MUSICSHELFトップ > インタビュー・プレイリスト > 特集 > 特集 仲井戸“CHABO”麗市

特集 仲井戸“CHABO”麗市 45th Special Interview

特集 仲井戸“CHABO”麗市

45th Special Interview

(ページ:2/3)

写真:柴田恵理

写真:柴田恵理

月はなんかロマンチックなものというか
ちょっと妖しくて、キレイで、汚いものが見えないような
そういう夜のキラキラした象徴なのかもしれない

――それから早川さんとカースケさん。チャボさんにとって、ふたりじゃなきゃダメな理由を言葉にすることはできますか?

まぁ、本当につきあいが長いから、ふたりとも。オレのことを説明しなくてもいいから。基本的にまず、オレのひととしてのタッチもわかっちゃってるし。プレイのオレの癖なんかもあいつらには筒抜けだし。そういうことだよね。で、カースケなんか引っ張りだこだからさ。やっぱりみんな、カースケのドラムで歌うときの歌いやすさを感じて頼むんだろうし。そういうドラマーだから。

――歌ゴコロがある。

うん。リズムのタッチとかね。早川もそうだけど、やっぱりそのへんは百戦錬磨だから。さっきkyOnについて言ったことはふたりにも当てはまることで、日本の音楽界を支えてるやつらだから。早川なんかはジャズも何も垣根ないからね。

――そうですね。

もともとそっちのやつだから。チャールズ・ミンガスから始まってるからね。

――今回の「ま、いずれにせよ」には、まさにそういうジャズのタッチが活かされてますね。

うん。あれなんかはまさに早川の世界だから。早川の存在はほかのメンバーにとってもすごく大きいはず。

――それから梅津さんと片山さんも参加されてます。

今回は自分に関わってきてくれたミュージシャンのなかで最小限の連中に関わってほしくて、それが梅津和時と片山広明と土屋くんだったってことで。彼らと出会ったあとにもいろんな若手のミュージシャンと出会ったし、やってほしかったひとがたくさんいるんだけど、今回は絞り込まないと……。

――きりがないですもんね。

うん。だから本当に大事な友人たちと今回はやってて。

――梅津さんと片山さんがいるだけでスタジオ内が明るくなるってところもあるんでしょうね。

人間的には最低なやつらだけどね(笑)、土屋くん以外は。土屋くんは人間も素晴らしいですけど(笑)、まあでも、そんなふうに言えるっていう関係なんでね、梅津・片山コンビは。「キミは最低だね、ひととして」って言える関係だから。彼らの存在はRC時代から本当に大きかったからね。

――では、ここから曲について。時間が限られているので全曲に触れることはできないんですけど、いくつか絞ってお訊きしたいと思います。

はい。お願いします。

――1曲目「やせっぽちのブルース」。ちょっと「BLUE MOON」に近いタッチの曲ですが。

あ、そうだね。マイナーなね。

――昭和の歌謡っぽさと和モノ・ジャズみたいなのが混ざっているああいうタッチが、チャボさん、お好きですよね。

うん、好き好き。あと、マイナーなロカビリーみたいなね、そういうタッチがずっと好きで。自分なりのそういうものなんだけど。

――これはやっぱり1曲目だな、と。

うん。オレのなかでは、わりとアッパーな曲だから。1曲目はアッパーなのがいいなと思って、そうしました。

――このなかで「どんなろくでなしにも まだ残ってるはずだろう? 人間のかけら」とうたってますが、直接的ではないにせよ、これは日本のいまの政治家とかに言いたいことでもあるのかな、なんて思いながら聴きました。

まあ、世の中の誰かかも知れないし、友人かも知れないし、自分に向けてうたってるのかもしれないし。「お前にはまだあるのか?!」とかね。きっと自分のなかのいろんな意味合いでそういうフレーズになったんだと思うんだけど。

――続く2曲目「祝祭」の、まさしく祝祭的なあり方は、kyOnさん色が濃く出たものですね。

そうだね。これはもともとポーグスみたいなイメージがあったし、kyOnはアコーディオンとかいろんな楽器のできるプレイヤーだから、そういう匂いを出していこうってことで。

