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特集 DAVID BOWIE is 大回顧展「DAVID BOWIE is」の魅力をラジオとウェブで紹介

特集 DAVID BOWIE is

大回顧展「DAVID BOWIE is」の魅力をラジオとウェブで紹介

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特集 DAVID BOWIE is
ジェフリー・マーシュ(キュレーター)インタビュー

V&Aことヴィクトリア&アルバート美術館といえば、アートとデザインとパフォーマンスを専門分野にしたイギリスを代表する美術館。これまでカイリー・ミノーグやシュープリームスをテーマにした展覧会を行うなど、斬新な切り口でポピュラー・ミュージックの歴史を再検証して注目を集めてきた。そんななか、デヴィッド・ボウイをテーマにした『DAVID BOWIE is』は、世界各国を巡回するほどの人気の展覧会だ。『DAVID BOWIE is』はどのような経緯で企画され、どのようなコンセプトで展示されたのか。展覧会を担当したV&Aシアター・パフォーマンス部門の部長、ジェフリー・マーシュに話を訊いた。

インタビュー/文:村尾泰郎、通訳:丸山京子

ーーなぜデヴィッド・ボウイをテーマに展覧会を企画しようと思ったのでしょうか。

2011年に、あるところから「デヴィッド・ボウイのアーカイヴに興味はありますか?」という電話があったんです。私は世界中のありとあらゆるアーカイヴは観てきましたが、デヴィッドのアーカイヴはまだ観たことがありませんでした。それで、もう一人のキュレーターのヴィッキー(ヴィクトリア・ブロークス)と二人で行ってみたんです。そこにはコスチュームやレコード、写真など、ものすごい数の資料が保管されていました。それらを見て<これこそまさに私達が求めるテーマだ!>と思ったんです。デヴィッドが様々な分野でパフォーマンスをしていましたし、様々なアーティストとコラボレートしていましたからね。

ーーそうしたアーカイヴはどんな状態で保管されていたのでしょうか。

種類別になっていました。例えば衣装は衣装でまとめられていて、酸化しないように紙が挟んであり、とてもきれいに保管されていました。彼は世界各地にいろんなものを保管していたそうですが、911以降、世界中に散らばっていたものを一旦ニューヨークに回収したそうです。そして、一人の女性がフルタイムでアーカイヴを管理していました。アーカイヴはコンピュータでデータ管理されていて、コンピュータにコンサートの日付を入れると、そのコンサートで使われた衣装がわかるようになっていたんです。ただ、映画の衣装はありませんでした。映画の衣装は、ロバート・デ・ニーロでもない限り個人で所有することは出来ないでしょうからね(笑)。ブロードウェイの舞台『エレファントマン』関連のものもほとんどなくて、2分程度の映像が残っていただけでした。

ーーデビュー以前のものも保管されていましたか。

デヴィッド・ジョーンズに関するアーカイヴは一切無かったたです。きっと家族が持っているんでしょうね。あったのは、デヴィッド・ボウイに関するものだけでした。なので、このアーカイヴはデヴィッドが自分のためにやっているものなのか、それとも、後で見られることを意識したうえで整理されたものなのか、それはいまだにわからないです。思えば、デヴィッド・ジョーンズがデヴィッド・ボウイになろうと決めた時期があったわけですよね。それまでエルヴィス・プレスリーとかリトル・リチャードが好きだった少年が、なぜロックスターになろうと決めたのか、何がきっかけだったのか、それは私にはわかりません。でも、50年代というイギリスにとっては暗い時代に子供時代を過ごしたボウイが、輝かしいハリウッド映画の世界に何かを見出したのではないかと私は思っています。

ーーそこは興味深いところですね。デヴィッド・ボウイとは展覧会の内容について話をされたのですか。

実は一度も会っていないんです。普通、こういうエキジビションをやるとなると、まず当人に挨拶をして、「じゃあ、どんなふうにやりましょうか?」という話をするのですが、デヴィッドの場合は「私は会わない。すべてV&Aに任せる」と言ってきたんです。「なんでも貸すし、どう使おうと構わないと」と。ただひとつだけ、いろんな本で間違ったことが書かれていて、それが転載されて広がっているので、データに関してはチェックさせて欲しい、という条件がありました。

ーーでは、何をどう見せるのかというのは、ジェフリーさんとヴィクトリアさんで検討されたんですね。

そうです。白紙の状態から考えていきました。そこで私達は、デヴィッドの頭の中を覗いたような展示にしたいと思ったのです。だから時系列に沿って並べていくような、よくある展示方法はやめました。整然と並んだ展示ではなく、あえてそこにカオスがあるようにしたんです。

ーーどのように準備を進めていったのでしょう。

2年がかりで準備をしました。2年と言うとすごく長く思われるかもしれませんが、博物館の基準で言うと「数日ぐらい」の準備期間です(笑)。その間、ニューヨークに7回、足を運びました。一度に全部を観ることはえきないので、観られるものをどんどんスケッチしていきました。普通は展示したいものを全部フォトコピーして、それを本にして持ち帰って作業をするのですが、今回はそれをする時間もなかったので、アーカイヴに行く度に膨大なスケッチをとったんです。そうした作業を通じて、まず衣装をキーポイントにしようと決めました。間近で衣装を見られるというのは素晴らしいですからね。展覧会には60点ぐらいの衣装が飾ってありますが、実際にはもっと多くの衣装があって、そのなかから選んでいきました。

