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特集 仲井戸“CHABO”麗市 45th Special Interview

特集 仲井戸“CHABO”麗市

45th Special Interview

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仲井戸“CHABO”麗市が実に13年ぶりとなるオリジナル・フルアルバムを発表した。タイトルは、ズバリ『CHABO』。CHABO BANDの3人(早川岳晴、河村“カースケ”智康、Dr.kyOn)と共にスタジオに入り、ゲストに土屋公平、梅津和時、片山広明を迎えて約2ヶ月間で録音された、生々しさと豊潤さを併せ持つ作品だ。
デビューから45年。バンドマンとして生き続けてきたことの思いと矜持が音にも歌詞にも直截に表れているこの新作の話に加え、35年ぶりに再会ライブが叶った古井戸のことについても聞いた。

やっぱりソングライターの端くれとしては
昨日書いた曲をいち早くみんなに聴いてもらいたいわけで

――僕がチャボさんに取材させていただくのは22年ぶりなんです。

わぁ、本当?! 22年ぶり?! すごい!

――前回は3枚目のソロ・アルバム『DADA』を出されるときで。その前の年に『だんだんわかった』という本を出されて、その本の話も伺ったんです。あの本は何年かに一度読み返すんですが、やっぱりタイトルからして素晴らしいですよね。「わかる」のはだんだんだなぁって、改めて思って。

うん。『やっぱりわかんなかった』っていう続編を書こうかとも思ってるんだけど(笑)

――はははは。まあそういうわけで本当は5時間くらいお話を聞きたいところなんですが、今日は1時間に凝縮して新作の話を中心に伺いたいと思ってます。よろしくお願いします。

はい。よろしくお願いします。お久しぶりです(笑)

――まず13年間リリースがあいたことについてですが。恐らくその間も作りたくなかったわけではないと思うんですよ。でもアルバム制作より目の前のライブをしっかりやっていくことのほうがチャボさんにとっては大事だったんだろうなと思って。

うん。

――レコードを作ることよりも、次はソロで何をやるのか、CHABO BANDとしてどんなライブをやるのか、麗蘭としてどう動くのか。それからまた清志郎さんのことがあって、そこから自分は何をすべきなのか……。

そうだね。

――そしてまたいろんなミュージシャンたちとライブをやるようになり、the dayも始めて。そうやってその時々の思いで1年1年を大事に過ごしていたら、いつのまにか13年が経っていたということなんじゃないかなと、そう思ったんですが。

もうね、おっしゃる通りです。マル!! ははは。いや本当に。

――そういう感じですか?

うん。もう本当にそういうこと。自分の日常の生活の背景は、これはいろいろあって、とにかくライブをやんなきゃやんなきゃってことになってたんでね。スタジオに入ってる余裕というか、気力……まぁ気力って言うとちょっとネガティブになっちゃうけど、必要性というか、そういうものがなかった。だから、もういまはライブをやるしかない、みたいな。それはつまり自分の日常を守るためにということです。自分の仕事がバンドマンだとすれば、その明確な形がライブであって、レコーディングはちょっとじれったくて。その背景には自分の家族の問題とか、そういう日常の背景があった。そういうことです。

――レコーディングとなると、それなりの時間を要するでしょうし。

うん。こんな言い方もヘンなんだけど、ライブのほうが仕事としてわかりやすいっていうかね。オレたちはやっぱり、昔からお店でうたって、ギャラをいただいて…みたいなことで生きてきたから。そういうことです。ものすごく簡単に言っちゃうとね。

――音楽の世界のなかでアルバムというもの自体の価値観も年々変わっていってますよね。しばらく作らなかった理由として、そういうことも関係あったりするのでしょうか?

