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特別企画 History of Char 1955~2015  デビュー前から還暦イヤーとなった2015年までの全てを語る

特別企画 History of Char 1955~2015 

デビュー前から還暦イヤーとなった2015年までの全てを語る

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《History of Char 1955~2015》
Special Interview Part.2 ~Histry of 1955-1978~
インタビュー/文:内本順一

h.honda

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3回に亘ってCharのヒストリーを辿るロングインタビュー。2回目となる今回は、現在運営しているレーベルの話に始まり、アマチュア時代の話、そしてプロ・デビュー当時の話をじっくりと振り返っていただいた。若い頃からいまに至るまでCharが一貫して持ち続けている拘り、または哲学のようなものが、そこから見えてくるはずだ。

――現在のレーベル、ZICCAを立ち上げたのは、2009年でしたよね?

うん。もともと子供の頃から過ごしてきた実家をスタジオと事務所にしたんだ。ZICCA=実家。子供たちがそう呼んでたから、そのまま付けたんだけど(笑)

――ZICCAはネット販売主体(一般流通もあり)のレーベルということで。

そう。世の中、もうそっちが主流だから。いまはウェブで音楽を買うのは当たり前のことで、昔みたいにレコード盤を買うんじゃなくて、みんな、データをダウンロードして楽しんでる。そこに抵抗しててもしょうがないわけで。パッケージを作って、販売店で売って、っていうのはだんだんなくなっていくんだろうなと。紙媒体もそうだしね。それは10数年前からわかりきっていたことで。

――とはいはCharさんのファンの世代の多くのひとは、販売店でCDを買って家で聴くという形に完全に慣れてしまっているわけで。そう考えると、ウェブというメディアで音楽を提供するやり方は、ある意味チャレンジングですよね。

だから当然、CDというパッケージも出すわけだけど。要するに音楽の楽しみ方とか聴いてくれる人への届け方とか、そういうものを見直すきっかけになればいいと思ってね。若い世代よりも、食わず嫌いのオレらの世代に対して、そういうきっかけになれればいいなと思ったわけ。

――時代の変化を見越して作ったレーベルというわけですね。

うん。もともと80年代に江戸屋っていうレコード会社を作ったときも、インフラが整ってきて、これからデリバリーの時代になると思ったんだよ。広告だけあればデリバリーで音楽を届けることができる。そうしたら販売店はいらないじゃん。でもやっぱり日本は海外に比べて遅かったんだよね。1枚のCDを送るのに、どうしてもユーザーに負担をかけてしまうくらいの値段がかかってしまう時代だったから。それでも決行したんだけど、結局まあ……かっこよく言うと、発想が早すぎた。

――なるほど。

こっち側も情報収集ができてなかったんだね。だから、新しいやり方のインディペンデントのレーベルを作ったつもりが、結局は小さなメジャーのレコード会社を作ってしまったという失敗があって。

――江戸屋レコードは87年から始められたんですよね。

h.honda

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そうだね。その数年前……阪神が優勝した年だから85年か、いまからちょうど30年前だけど、ひと夏ロンドンにいたんだよ。インディペンデントってなんなんだ? ハウスミュージックってのはなんなんだ?  本当に世の中の音楽はシンセサイザー一色になってエレキの音はなくなるのか? っていうのを現場に行って確かめてみようと思ってね。そうしたら、なるほどAKAIのサンプリングマシーンが欲しいって言ってる若者がたくさんいたんだけど、でもそれって、オレらの時代で言えばエレキが買いたいって言ってるのと同じじゃんって思って。何かを制作したいっていう気持ちは一緒で、形が変わっただけなんだと思ったのね。とはいえ、その頃はもうCDとアナログの割合がマーケットで半々くらいになっていて、この先アナログはなくなってしまうんだなっていう時代だったから、そこでいろいろ考えて。スタジオが1コあって、そこで制作ができて、それをCDにしてデリバリーするっていう形にしたら、届きやすいじゃん!って。まだ日本でデリバリーっていうと、寿司と蕎麦とっていう時代だったんだけどね。でも、いかんせん買うひとが負担しなきゃならない運賃が高すぎた。

――日本で宅配ピザが始まったのが85年とかそのくらいでしたからね。

うん。

――それでも、江戸屋は10年近く続けられましたよね。

オレら以外のいろんなアーティストも入ってきて、カタログもどんどん広がっていったんだけど。でもそうなると、全部のアーティストが売れるわけじゃないから、売れてるひとにおんぶに抱っこみたいになっていって。まあ自転車操業っていうかね。メジャーのレコード会社だったら、ちゃんと契約・制作・宣伝・何々とあって、包括されたなかでバジェットが出て進めるわけだけど、小さい会社であれもこれもってなると、やっぱり限界があってさ。結局はインディペンデントの理想みたいなところからも離れていくわけで、だったら意味ねーなって。

――制作面に関してはどうだったんですか?

スタジオはけっこう充実してたから、よかったんだよ。バブルの時代だったから、いろいろ融資してくれたひともいてね。でも、いまとなってはスタジオもいらないからねぇ。いまの時代、メジャーのレコード会社でさえスタジオを持ってなかったりするから。それって「うちは焼き立てのパンを売ります」って言ってる店が、パン焼き機を持ってないってことだから。考えられないでしょ? あとまあ、メジャーにい続けたら年金が出るってわけじゃないし、ギター部長になれるわけでもないし(笑)。