――3曲目の「オーイっ!」では、老いについてうたっています。またボーナストラックの「NOW I’m 64」でもやはり老いについてうたってますよね。まあ、「オーイっ!」のほうは老いをぶっとばせって曲ですけど。

うん(笑)

――いろんなミュージシャンやソングライターがいますけど、日本には老いについて素直に歌にするひとがそんなにはいないんじゃないかという気がしていて……。

ああ、そうかな。うん。

――チャボさんはそういうことも正直に歌にしますよね。

オレの好きな向こうのソングライターには、そういうところに触れてるひともたぶんいると思うんだけど、自分もやっぱりそのときそのときの年齢とか環境とかがそのまま出ちゃうタイプのソングライターだから。よし悪しはともかくね。この年齢になったらどうしても老いみたいなことを突きつけられるわけで、それをブルース・タッチの、“カッコ笑い”になるような感じで書ければとは思ってて。それが重たいテーマだとしてもね。それとまあ、こういうふうにうたえてるってことは、まだ自分は小僧なんだっていうふうにも思っていて。だって本当にそのことが重くのしかかってきたら、こんなふうにはうたえないはずだからね。もっと先輩から見たら、「ああ、小僧がなんかうたってんな」ってことだと思うし。逆に若い子は「老いのことをうたってんのかよ」って笑うだろうけど、でもそれでいいっていうか。こんなこともうたってるけど、でもロックンロールだぞっていう、そういう歌をうたえれば、自分の年齢でステージに立ってる意味もあるんじゃないかって思って。まあそれぐらいの発想なんだけど。

――この2曲を聴いていて、ふと僕はあるひとがチャボさんの作風というか歌に向き合うスタンスのようなことについて書いていたのを思い出したんです。それは、これ(2000年にリリースされた4枚組CD BOX『works』)のブックレットに載っている天辰(保文)さんの文章なんですけど。このなかで天辰さんはこう書かれてます。「あるいはまた、年齢をひとつひとつ重ねていくことの残酷さと厄介さと、それと同時に、彼の歌は、それらの意味を考えようとする、そういう誠意をともなっていつもやってくる。」

おおっ。天辰くんっぽいね。それ、覚えてる。でも、よくそれを覚えててくれたね。そのことにいま、感激した。どうもありがとう。これ、天辰くんにいずれ伝えます。彼も喜ぶと思う。

――ありがとうございます。ここで天辰さんも書かれているように、そうして歳をとることに向き合ってうたうことのチャボさんの誠意を、僕もとても感じるわけなんです。

それが誠意なのかどうかはわかんないけど、たぶん向き合わざるをえないからなんだろうね。いま天辰くんのその言葉を聞いて、自分も“ああそうなのかな”なんて思ったんだけど。あと、それをキミがキャッチしてくれたことがすごく嬉しい。オレはやっぱりそういうタイプのソングライターだと自分でも思ってて。よくも悪くも出ちゃうっていう。

――さっきも言いましたけど、日本にはそういうふうに老いのことも素直にうたえてるひとって、そんなにいない気がするんです。で、ほかに誰がいるだろうって考えたときに、ひとり浮かんだのが加奈崎芳太郎さんで。

あっ、ほんと?

――加奈崎芳太郎さんが2009年に発表した『Piano Forte』というアルバムがありまして、ピアノの中西康晴さんとふたりだけで作られた素晴らしい作品なんですけど、そのなかに「OLD50」という曲が入ってるんです。「としをとった やっとここまでやってきた としをとった そう思えるようになった」っていう、歳をとることをまっすぐ受け止めた心に沁みる曲で。たまたまですけど、そういう歌を書いてうたっているのが加奈崎さんであり、またチャボさんでありっていうところに、なんか僕は偶然じゃないものを感じたんです。

その歌、オレは知らなかったけど、聴いてみたいな。

――ぜひ聴いてください。

うん。再会するしね。

――はい。それから5曲目の「「僕等のBIG PINK」で…」についてですが。BIG PINKはザ・バンドとボブ・ディランの……。

そうだね。ザ・バンドとディランが借りてた音楽のアトリエ。これ、知らないひともいるからね(笑)