えーと、そのへんは疎いというか。タイプとしてはね。もちろんそのことについて何か感じたりはしてるけど、それに対して自分が何か行動しようとか、何かメッセージしようとか、そういうタイプではないから。そういうものかっていうのはわかるけど、どっちにしろ自分のやり方、昔ながらのやり方しかできないっていうのは自分でわかってるし、それを突き破ろうというタイプでもないから、自分のやり方がフィットしないんだったら、しょうがない。まあ、しょうがないって言い方はしたくないけどね。世の中のこと、音楽界のことは、自分なりのレベルでわかってるつもりだけど、でも自分のやり方が明快にあるから。

――じゃあ、そろそろアルバムを…「作りたい」なのか「作らなきゃ」なのか「作ってみようかな」なのかはわからないですけど、そんなような気持ちへと変わっていったきっかけは、何かあったのですか?

えっと、まあ、回りのひと…それは身近なスタッフもファンのひとも含めてだけど、「アルバム、いつですか?」って言ってくれる状態っていうのは、嬉しいことにずっとあって。でもさっき言ったように、「ちょっとオレ、アルバム作りに入ってく気分にはまだなれねえよ」みたいなことだったんだけど、ものすごくわかりやすい具体的なきっかけとしてはね、ラジオとかに呼んでもらうじゃん。で、いろんな話をして、「じゃあチャボさん、曲は何をかけましょうか?」って言われたときに「何かけようかな」って考えるわけだけど、それが10何年前に吹き込んだ楽曲になっちゃうことに対して「あれ?」って思う瞬間が何度かあって。それってどうなんだろ? っていうね。やっぱりソングライターの端くれとしては、昨日書いた曲をいち早くみんなに聴いてもらいたいわけで。ああ、やっぱりスタジオで吹き込んでおくべきだな、作品にしとくべきだな…って思い始めてたのが、この数年。それはわかりやすいきっかけとしてあったかもしれない。

――「作りたい」というよりは、「作ったほうがいいかな」みたいなニュアンスだったんですか?

作るべきだろうな、と。まあ簡単な言葉では「作りたいな」だったんだろうけど。

――スタジオ自体は、ほかのひとのお仕事で入ったりもしてるから、そんなに久しぶりというわけではないですよね。

うん。そうなんです。点では入ってて。ひとのを手伝ったりとかそういうのはあったんだけど、自分のアルバムとしてまとめるのは13年ぶりだったってことで。

――比較的最近では、the dayのミニ・アルバムもありましたし。

そうだね。

――あれがひとつのきっかけになったところもあったんじゃないですか?

あったかもしれない。あれはミニ・アルバムだったし、メンバーが1曲ずつ作る感じだったから、フットワーク軽く臨めたところもあったし。「久しぶりのスタジオ、どうかな」なんて思ってたんだけど、そのときにスタジオの心地よさを思い出したり、「スタジオ、いいなぁ」って思えたり。っていうところで、確かにthe dayのあれが小さなきっかけにはなったかも。


――で、聴かせていただいて、まずこれは完全にCHABO BANDのアルバムだなと思ったんです。

うん。

――CHABO BANDの現在のいい状態がそのまま反映されたアルバムだな、と。「ああ、いま、CHABO BANDは本当に最高の状態にあるな」って、僕はARABAKIで観たときにものすごくそう思ったんですよ。

あ、あのとき、いてくれたんだ? 嬉しいな。

――あのライブを観ながら、ファンのひとりとしてなんとなく「アルバムを作るなら、いまなんじゃないかなぁ」ってイメージしてたんです。

ああ、それはとても嬉しい。ARABAKIは自分たちも「やれた!」っていう実感がすごくあって。まあ、あのメンバーだからひとりひとりの基本的なクオリティがあるわけだけど、クオリティがあったってバンドっていうのは時期によっていろいろあるものでね。そういう意味では、確かにいまがひとつのいい時期だったかもしれない。

――で、今回収録された曲は、ここ数年の間に書かれた新しい曲ばかりで。

うん。ここ4~5年かな。

――この4~5年の間には、洋楽の曲にチャボさんがオリジナルの日本語詞をつけたものもたくさんライブでやられてきたじゃないですか。それらを除外したのは、単純に権利的な問題だったんですか?

