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小松政夫 芸能生活50周年記念で最初で最後のCDデビュー!! 昭和の喜劇人・小松政夫、スペシャル・インタビュー!

小松政夫

芸能生活50周年記念で最初で最後のCDデビュー!!
昭和の喜劇人・小松政夫、スペシャル・インタビュー!

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《公演情報》
小松政夫芸能生活50周年記念公演 〜いつも心にシャボン玉〜
出演:小松政夫、ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンド、中沢ノブヨシ

東京公演:2017年1月7日(土)よみうりホール
17:00開場/17:30開演
客演:園まり、はなわ、東京03
福岡公演:2017年1月9日(月・祝)ももちパレス
13:30開場/14:00開演 17:00開場/17:30開演
客演:園まり、はなわ、ナイツ、山本華世
名古屋公演:2017年1月11日(水)日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
17:00開場/18:00開演 客演:コージー冨田、AMEMIYA
大阪公演:2017年1月12日(木)大阪国際交流センター
17:00開場/18:00開演
客演:園まり、はなわ、東京03、近藤光史(フリーアナウンサー)

チケット発売中:前売¥7,500/当日¥8,000(税込/全席指定)
チケットぴあ:http://t.pia.jp 0570-02-9999(Pコード:454-887)
e+(イープラス):http://eplus.jp(PC・携帯)
ローソンチケット:http://l-tike.com(PC・携帯)
構成/演出:オークラ、主催:TBSラジオ
TBSラジオ イベントダイヤル:03-5570-5151(平日10:00〜17:00)

詳しくはイベントサイトへ
http://www.tbsradio.jp/event/86110


 
杏の初主演映画「オケ老人!」(11月11日公開)への出演が話題の喜劇俳優・小松政夫が芸能生活50周年を迎え、記念シングル「親父の名字で生きてます」をリリースした。久しぶりのレコーディングでは、かつて植木等が園まりと共演した「あんたなんか」を園まりとデュエットして師匠の歌を継承。さらにビッグバンド、ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドと共演した「いつも心にシャボン玉」という、贅沢なカップリングが実現した。明けて1月には、豪華ゲストを迎えて開催される記念公演〈いつも心にシャボン玉〉も控えている。74歳にして“最初で最後のCDデビュー”と謳われた今回の新曲のこと、そして師匠である植木等への想いを、現・喜劇人協会会長でもある小松政夫がじっくりと語った。
(取材日:2016年10月19日)

h.hirose

h.hirose

僕は植木の親父から二度も送りだしてもらう場面があったんです。
本当に幸せ者ですよ。

──かつて「しらけ鳥音頭」(※)などを出された古巣であるワーナーさんからの新曲というのが非常に嬉しゅうございます。
※77年リリースのシングル。テレビ朝日系バラエティー「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」のコント・コーナーで、〈しらけ鳥〉なるマスコットを手に小松が歌い、お茶の間で人気となる。

いやあ、ここまで来るとは思わなかったもので。決して軽く考えていたわけじゃないんですけどね。まさか実現するとは思わないものですからね。皆さんの執念と言いますか、きっとお前に歌わせてやるというような話を最初からしてましたからね。それはもう3年ぐらい前からあった話で。ちょっと歌ってみないかと言われて、詞を書いてくれた相田(毅)さんが試験的に録音してくれたんですよ。早い話がもう飲み仲間になってましたから、飲みながら「出来るといいね」なんて話してたものがここまで来て。とうとう発売の運びになっちゃって。

──嬉しさと驚きが同時というようなお気持ちなのでしょうか?

コミックソングならまだしもね。でも「電線音頭」や「しらけ鳥音頭」の狂気はもうないですから(笑)。山藤章二さんに“狂気を秘めた普通人”なんて書かれたことがありましたけれども。これは僕としてはとても気に入ってる言葉なんですよ。普段は平静を装っているんだけど、何かあると狂気じみたことをやるという。ところが今度のは狂気じみてないですよね。こういう切々たる想いの歌というのはね、自分の歌では初めてかもしれない。滅多にいかないですけれど、たまにカラオケに行くと知らないうちに「しらけ鳥音頭」とか「小松の親分さん」を入れられていて、そうなるとやはり歌っちゃうわけですが、そうじゃなくて自分から歌うとしたら、例えば河島英五さんの「野風僧」なんかが一番好きなんです。詞も曲もいいんですよ。それを自分なりにアレンジして歌う。河島さんには人に聴かせる河島節ってのがちゃんとあるでしょう。ところが私のヤツには、小松節なんてものはありもしない。例えば前川清さんなら「女ご〜ころのぉ〜♪(物真似入る)」なんてすごい個性でしょ。そういうのは無理だから、とにかくしんみり歌うしかないなと思いまして。そうしたら皆が、十分小松節になってますよと言うので、そうなのかなと。これはこれでいいのかと思いましたね。