――ただ、この曲の歌詞のなかにBIG PINKという言葉は出てこないし、(ザ・バンドの)『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』がどうこうともうたわれてませんよね。にも関わらずそれをタイトルにしたことには、どのような思いが託されているのでしょうか。

えっと、つまりまったくああいうものに憧れていたということで。もっと言えば、清志郎とオレはザ・バンドがずーっと大好きで。清志郎はオーティス(・レディング)とかブラックミュージックが好きだったんだけど、ザ・バンドも好きで、よくふたりで「あの曲、いいよな」とか話をしててね。そんなんでBIG PINKっていうのは、ふたりの憧れとしてあったんだよね。ああいう小屋をオレたちも持てたらいいなって、まあそういうバンド小僧、ロック小僧の憧れとして。それとあと、屋根にのぼって、いまいるここがBIG PINKのように思えた一夜があったりして。月も輝いててね。だからこれは限りなく未来に向かっている頃の、そんな思いをうたった曲でもあるのかな。

――心配事など何もなかった頃の、明るい未来像というような。

たぶんね、バンドの展望が限りなくあるような。バンド小僧の自分と友達と…。まあそれはきっと清志郎くんなんだろうけど、そんな夜がオレたちにあって、屋根にのぼって、まだなんにもないんだけど彼女もいて、コーヒーを煎れて、それをカメラに収めて……。で、いつか僕等のBIG PINKを持てるようになればいいねって話をして。これはまったくそういう歌。まあ結局持てなかったんだろうけど、だからこそロマンとしてそれを書きたかったのかもしれないね。

――当時からそういう、大人のバンドに対する憧れがあったわけですね。

ザ・バンドなんかは、その頃のオレたちからすると、とっても大人っぽくってさ。たぶん、その頃の彼らはまだ23~24なんだけど、髭生やしててさ。そういう大人の雰囲気のミュージシャンに憧れがあったのかな。

――あの頃のミュージシャンって、みんな若いのに髭生やして、めちゃめちゃ大人に見えました。

ビートルズにしても、ジョンなんて25~26歳でキリストみたいじゃん(笑)。時代の年齢の匂いってあるからね。

――この曲のなかに「月が僕等を照らし出してた」とありますが、つまりそれは明るい未来の象徴みたいなものだと思うんです。それから「やせっぽちのブルース」には「青い青い月夜」というフレーズが出てきますし、「マイホームタウンの夜に」には「こんなきれいな満月 明日も拝めるだろうか」というフレーズが出てきます。また「SEASON」には「きっと帰りの道は きれいな月夜になるだろう」というフレーズも出てきますね。

そうだね。

――過去にも「ブルームーン」があったり、「ハイウェイのお月様」があったりと、月をうたった曲がいくつもあります。要するにチャボさんにとっての月というのは、気分がいい状態の象徴としてあるのかなと思ったんですが、どうですか?

いま言ってもらって、自分で「ああ、そうなのかな」って思ったりもしてるんだけど。オレはやっぱり、昼より夜のほうが居心地のいいような子になっちゃってたからね。新宿の街を歩いてて、「あ、オマワリだ、やばい」とか、そういう子だったから(笑)、夜だったら隠れられるという、そういう自分の質感だと思うんだけど。そういうことからすると、いま言ってくれたように、月はなんかロマンチックなものというか。太陽もいいんだけど、オレは太陽燦燦と浴びて「わぁ」って喜ぶというような子じゃなかったから。夜のどっかに潜り込んでるような子だったし、澁澤さん(澁澤龍彦)とかああいう大人のひとの世界にある時期すごく興味を持ったりもしたからね。ちょっとこう、妖しいような。それはブルースと対極にるある世界だから、余計に興味を持ったんだけど。なんかそういう、ちょっと妖しくて、キレイで、汚いものが見えないような、そういう夜のキラキラした象徴が月なのかもしれない。キレイに照らしてくれるっていうか。清志郎くんも、月が好きだったね。