そう。まったく権利問題。基本的に詞は自分の詞にしちゃってるから、ストーンズ、ビートルズはまず絶対ダメで。各アーティスト、そういうのがあって。OKだったとしても巨額なお金が必要とかね。そういう理由で、カヴァーを入れるのはオレのやり方だと無理だと。でも、以前「時代は変わる」(ボブ・ディランのカヴァーで、麗蘭によるライブテイクがアルバム『TIME』に収録されている)を入れるってなったときは、ディランがOKしてびっくりしたんだけど。なんかそのときによって違うみたいなんだけど、基本的にはやっぱりカヴァーを録音するのは難しくて。

――だから今回は全部オリジナル曲にしようと。

うん。ただ、どうしても(洋楽曲にオリジナルの詞をつけたものの)詞を残したいという場合は、もとの楽曲のイメージを変えない程度に、新しくメロディを書いたりとかね。今回もひとつの方法としてそういうふうにしたのがあるんだけど。

――「雨!」ですね。

うん。

――これはストーンズの「レイン・フォール・ダウン」の改作ですよね。

そう。もともとはそこに自分の言葉を乗せたもので。ストーンズは絶対許可が下りないってわかってたけど、言葉は残したかったので、曲のイメージを壊さない程度に新しく書いたという。

――僕は2012年のRISING SUN ROCK FESTIVALにおけるthe dayのデビュー・ライブを観てるんですけど、そのときに「レイン・フォール・ダウン」をやられてて、めちゃめちゃ興奮したんですよ。ストーンズの『ア・ビガー・バン』のなかでこの曲がダントツに好きだったので、その曲にオリジナルの日本語詞をつけてカヴァーするなんて最高のセンスだなと。

あ、ホントに? すいません、あんなろくでもないカヴァーで(笑)

――いや、もう最高の選曲、最高のカヴァーだな、さすがチャボさんだなって思って。

じゃあ、やってよかった(笑)。嬉しい。

――だから、メロディは変わったものの、それがこういう形で今回のアルバムにも入ってよかったなぁと思ったんです。

うん。言葉を残したかったんでね。イメージを壊さない程度に曲を付け替えました。

――でも結果的に、全部オリジナル曲になってよかったですよね。

うん。それはよかったなと自分でも思います。

――因みにレコーディング自体は6月と7月、ほぼ2ヶ月で録りきったそうですが。

なかなかタイトな(笑)。メンバーはたいへんだったと思うけどね。

――チャボさんのレコーディングのなかで、2ヶ月というのは相当短いですよね。いままでそんな短期間で録音したアルバムなんてなかったですよね。

うん。短いから、大丈夫かな? できるかな? っていうのがあったんだけど、逆に言うとそれくらいが限度っていうか。気力の限度という意味でね。だから、3ヶ月あればもっとよかったかっていうと、逆にもたなかったかもしれないね。あるいは間延びしちゃうとかね。エンジニアの山口(洲治)くん含めて、みんな相当タイトだったけど、逆にそのタイトさがオレにとってはよかったような気がしてる。追いかけられるぐらいのほうがむしろいいんだね、オレにとっては。

――こだわりだしたら、とことんこだわっちゃうほうですもんね(笑)

そう。重箱の隅をこうグジュグジュと…(笑)。さんざんそういう経験してるから。

――昔のアルバムで1年とかかけて作ったりしたものもありましたもんね。

もうRCとかさー、夜中にグズグズ集まって、うだうだして、またやって、みたいなさ。それはあの時代の匂いでもあるんだけど、そういうのはもう絶対ありえない。バンドのみんなもそうだしね。昔はホント、延々やってたからね。

――言い換えると、今回は短い時間で作るっていうこと自体がひとつのテーマでもあったんじゃないですか?

