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特集 押尾コータロー New Album『KTR×GTR』Interview

特集 押尾コータロー

New Album『KTR×GTR』Interview

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──曲作りの中で一番最初に取り掛かった曲は?

それは「同級生」ですね。去年かな。

──今年2月に公開されたアニメ映画「同級生」ですけど、最初にオファーされた時はいかがでしたか? 内容は思春期に揺れる少年たちのピュアなラブストーリーで、いわゆるボーイズラブ(以下BL)のお話ですけど。

僕はアニメが好きなので、アニメ映画の音楽を依頼されたのはうれしかったですよ。実は“BL”とか“ボーイズラブ”とか言われてもよくわからなかったんですよね。「ボーイズラブって何?」みたいな(笑)。で、少年同士の恋愛をテーマにした作品と聞いて、「ああ、そういうことか」と。原作の中村明日美子先生の画がすごく綺麗でね、「同級生」はそんなに生々しい感じではなかった。キスシーンとかあるんですけど、それがアニメになった時、映像もすごく綺麗で、僕は思わず迂闊にも感動して泣いてしまいまして。すごく切なかったけど、いいなあと。そんなアニメの音楽に携わることは本当にうれしかった。

──BL作品のファンって女性が多いんですよね。

そうなんですよ。これまでは高校生ぐらいだと、ギター好きの男子高校生が多かったんですけど、「同級生」のおかげで押尾コータローの女子高生の認知が上がりました(笑)。

「えんぴつと五線譜」~高校生の押尾コータロー~

──6曲目の「えんぴつと五線譜」についての押尾さんの楽曲コメントで〈一日中ギターを弾いていた高校生の頃〉という一文がありましたが、高校生の押尾少年はギターが好きで好きでたまらなかったわけですね。

ええ(笑)。弾けば弾くほど上手くなっていったし、曲もすぐに覚えるしね。ギターを弾くのが楽しくてしょうがないからどんどん曲を覚えていくわけですよ。暗記をするのと同じような感覚で、その頃は曲もいっぱい覚えて、いくらでも弾けるっていう。覚えたら覚えた分、忘れなかったから、それがまた楽しかった。最近はすぐに忘れちゃうのに、ね(笑)。

──あははは。

大人になると、必要最低限のことしか覚えなくなるらしいですよ。だから去年のツアーの曲を今、覚えているか?っていうとちょっと自信がない(笑)。

──(笑)。ギタリストの方に話を訊くと、ギターを始めた10代の頃、夜寝る時もギターを抱えて寝るぐらいだったとおっしゃる方が多いんですけど。

うんうん、そうそう。僕もそうでした。

──それでお風呂は無理だけど、トイレにまで持って行くぐらいの勢いで手放さなかったと。TVを観ていてもギターを抱えているから、例えば、流れてくるCM曲に合わせてギターを弾いたりっていう。要は常に指が動いていたと。

ああ、わかるなあ(笑)。だけど、僕の場合は、TVは観なかったなあ。野球とかサッカーとかどうしても見なきゃいけない試合の場合は観ながら弾いていたりしましたけど(笑)。

──ギターの話になったので、その流れでお訊きしますが、押尾さんがギターを始めたのは中学生でしたっけ?

そうですね。

──そもそもギターを始めたきっかけって何だったんですか? 吹奏楽部だったというお話は聞いたことがありましたが。

ええ。僕は吹奏楽部で低音楽器のチューバをやっていたんですけど、メロディーを吹かないパートは、ただただボンボンボンボン〜♪って吹くだけじゃないですか。どんな曲なのかな?って思いつつ、最終的にみんなで演奏して合わせた時に初めてその曲の良さがわかるっていう。だけど、ギターはそれを総括して一本で完結する楽器なんですよね。

── 一本で表現できる。

そう! それがすごいと思ったんですよ。チューバよりもわかりやすいなと思ったしね。一人で歌本を見ながら弾けるっていう。「すごいな、ギター!」って思ってのめり込んでいったんですよね。

──エレキではなくフォークギターだったわけですね。

うん。先輩がポロンポロン〜♪って弾いている姿を見てカッコイイなと思ってね。それで高校の時にフォークソング部に入部したんですけど。だけど僕らの頃は、高中正義さんとか流行っていたんですよね。だからエレキも魅力的だったけど、なぜかエレキギターは敷居が高い感じがして(笑)。

──中川イサトさんに師事したのは?

