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特別企画 History of Char 1955~2015  デビュー前から還暦イヤーとなった2015年までの全てを語る

特別企画 History of Char 1955~2015 

デビュー前から還暦イヤーとなった2015年までの全てを語る

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アルバム『ROCK十』(ロック・プラス) レビュー
文:内本順一(2015.6.10公開)

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日本語詞の曲をこんなにもたくさん歌っているCharのアルバムは一体いつ以来か。もしかするとソロデビューした当時の3作(76年~78年)以来じゃないか。ただでさえ、(TRADROCKシリーズやライブ盤などはあったにせよ)純粋なオリジナルニューアルバムは10年ぶりになるわけだが、それがこのような日本語詞タップリの歌もの作品になるというのはファンのひとりとして嬉しい誤算だった。
改めて書くのもなんだが、Charは唯一無二のギタリストであると同時に、非常に魅力的なヴォーカリストでもある。「ギターはもちろんだけど、オレはCharのあの歌声が大好きなんだよ」と言う人は少なくない。まず僕がそうだし、友達にもそんなChar好きが数人いる。
ギタリストで歌もうたうひとには、味のある歌を聴かせるひとが多い。が、Charは単に味があるというレベルではなく、もっとしっかりと説得力のある強い歌を聴かせるひとだ。それにしてはいままでヴォーカリストとしての魅力を前面に押し出したアルバムがあまりなかったのが不思議なくらいなのだが、この『ROCK+』、ギター・インストゥルメンタルや鼻歌みたいな曲もあるとはいえ、間違いなくこれまでで最も“歌を聴かせる”ことに重きを置いたアルバムであり、「こういうのを待っていた!」というひともきっと多いはずだ。

『ROCK+』は60歳を迎えるにあたってリリースされた、言わばアニヴァーサリー・アルバムである。正しい読みは「ロック・プラス」だが、「ロック十=60」と読むことができるあたりはいかにもCharらしい遊び心だ。全12曲で、12人のアーティストとがっつりコラボレーションして作られている。12は60を周期とする数詞である干支になぞられたものだが、そういえばかつてCharが主宰していた江戸屋レコードで干支に因んだオムニバス盤が毎年出ていたことを思い出したりもした。こうした古来からの風習~文化を大事にするのもまたCharらしいところである。
さておき12人のアーティストは次の通り。泉谷しげる、佐橋佳幸、布袋寅泰、ムッシュかまやつ、石田長生、奥田民生、松任谷由実、佐藤タイジ、JESSE、福山雅治、宮藤官九郎、山崎まさよし。それぞれが詞曲を書いて録音スタイルを決め、アレンジからプロデュース全般までを手掛けている。つまり主導権はむしろコラボレーション相手のほうにあり、Charはといえばギターを弾くことと歌うことに専念している。相手の色に染められることを楽しもう。それが今作のテーマでもあったのだろう。
再びタイトルの話に戻すと、『ロック・プラス』とは「オレのロックに何をプラスしてもらえるか」というChar自身の期待を言葉にしたものでもあったそうで、それがそのまま人選のポイントにもなっている。つまり、とっくに確立されているCharのロック・スタイルに何かを加えてくれそうなひと、前向きな意味でスタイルの一部を壊してくれそうなひと。そういうアクの強いひとばかりが選ばれていて、らしさに“合わせる”のが上手い人、小器用な人は、ここにはいないし、それ故いままでだったらCharの歌いそうにない曲ばかりが収録されている。ここにきて“らしい”曲をらしくやっても退屈なだけ。60年で干支がひとまわりしたいまだからこそ、新しい何かをプラスしたり、築いてきた何かを壊したりして、楽しみながら前に進むのだ……というようなロックな意識がそこから見て取れ、それがかっこいい。泉谷楽曲「カタルシスの凱旋」じゃないが、「今の時代を越えてやる」という意志がそのような作り方からも感じ取れるのだ。