ーー衣装選びも大変ですね。

ええ。それを着せるマネキンにも苦労しました。デヴィッドの体型が変わっていて、腰は26インチ(約66センチ)と驚くほど細いのですが、ダンサーでもあったので太ももがものすごく筋肉質で太いのです。そういう体型に合うマネキンがなかったので、デヴィッドの体型に合ったマネキンを作る必要がありました。そして、服は生き物。呼吸をするので、その間に少しスペースを空ける必要があります。それで、衣装の周りにはビデオを配置しようと決めました。しかし、映像の権利がデヴィッドの手から離れてしまったものが多かったので、権利をクリアするのが大変でした。「スペース・オディティ」のビデオすらデヴィッドは権利を持っていなかったのです。その後、今度は手書きの歌詞を配置しようと決めました。書き換えたり、言葉をいろいろ入れ替えたりしているのを見ると「こうやってデヴィッドが悩んでたんだな」ということがわかると思います。そうやって、少しずつ展示物を埋めていったのです。

ーーその結果、創造的カオスともいえる空間が生まれたわけですね。

そうです。カットアップ的ともいえるような。ブライアン・イーノからもらったシンセサイザーと日本の琴を並べて展示したのも、そうした意図的によるものです。展覧会の企画を始めた頃、デザイナーに「デヴィッド・ボウイはどういう人だと思う?」と訊いたら、彼は「ゴミ袋からいろんなものを拾って来て、それを全部とっておくような人」みたいなことを言っていました。整然と並んだ展示ではなく、あえてそこにカオスがあるようにしたのは、デヴィッド自体がそういう人だったからです。

ーーさらにヘッドフォンをつけることで音楽も展示に盛り込んでいます。まさにサウンド&ヴィジョンですね。

サウンド&ヴィジョンは展覧会のモットーでした。大抵、博物館の展示では音楽は流さないですよね。私達は展示物が音楽の一部になっているような、ミュージカルのよう展示にしたかったのです。ヴィジュアル・ミュージカル・ランドスケープ、そういうものを皆さんに体感していただける場にしたいと思ってました。もちろん、展示物のひとつひとつに細かく書いてあることを読んでもらいたいのですが、それを読まなくても<クリエイティヴィティというのは、どういうことなのか>を感じていただける流れになってると思います。音楽を作るプロセスというのは、たくさんのアイデアがミュージシャンの頭の中にあり、それが同時進行して曲が出来るのではないでしょうか。この展覧会を通じて、その過程を少しで理解してもらえればと思っています。

ーー確かにデヴィッド・ボウイの頭の中を散歩しているような刺激的な展示でした。今回、キュレイションを担当されて、デヴィッド・ボウイという人物についてどのような印象を持たれましたか。

彼の有名な言葉に「僕は一度として自分をコントロールできない状態になったことはない」というものがあります。彼は自分がやりたいことをすべて把握していました。次はどのミュージシャンとやりたいのか。どんな衣装を着たいのか。どの本の、あるいはどの映画のどのキャラクターに同一化したいのかということを考えて、その時に一番ベストだと思えるデザイナーに衣装を発注しました。彼には<自分が何になりたいか>のかがよくわかっていたんです。それと同時に、オーディエンスに対する興味をすごく持っていた人でした。展覧会のタイトルを『DAVID BOWIE is』にしたのは、<is>の後になにを付けるかというのを、来て下さった皆さんそれぞれに考えて欲しかったからなのです。

ーー最後にジェフリーさんのボウイに関する個人的な想い出があれば教えてください。

彼が初めてジギー・スターダーストとしてライヴをやったパブは、私の実家から0.5マイル(約800メートル)くらいしか離れていませんでした。当時、私は14歳。もし、彼のことを知っていたとしても、そこに行くのは親が許してくれなかったと思います。でも、ちょっとした自慢です(笑)。あと、学校ではデヴィッド・ボウイのファンの男子達が、休憩時間になるとデヴィッド・ボウイのアルバムを胸に抱いて「僕達はデヴィッドのファンだ!」と主張するような感じで立っていました。すると、そういう男の子達に石を投げる生徒もいたんです。

ーーそれはひどい。当時、メイクをして歌うボウイは、保守的な人達の批判にさらされていたそうですね。

今でこそ、デヴィッドはスターのように扱われていますが、彼の人気には浮き沈みがありました。90年代のなかばにデヴィッドのバイオ本を書いた人がいるのですが、彼は25社の出版社に企画を持ち込んで全部断られてしまったそうです。それなのに、イギリスでは去年(2016年)だけで7冊もデヴィッドに関する本が出版されています。今後100年、200年と、ビートルズと並んでデヴィッド・ボウイの名前は語り継がれていくと思いますね。彼は普通の家庭に生まれて、サックスのレッスンを5、6回受けただけ。それ以外はすべて独学でやってきました。ヒット曲をスタジアムで繰り返し演奏するミュージシャンが多いなかで、デヴィッドは常に変化することを求めた。そんな彼だからこそ、時代を越えて評価され続けるのではないでしょうか。

 
「DAVID BOWIE is」内覧会スライドショー
※クリックすると写真が大きく表示されます。




 

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