高校2年生の時に中川イサトさんが出しているインスト作品を聴いて「カッコイイ!」と思いました。教則本を見つけて頑張って練習していたら、中川イサトさんが地元大阪でギター教室をやっているということを知って、会いに行ったんです。それで教室に通い始めたんですよ。

──中川イサトさんが所属していた五つの赤い風船がきっかけということではなかったんですね。

そうですね。イサトさんを知るまで、僕は五つの赤い風船を知らなかったですから。

──あ、確かに五つの赤い風船を聴いていた世代は、押尾さんよりも上の世代ですもんね。

ええ。僕らが学生の頃は、アリスとかチャゲ&飛鳥とか長渕剛さんとか。フォークというよりもニューミュージックと呼ばれていた時代ですから。僕は長渕さんが最後のフォークと呼ばれていた頃の世代ですからね。高校時代にフォークソング部だったので、先輩からいろいろなフォークソングを教えてもらって遡って聴いたんですよ。吉田拓郎さんとか、かぐや姫とか、井上陽水さんとか……。掘り下げていろいろ聴いていく中で、関西フォークを知って岡林信康さんを知ってすごいなと思ったり。そんな中で中川イサトさんを知って、その時はギターインストの作品だったんですけど。で、その後に五つの赤い風船を知ったんですよね。

──中川イサトさんから教えを乞うた中で一番沁み込んだことって何ですか?

そうですね、いろいろあるけど……教えてもらっているんだけど、教えてもらっているという感覚ではなかったんですよ、僕の中で。なんていうのかな……僕にしてみれば、中川イサトは憧れの対象だったから、もはやアイドル的な存在だったわけですよ。〈中川イサト ギター教室〉の生徒ではあるんだけど、毎週本人に会いに行くって感じだったから。3〜4人のグループレッスンで、みんなが練習している中で、僕だけはイサトさんが他の人を教えている姿を絶対に見逃さないって感じでじっと見つめてて。

── 一挙手一投足、見逃さないみたいな。

そうそう。足はこうやって組むのか、首の角度はこういう感じで、とか。イサトさんが髭を生やしていたら、自分も髭を生やそうと思ったり。しまいにはイサトさんに「今日は何を食べましたか?」って訊くくらいで(笑)。同じものを食べたいっていうね。

──ええ、ええ(笑)。そんなに好きかっていうくらい。

うん。だから生徒というよりは、イサトさんが好きで好きで、イサトさんになりたいくらいの、そういう感じだったんですよ。イサトさんのすべてをコピーしたいっていう。ギタープレイでいえば、イサトさんはひたすら小指をギターのボディーに置いて弾いているんですけど、それも真似たり。でもね、いろいろな教則本を見ると小指をボディーに置いて弾くのは良くないって書いてあったりするんですよ。響きを妨げるからって。“だけど、イサトさんは置いて弾いてるもんなー。だから俺もイサトさんと同じように弾こう”って真似てみたりしてね。だから……なんていうのかな、たくさん教えてもらったんですけど、目でいっぱい学んだという感じですね。他の人は楽譜を見て先生と生徒の関係性だったけど、僕はずっとイサトさんを見て、ああ、こうやって弾くのか、ああやって弾くのかって。

──はい。

あ、でもね、1回こういうことがあったなあ。イサトさんにマイケル・ヘッジスというギタリストの曲を教えてもらった時に、演奏しながらビブラートをかけるのが何回練習してもどうしても上手く出来なくて。そんな僕を見てイサトさんから「そんなんやったら、ビブラートをかけんほうがええな」って言われて、しばらく落ち込んだことがありましたね。

──そんなことが……。

ええ。あの時はめちゃめちゃ落ち込んだなあ。そしたらね、他の生徒を一巡した後に、そんな落ち込んでいる僕を見て「でも、雰囲気は出ているよ」って。そう言ってくれたんだけど、僕としては「もう遅いです……」って気持ちでしたけどね(笑)。

──高校生の頃、1曲を覚えるのが早かったと言ってましたけど、当時は相当レパートリーも増えたんでしょうね?

すごかったですね。一週間に一回通っていたんですけど、毎週曲が替わる勢いでしたから。僕は勉強もせずにずっとギターを練習していたわけだから、当然巧くなっていきますよね。他の方たちは働きながらギターを習っていたりしていたから、そこは大きな違いだったと思います。何といっても僕はイサトさんに褒めてもらいたくて演奏していただけでしたから、そこも他の人とは大きな違いだったかなって(笑)。

──そういう思いみたいなものが「えんぴつと五線譜」にも込められたりしているんですか?

これはね、それよりももう少し後の話で。高3から音楽専門学校に入学した頃の思いを曲にしたんですね。ギターが好きで弾いていく中で楽譜も書けるようになって。鉛筆と消しゴムを持って音符を書いているのが楽しくてしかたなかったんですよ。

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