聴けば、12人のアーティストたちがそれぞれの流儀でもって、確かにCharのロックに何かをプラスしているのがよくわかる。Charにこんな言葉を歌わせてみたい。Charにこんなギターを弾かせてみたい。それぞれのそういう思いがどの曲にも反映されている。

jacket子(1948年)
「カタルシスの凱旋」泉谷しげる

泉谷しげる楽曲「カタルシスの凱旋」はいかにも泉谷らしく荒ぶる魂を感じさせる言葉とメロディ。「今の時代を越えてやる」という宣言めいた言葉を普段のスマートなCharなら(内で思っていたにせよ)口にはしないし、「うぉーうぉー」と吠えるように歌ったりもしないが、泉谷はCharにそれをさせていて、それによって荒々しさや生きる激しさといったものがそこに表出している。

jacket丑(1961年)
「Still Standing」佐橋佳幸

一転して佐橋佳幸楽曲「Still Standing」は唯一の全編英語詞曲(作詞は鈴木桃子の手によるもの)。非常に洗練されていてシティ・ポップス的とも言えるこの曲は、長く英語詞を歌い続けてきたCharが元から持っていた都会的なセンスのさらなる拡張に成功している。このフィーリングでアルバム1枚作ってほしいと思えるくらいだ。

jacket寅(1962年)
「Stormy Heart」布袋寅泰

布袋寅泰楽曲「Stormy Heart」は「こんなギターを弾いてもらいたい」という布袋の思いと熱が強く感じ取れる曲。それは体育会系的なノリでの「先輩、もっと熱く弾いちゃってください」といった挑発のようにも受け取れるが、それに応えて「だったら弾きましょう」と水を得た魚のようにギュインギュイン弾きまくるCharの熱量が凄まじい。同じギター弾きである故、どのツボを押せばCharが発奮して本気印のギターを弾くか、布袋にはわかっていたのだろう。

jacket卯(1939年)
「Gでいくぜ」ムッシュかまやつ

燃えたぎるギター曲のあとは、さらりと洒落た行き方で。ムッシュかまやつ楽曲「Gでいくぜ」。現場での即興なんじゃないかと思えるテキトーな歌詞(?)と笑い声。このくらい力を抜いてやってもこのくらい洒落たものになるというのは、大先輩ムッシュからの人生訓でもあっただろう。

jacket辰(1952年)
「ニッポン Char,Char,Char」石田長生

盟友・石田長生の手による「ニッポンChar,Char,Char」はソー・バッド・レビューのマナーに則ったファンキーな楽曲。Charという人間の、Charというエレキ・ギター弾きの、これはテーマソングとも言えるようなものだが、Charが自分でこんな曲を書くなんてことはまずありえないわけで、大阪人・石やんだからこそのベタさと愛を思わずにいられない。「まあ照れずに思いきって歌ってみなはれ」という石やんの言葉が聞こえてくるようだ。

jacket巳(1965年)
「トキオドライブ」奥田民生

奥田民生楽曲「トキオドライブ」はまさしく民生らしい一筆書きの脱力ロケンロー。Char自身がここまでシンプルな3コード/8ビート・ロック曲を作ること・やることはいままでなかったわけで、削ぎ落とすことにおいての、これは思いきったチャレンジだっただろうし、Charにとって目から鱗的なものでもあったかもしれない。

jacket午(1954年)
「Night Flight」松任谷由実

松任谷由実楽曲「Night Flight」は、これはもう間違いなくヴォーカリストとしての大挑戦曲であっただろう。このように繊細にしてドラマチックな展開のある曲を、Charはこれまで歌ったことがなかったはず。つまりここでCharはまったく新しい歌唱表現に取り組み、いままで見せたことのなかった内面の弱さまでも表に出して見せているのだ。女性のユーミンだからこそ、それを引きだすことができたのだろう。

jacket未(1967年)
「悪魔との契約満了」佐藤タイジ

佐藤タイジの手による「悪魔との契約満了」は、自身のバンド=シアターブルックと共に取り組んだスケール感のある楽曲。タイジは尊敬するCharの“バンド・ギタリスト”としての魅力とヴォーカリストとしての魅力を、ひねることなく純粋に引きだしている。自分にとってのCharさんはこうあってほしい、というタイジの思いがそのまま曲になっているようだ。白眉である。