――江戸屋を離れたあと、98年に一度メジャーに戻りましたが、そうした思いもあって2009年に現在のレーベル、ZICCAを立ち上げた。

江戸屋時代の失敗から学習して、その反省を踏まえつつね。あと、世の中のデジタル化もあの時代から進んで、もっと普及してたから。それってイコール、ワールドワイドってことじゃん。つまり、それまで“そこ”と“ここ”が点で存在してたのが、コンピューターやウェブの普及によって、わりと簡単に繋いでいけるようになった。そうするといろんな可能性が出てくるわけで。特に音楽の場合はデータの行き来が簡単にできるっていうのが大きくて。食べ物とかアパレルはそうはいかないだろうけど、音楽なら、これだけデジタルの分野が発展してくれると、データであってもそこまでクオリティを落とさないままやり取りしたり提供したりできるからね。そこはやっぱり技術の発展と並行して進んでいかないと。

――そうですね。

ただ、オレらは最後はやっぱりライブだから、っていうのも一方であって。ライブはやり直しのきかないものだし、パソコンやテレビで観るのと会場で観るのはまったく別物だからね。スポーツもそうだけど、やっぱり野球は野球場に行って観る、相撲は国技館に行って観るってことで心が動くわけじゃん。エンターテインメントっていうのは、面倒くさくてもそこに自分で行かないと感じられない要素がたくさんあるわけで。でも、面倒くさいことをさせるからには、見せる側もそれだけのクオリティをしっかり持ってないと。オレらだったら、それだけのクオリティの演奏をしないと、会場に足を運んではもらえない。だから、歳とったからって、テキトーにどっかのライブハウスで酒飲みながらテロ~って演奏しようって気にはならないよね。

――そうやって酒飲みながらユルくやる感じが似合うひともいるでしょうけど、Charさんはそれ、ありえないでしょうね。

うん。それが似合うひともいるし、否定するわけじゃないけど。

――Charさんは頑なにそこと戦ってる感じがします。そんなふうにユルくやるのは、自分が許さないというか。

なんかね。やっぱりギターが好きだから、もっともっと上手くなりたいんだよ。表現の幅をもっと広げたいというか。ちゃんとやってないとすぐにヘタになるからね、こんなもん。で、ヘタになって雰囲気でごまかすのとかが嫌なんだよ。ちゃんと見てるひとは見てるから、「昔できてたことができてないな」とか思われたくないんだよね。

――プライドが許さない。

そりゃ、無理なものは無理だよ。100メートルを昔走ってた速さで走れって言われても絶対走れないから。でもそういうことじゃなくて。やっぱり「今日のライブはよかったから、また観に行こう」って思ってもらえるものを見せたいし、オレが客でそうじゃないものを見せられたら頭にくるからね。

――ギターもさることながら、僕はCharさんのライブを観ていて、いまでも声が伸びやかなのが、すごいなって思うんですよ。未だ現役で歌っているベテランアーティストの方はたくさんいるけど、大抵は声量が落ちますよね。もちろんそれが味になっているひともいますけど。でもCharさんは、声量そのものからしてまったく衰えが感じられない。

ありがとうございます。逆にね、前より出るようになってきてるんだよ。

――そんな気がします。

うん。声のヌケがよくなってきたっていうか。歌に関して言うと、もともとオレはヴォーカルのいたグループのギタリストであって、まあコンサートで1~2曲歌う程度でさ。歌はそんなに興味がなかったわけ。クラプトンの真似して歌うときに、できればマイクスタンドがあったほうがかっこいいなとか、そのぐらいのものでしかなかったんだよ。

――10代の頃の話ですよね。

そう。だけど、多少は歌えたから、デビューするときに歌うことになって。ギターはそんなんじゃなくて、小学校の頃から本当に寝食を忘れて練習した時期もあったし、レコードを聴きまくってコピーした時期もあったし、そうやってやっと「Charっぽいよね」ってひとから言われるギターを弾けるようになっていったわけだけど。歌に関しては、それがなかったのね。だから、ストーンズのライブでキースが1~2曲歌うみたいな(笑)。そのぐらいでいいやって自分では思ってたんだけど、デビューしてからだんだんと歌の比率が多くなってきちゃって。要するにプロになってから培ってきたものが歌なんだよね。そういう意味では、歌はいまが一番いい。良くないとダメだと思うんだよ。最初のアルバムを作ったのが40年前だけど、そのときのキーで歌えないんだったら、もうやめたほうがいいよね。

――でも、それを言いきれるっていうのは、やっぱりすごいことだと思いますよ。そう思っていてもできないひとのほうが多いわけで。

うん。まあオレはプレイヤーだから、キーを変えて歌ったら演奏も変わっちゃうわけ。

――あ、そうですよね。下げて歌っちゃったって、自分がまずわかるわけだから。

そうそうそう。それは自分が嫌だからさ。でも、よくシンガーのひとのバックで弾きに行くことがあって、「Char、ちょっと1音下げてくれる?」とか言われることがあるんだけど、そういうひともバーン!と突くと意外と出るんだよ。どんどん自分を甘やかしていってるだけでさ。「もう歳だから」とか言うんだけど、オレは「そういうことじゃないんじゃないかなぁ?」って思うんだよね。

――Charさんは決して自分を甘やかさない。

そりゃもちろん、その年齢に合ったアレンジとか歌唱方法があっていいとは思うんだけど、オレ自身はオリジナルをやる上でそれが許せないのね。明らかにオレはいまのほうが声が太くなってるし、若いときよりいい声だって自分でわかってるから。煙草も吸うし、酒も飲むんだけど、だいたいライブが始まって2曲目くらいで声がヌケるんだよね。で、後半にいけばいくほど声が出てくる。

――「Shinin’ You,Shinin’Day」の最後のファルセットとかも、キレイに出てますもんね。

そりゃあ、あれとか「Smoky」を朝イチで歌ってくれって言われたら辛いよ(笑)。でも朝イチでもそれが出せる心構えは持ってないと。

――朝起きて発声練習とかしたりするんですか?

しないよ、そんなもん。煙草吸う(笑)

h.honda

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