた。

はい。ギターにすごく救われました。

――日本に住むようになってから、J-ポップを聴いたりはしたんですか?

しばらくはずっと洋楽しか聴いてなかったですけど、日本語をうまくなりたいと思って勉強していたので、そのときに日本の音楽の歌詞を読んで素晴らしいなと。始めは海外でデビューしたいと思っていたんですけど、その頃に阿久悠さんの歌詞とかを読んで、それから日本語で歌いたいという気持ちになりました。それで日本でデビューしたいと思うようになって。

――いきなり阿久悠さんかぁ。それもすごい。ほかには?

山崎まさよしさんとか呉田軽穂さん(=松任谷由実)とか。

――そうしたひとたちの影響で、自分も日本語の歌詞を書くようになった。

そうですね。それは大きかったと思います。

――曲を作りだしたのはいつ頃なんですか?

小学校のときに組んでた3ピースのバンドでは、半分が60年代のロックのカヴァーで、半分が私のオリジナルでした。最初は4トラックぐらいしか録れないテープレコーダーで重ね録りして、それから音楽ソフトで録るようになって。プリプロのところまでアレンジをもっていってからバンドで完成させていくやり方で。

――それを小学生のときにやっていたと。

そうです。

――すごいなぁ(笑)

そうなんですかね?(笑)

――その頃から始めて、いまに至るまでに何曲くらい書いたんですか?

断片を含めると300は書いてると思います。初めの頃に書いたものはコードも少ないし、楽曲としての精度が低いですけど。でも自分が書いたものをひとにも演奏してもらって、曲が構築されていくことがすごく楽しかったですね。

――話は前後しますが、Reiさんは昔から流行りの音楽よりもオールド・ロックやブルーズなど古典的なものに惹かれてきたわけですよね。それは自分にとって自然なことだったわけですか?

まわりのひとたちから「なんで古いものが好きなの?」って訊かれることがよくあるんですけど……。例えば音楽以外でも、車なら60年代の国産の軽トラが好きなんですね。で、そういう話をすると「昭和の時代が好きなの?」って訊かれるんですけど、私にしてみれば造形美としてデザインが美しいからっていうだけで。音楽も一緒で、そのものの本質が見えるものが好きなんです。昔のものだからいいっていうわけではなくて。

――なるほど。

例えば私は同世代のひとたちにもブルーズのよさを伝えたいって思ってて、きっとそういうものに触れる環境さえあれば、みんなもそれを素晴らしいものだと思うはずなんですよ。私も特別だったわけじゃなくて、たまたまそういう環境があって知ることができたっていうだけで。

――そういう意味では、やっぱり幼少期を海外で過ごしたのは大きいよね。

そうかもしれないですね。

――さっき話してくれたように、もともとはクラシック・ギター奏者になりたかったわけですよね。そこからシンガー・ソングライターを目指すようになったのは、バンド活動がきっかけだったの?

はい。バンド音楽をやるようになって、ギターでフロントマンで曲も書くってなったら、必然的に歌もうたうことになって、歌もいいなぁって思って。もちろんギターはすごく大事なんですけど、歌が中心にある音楽をやりたいと思うようになったんです。このアルバムを作る上でも、ギターと手を繋いではいるんだけど真ん中にあるのは歌、っていうところは意識してて。

――自作自演とかヴォーカルに関して、影響を受けたのはどんなひとでした?

ビートルズはよく聴いて影響されましたね。あと、ブルーズで言うとJ.B.レノア。このひとには本当に影響されて。メッセージがすごくヴィヴィッドなんです。「ボーン・デッド」って曲があって、“生まれながらに死んでる”ってことですけど、その時代のブルーズの歌詞とは違ってメッセージ性が強い。それに構造がシンプルだから、より言葉とメロディが際立つんですよ。そういうのを聴きながら、私も意味のある言葉を歌いたいって思ってました。

――10代の女の子がブルーズを歌っているということで、その歴史や背景をちゃんとわかって歌っているのかとか言ってくるようなオジサンもなかにはいたのでは?

それは本当によく言われましたね。「何も経験してないのにブルーズの歌の意味なんてわからないでしょ?」とか、「どういうことだかわかってて歌ってるの?」とか。でも私は英語が喋れたので、意味を理解した上で歌っているというヘンなプライドがあって。それと、ブルーズが虐げられた黒人の歌だというイメージだけで捉えられているのなら、私はそれを払拭したいと思っているんです。私はブルーズって希望の音楽だと思うんですよ。嫌なことがあっても言葉とか音楽にして今日限りでその哀しいことは終わらせようじゃないか……っていうのがブルーズだと思う。

――私もそういう希望の音楽をやっているのだと。

はい。そうです。

プレイリスト
HEAT BEATS!
~冬を乗り切るための激熱BLUES 10曲~

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