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BO GUMBOS 特集 『1989』インタビュー Dr.kyOn × 名村武

BO GUMBOS

特集 『1989』インタビュー
Dr.kyOn × 名村武

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1. シングルは常になんか実験してて新しいことをやってる。
2. アルバムはライヴで練り上げたやつを入れる。
3. 年に1回は良いコンサートをやって映像で発表する。
この大きな3つの柱があった。(Dr.kyOn)

——では、順を追って作品について訊いていきたいと思います。まず、バンドとしての最初のリリースがビデオ『宇宙サウンド』というのが珍しいですよね。なぜビデオだったんですか?

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『宇宙サウンド』
(VHS/DVD)

kyOn:スタッフのなかに、映像に力を入れている坂西伊作っていうスタッフがいたっていうことと、僕がこのバンドをやる前に映像の仕事をしてたんで。

名村:ああ、それはあるかもね。

kyOn:相当、大きいと思う。テレビ番組の制作会社で働いていたんで、いよいよ自分が題材になった作品に関われるぞと。だから、当時『宇宙サウンド』の音のミックスの現場には全然行かなかったけど、映像の編集室には毎日行ってました。

——映像を収録したのは浅草の常磐座ですね。

donto - コピーkyOn:そうです。89年の2月くらいかな。

——ライヴではありますが、演出されているのか、その場のノリなのかわからないところがありますね。例えばお客さんがステージに上がってくるところとか。

kyOn:一応、演出の範囲内の出来事なんだけど、リハーサルとかは一回もしなかったですね。全部ぶっつけ本番で。

名村:ほとんど一発撮りで。

kyOn:いろいろあったけどね。なんかダンサーが揉めてたんだよな。怒ってた。それはよく覚えてて(笑)。

——観客はどんなふうに集めたんですか?

kyOn:収録前に中野サンプラザで2デイズのコンサートをやって、その時に(観客に)〈今度こんなことするんで〉ってフライヤーを配ったんです、スタッフが。

名村:めぼしい人に。

kyOn:すごい派手そうなお客さんにこそっと。200人くらい入ったらいっぱいの場所やからね。あとは外人さんとか、〈うわ〜っ〉と騒ぐ騒ぎ屋さんみたいな人たち(笑)。

名村:ビデオ班のスタッフが、クラブとか回って面白そうな奴を集めてきた。

——とにかく、お祭り騒ぎというか、その祝祭感がバンドのイメージをよく表してますね。

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kyOn:お祭り感をいかに作り上げるかってことに、みんな必死になってたね。客にマラカスとか楽器を売って〈一緒に騒ごうよ〉って。これまでの常識では考えられないことだったと思う。

——ボ・ガンボスにとって〈お祭り〉というのは、ひとつの要素というか、目指していたものだったんですか?

kyOn:そうですね。もうバンド名からして、すべてを物語ってるんですよ。ボ・ディドリーの〈ボ〉と、ニューオリンズの音楽を象徴する〈ガンボ(=ごった煮のスープ)〉のようなっていう。

——今回、ビデオを観直してみて気がついたことって何かありました?

kyOn:〈なんでやってないんやろ?〉って思う曲がありますね。「ダイナマイトに火をつけろ」とか。

名村:アルバムにおいとこう、みたいなことだったのかな?

kyOn:かもしれない。でも、最初からシングルがこれ、アルバムがこれ、ビデオがこれ、っていうふうに振り分けてたわけやなくて、まずビデオやったらビデオのことだけ考えてやってたと思う。そやから、ライヴ向きの曲をやったということやないかと思いますね。

——シングル曲もやってないですね。

kyOn:そうですね。振り付けとかつけてちょっとやってみたりはしたんですけど、4人でやるのは難しかったんです。というのも、シングル曲はシングルとしてサウンドメイキングをしたんで、楽器が複雑で。ホーンとかパーカッションがいっぱい入ってたりして、ギター一本ではできなかった。撮ってみていうほど面白くなかったんですよ。

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1st Single
「時代を変える旅に出よう」

名村:ライヴでやってた曲じゃなかったからね。

kyOn:そうそう、しんどい、体力使う曲やったんで。

——シングル曲はアルバムに入れない、というのはバンド側の方針だったんですか?

kyOn:どんとから〈シングルだけの道をひとつ作ろう〉というアイディアが出てきたんです。〈シングルは常に新曲で、なんか実験してて新しいことをやってる、そういうのにしたい〉って。アルバムとかはライヴで練り上げたやつとかを入れる。で、年に1回は良いコンサートをやって映像で発表しようと。この大きな3つの柱があった。だから、最初の作業として〈シングルをやろう〉となった時は、当然そこまでライヴでやってた曲からは選ばない。なので、確か2、3曲、みんなでちょっとずつネタを持ち寄って〈どんな感じにする?〉ってやってみたんですよ。それで最初のシングル曲の「時代を変える旅に出よう」を作った。

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