あ、そうだね。もしかしたら。うん。そう思うなぁ。

――いまのCHABO BANDの生きた音と、その躍動感を、短期間でギュッと盤に真空パックするのが大事だという。

そうだね。だから凝縮した時間がよかったんだね。みんなたいへんではあったけど。

――だから、これは生き生きしたいまのバンドのアルバムだなって感じたのがまずひとつ。

ああ、それは嬉しい。ありがとう。

――それから、チャボさん自身がすごく楽しんでレコーディングしているようにも感じられたんです。それはいままでの作品のなかでもっとも強く感じられたところで。

うん。楽曲が重かろうが、吹き込み自体はどっかアッパーな気分でいかないとっていうのがあって。みんな本当にレコーディング経験が豊富だから、そんなことを確認しあわなくてもプレイは弾けてる。重たい曲でもね。そのへんはみんな、わかりまくってる連中だから。オレも自分なりに、そのある種の楽しさっていうのをね。

――笑顔な感じで。

うん。やっぱり笑いがなきゃ。もちろん厳しい瞬間もあるんだけど、そこはみんな経験豊富だから。

――チャボさん自身がレコードを作って残すということに対して、以前ほどは気負わなくなったんじゃないかなと思ったりもしました。

少しは自分でそういうタッチになれたのかもしれないね。それとあと、CHABO BANDっていう安心感。ゲストも梅津と片山と土屋公平くんだからね。で、エンジニアが山口くんだから。その安心感は大きかったと思う。それと、kyOnがCHABO BANDのバンマスなんだけど、こんなにガッツリ組んで彼にやってもらったのは初めてで。彼とは長いけど、今回は自分がそういう立ち位置なんだってことは言わなくても理解してくれて、そういうふうにいてくれたから、ずいぶん助けられた。

――今作のサウンドに関しては、完全にkyOnさんがキーパーソンですよね。

うん。いろんなこと含めてね。オレはだから、楽曲のことと自分の演奏に集中してればいいっていうのがあって。それはkyOnがいてくれたから。そういうこともすごく大きくて。

――kyOnさんがいてくれたら今回のアルバムはできるだろう、っていうことから始まったってところもあったんですか?

そっから始まったってわけではないけど、作業としてはまずふたりでプリプロを2日間やって、そこで彼は自分のやることを理解するからね。「プリプロをチャボさんとふたりでやるんだ」っていう、その意味をまず理解するし。で、始まったら始まったで、例えば「こういうアレンジのものをやりたいんだけど、どう思う?」って訊いたら、「チャボさんはそこに何がほしいと思ってるか」って考えてすぐに応えてくれる。相当、勘のいいやつだから。だからプリプロはとっても意味があって。そこでまたエンジニアの山口洲治くんにも加わってもらって青写真を作りだすっていう、そういう流れがあった。

――バンドメンバーでありながら、そうやってサウンド・プロデュースまでするkyOnさんのようなひとって、いままでいなかったですよね?

そうだね。4曲入りみたいなやつ(1995年~1997年の『Present』シリーズ)をやったときは藤井丈司くんがプリプロからプロデュースまでを明快にやってくれて、彼もとってもよかったんだけど、バンドとしての関わりのなかではいままでいなかった。RCのときはみんなでワイワイやってたからね。だから、確かに今回のような形は初めて。kyOnはずっとつきあってるけど、こういうつきあい方をしたのは初めてだね。

――チャボさんにとって、kyOnさんはどういう存在なんでしょう。

オレだけじゃなくて、彼はもう日本のロック、日本の音楽界のバンドマスターみたいなやつだから。そういう存在になってきてるからね。

――チャボさん個人としては、kyOnさんのどういうところに信頼をおいてるんですか?

いや、もう、オレだけじゃなくて、いろんなミュージシャンがkyOnに抱いてる思い方は同じだと思うよ。kyOnが横にいる安心感は、彼と共演してるミュージシャンはみんな思ってるんじゃない? そういうやつですよ、彼は。人間性を含めてね。

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