jacket申(1980年)
「I’m Just Like You」JESSE

JESSE楽曲「I’m Just Like You」は、親から子、子から親への両方向の思いを照れることなく素直に表現していて、だから伝え合うということの大事さに聴き手は気づかされるし、恐らくChar自身もそのことに気づき、改めて考えたに違いない。チッチッという時計の針のような音は、ふたりの人生をどこか思わせもする。ラップとは違うが、それに近い歌い方をしたのも、Charには初めてのことだっただろう。

jacket酉(1969年)
「7月7日」福山雅治

福山雅治楽曲「7月7日」は、イントロのギターソロこそ初期のCharのソロ作を想起させるが、歌部分は純和風で叙情的。こんなにも優しく歌いかけるCharと出会ったことはなかったし、そもそも女性言葉をCharが歌うというのもこれまでなかったことだ。こういう曲をCharに書いて歌わせた福山、やはり只者じゃない。

jacket戌(1970年)
「チャーのローディー」宮藤官九郎

宮藤官九郎楽曲「チャーのローディー」は、Charを尊敬しながら、どっか“ナメてもいる”ようなギャグ・ロック。それはいかにも宮藤らしい作風で、ナメた中に愛があり、ギャグの中に真理があるというようなものだ。BAHOのように“お遊び”を持ち込むことはあっても、ここまで正面から“おふざけ”をCharが曲でしたことはなかったし、ましてやローディー=阿部サダヲとの寸劇めいた部分などはよくぞここまでとも思えるが、楽しんでこのバカ・テンションに乗っかる振り切り精神のかっこよさもある。

jacket亥(1971年)
「坂道ホームタウン」山崎まさよし

山崎まさよし楽曲「坂道ホームタウン」は温かみのあるフォーキー・ブルーズで、ゆっくり自分のペースで歩いていくことの大切さがじんわりと滲み出る。“これまで”と“いま”と“これから”を見つめるCharがここにいて、なるほど節目のアルバムの最後を飾るに相応しい。

因みに本作、曲ごとにミュージシャンもエンジニアも異なる顔ぶれで制作されていて、そのメンツもかなり豪華だ。例えば泉谷しげる楽曲には藤沼伸一(元アナーキー)と池畑潤二(ルースターズ)も参加していて、しかも藤沼はギターではなくベースで参加。佐橋佳幸楽曲には屋敷豪太やスカパラホーンズらが参加し、コーラスを鈴木桃子(元コーザ・ノストラ)とZOOCO(元エスカレーターズ)が担当。布袋寅泰楽曲のリズム隊はトニー・グレイ(上原ひろみグループ)とザッカリー・アルフォード(デヴィッド・ボウイ・バンド)で、ムッシュかまやつ楽曲ではアレンジも担当したKenKenがベースを弾いている。また石田長生楽曲に参加しているのが正木五郎(サウス・トゥ・サウス)と清水興(ナニワエクスプレス)だったり、奥田民生楽曲でベースとコーラスを担当しているのがハマ・オカモト(OKAMOTO’S)だったり……。キリがないのであとはクレジットを確認していただきたいが、そうしたミュージシャンたちとCharがどのように絡んでいるかも聴きどころのひとつだ。

外部の血をこんなにも思いきって入れ、“らしくない”と思える曲にも躊躇せずに挑戦したこのアルバムは、しかしだからこそヴォーカルもギターもいろんな表情を見せ、光彩を放っている。一見“らしくない”と思えそうな曲も、結果的にそれはCharの歌としか思いようのないものになっていて、そこが素晴らしい。
正式デビューからおよそ40年、還暦を前にしてこのような進化を見せるのだから、やっぱりCharはスゴイよなぁ。なんだかここからまた新しい何かが始まりそうな、そんな予感さえしてくるアルバムである。そういう意味でも、6月15日の日本武道館公演が本当に楽しみでしょうがない。

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