――ロマンチックであると同時に、ある種の希望でもあるというような。

そうかもしれない。もちろんエネルギーとして太陽が希望の象徴なんだろうけど、オレの質感としては、太陽の下には長くいられないとか、そういう子だったから。

――それから「QUESTION」とか「ま、いずれにせよ」を聴いていて強く感じたのが、チャボさん独特のヴォーカル・スタイルのことなんです。つまりメロディをうたうときもあるけど、リーディングするようにうたうときもあり、その融合とも中間とも言えるうたい方をしてますよね。もちろん以前からそういううたい方をしたりしてましたが、今回は自覚的にそれをひとつの表現スタイルとして使っているように思ったんです。改めていま言うのもなんですけど、その歌唱法ってひとつの発明だなって思うんですよ。

うーん。いや、よく言うんだけど、そういった意味ではオレはヴォーカリストじゃないからさ。ヴォーカルに対してのそういう発想は100%なくて、技術的なことも全然わかんないし、腹式呼吸がどうのとか言われたって「なんだそれ?」ってぐらいだから(笑)、そういう意味ではヴォーカリストじゃないんだけど。ただ自分なりの表現の仕方として、例えばリーディングみたいなことも昔から真似事でやってきてたからね。(劇団の)天井桟敷と関わったときに、「あっ、こんな表現ってあるんだ」って思って、自分なりに取り入れたりして。もとはそうやって要素を繋ぎ合わせたら自分のスタイルになるんじゃないかって発想だったんだけど。今回も、一回うたった詞をエンディングのほうでリーディングするともう少し言葉が聴くひとに残ってくれるんじゃないかなとか、そういう自分なりの工夫でやっていて。だから3~4曲はエンディングのほうでちょびっとトーキングみたいなことをやってるんだけど、それもそんな発想。

――なるほど。聴くひとに言葉を印象づけるためのひとつの方法なんですね。

もしかしたらね。それは自分のできる範囲での方法論みたいなことだと思うけど。

――それはでも、生み出したというよりは、自然にできていったことなんですよね。

うん。RCがとまって、自分ひとりでステージを2時間以上やるってなったときに、ギター1本でどうやってやればいいのか。って考えたときに、昔、古井戸でポエトリー・リーディングもどきのことをやってたから、ちょっとそれを混ぜてやってみようと思って。あと、ドアーズみたいなのも好きだったから、そういえばジム・モリソンもリーディングしてたな、とかね。そういう自分の頭のなかにあったアイディアを少しずつ試行錯誤しながらやりだしていって、で、いまのこういう形があるってことだと思う。

――なるほど。それから「MY NAME IS CHABO」というインタールード的な曲があって、アルバムのタイトルもズバリ『CHABO』。最近はライブでもお客さんが「チャボー!」って呼ぶと、それに対して……。

うん、なんか言うよね、「スティーブって呼べ!」とか(笑)

――言ってますよね(笑)。で、「さすがにチャボという名前で何年もやってきたから、これからもずっとチャボでいきます!」みたいなことも話されていて。

うん。まあ、あれは“カッコ笑い”で照れくさくてああいうふうに言ったりしてるんだろうけど。本当は「チャボって呼び方、なんか甘いな」なんて思った時期もあったんだけど、いまはまあ「オレはチャボとして生きてきたな」っていう実感があってね。「チャボとして人生に出会ってきたんだな」「どう考えても、オレはチャボだな」って。「チャボと出会えてよかった」っていう、なんか最近はそういうふうにも思えてきてて。だから、そういうことだと思います。で、今回の45周年の渋谷公会堂のライブも、うちの社長が<MY NAME IS CHABO>って付けてくれて。

――それがあった上でアルバム・タイトルを『CHABO』と付けたんですか?

うん。それがひとつと、あと今回のアルバム・タイトル、どうしようかなってなったときに、『CHABO』しかないよねってことで。“MY NAME IS”もいらない、『CHABO』にしよう!って、オレにしちゃ早々とタイトルを決めたんだけど。

――これしかない、と。

うん。

前のページ (ページ:2/3) 次のページ