──さらに今回は園まりさんとの「あんたなんか」を植木等さんから歌い継がれて。

そうなんですよ。新曲の作曲もしてくれた合田(道人)さんの提案で、親父(植木等)が50年前に園まりさんと一緒に歌ってた曲を吹き込むことになったんです。これは安井かずみさんと宮川泰さんが作った曲でしょ。素晴らしいですよね。それで私は園まりさんには特別な想いがありまして。昭和43年頃でしたかね、植木の付き人を務めた後にタレントとして渡辺プロと契約した時に、日劇の〈園まりショー〉で初めて共演したんです。私よりも若いんですが、園まりさんの方が先輩だったから(本名の)薗部さんって呼んでて。今回も久々に会って「薗部さーん!」って(笑)。十何年ぶりでしたけど、綺麗だし若々しいし、変わってなかったなあ。でも植木がこの歌を吹き込んだ時は一緒に歌ったんじゃないんですよ。それぞれ忙しいから別々の録音だった。その頃はちょうど付き人をやってる時だったから憶えてるんです。だから節回しも諳んじてましたね。今回は園まりさんとちゃんと一緒の録音でしたけど、彼女は「こんな綺麗ごとで歌ってたんだぁ。今はもっと男心が解かるから歌い方が違う」って言ってました。実際、前よりも強い感じの女の人になりましたね。それに対する私の掛け合いの部分も意識して自分なりにアレンジしたんです。

写真:杉田 真

写真:杉田 真

──ここは小松さんのお馴染みのフレーズの聴かせどころになっていますね。

植木が「え?」と言うところを「上手だね!」と言ったりして。「ワリーネ、ワリーネ」とか。それとね、声が似てるんで笑っちゃったんですよ。終わってから改めて聴いてみたら「これは植木等の声だなあ」って。自分で言うのもなんですけれどね、あれ?  真似してるわけじゃないのに、自然とそういう味に染まっていたのかなあと思いましたね。本人はいつも言ってました。「俺の真似したってつまらない。お前の個性が大事なんだ。師匠に似てきましたね、なんて言われるのはあまりいい傾向じゃないぞ」って。「物真似がうまいのは観察力が鋭いということだからとてもいい。だけど俺の真似をしてもしょうがないんだ」とね。だから植木が座長で私も端役で出たりした時はほかの人の芝居をよく見て、あの人の芝居は好きだなと思ったら、その人は自分に合っているんだから真似をすればいいという考えです。とにかくいろんなことを教わりましたよ。

──付き人をされていた頃、植木さんは小松さんのことをあちこちで売り込んでくださったそうですね。

TV局なんかでも会う人ごとに「こいつ面白いんだ」なんて言ってくれて、本当に短い間に、「シャボン玉ホリデー」のレギュラーにしてもらったり、映画でも役をいただいたり。東宝の映画では忘れもしない「大冒険」という作品で、植木がバイクに乗ってジャンプするシーンがありまして。そのシーンだけ代役を務めるアクション専門の人が現場を見て「自分には出来ません」って帰っちゃった。あまりにも危険だっていうんで。それで監督が困っていたから、私が「自分がやります!」って手を挙げちゃったんですね。実際ケガしましたけどなんとか撮り終えたら、監督の古澤憲吾さんが「よくやった」と労ってくれて、以来いい役をくれるようになった。それもこれもすべては親父のおかげですよ。植木等という大スターに付いていたからこそ、いろんな人に名前を覚えてもらい、独立することが出来た。ある日、いつものように植木を車に乗せて運転していたら、「お前はもうオレのところに来なくていい」って言われて。一瞬クビなのかと思って呆然としていたら、「会社に言っておいたから。明日からは渡辺プロのタレントとして独り立ちして頑張れ」って。もう泣きましたね。

──「親父の名字で生きてます」というのは、実際のお父上と同時に当然のごとく植木さんへのオマージュでもあるわけですよね。

h.hirose

h.hirose

レコーディングで本番前に稽古してた時にボソッと、「親父さん、また逢いてぇなあ」なんていう台詞を呟きましたら、それ入れたいって言われて。そうしたら最後もまた入れなきゃってことで、「もーぉ、たまんないっすよぉ」って言ったらそれもまたそのまま入っちゃったんですよね(笑)。「アンタはエライ!」ってところはもう少し穏やかに言った方がいいんじゃないかと思ったんですけど、そこはやはり小松節でやらなきゃダメだという人が圧倒的に多くて、こういう形になったんですけどね。これは完全にオリジナル。しかし、もしも今親父が生きていて、私が喜劇人協会の会長をやってるのを見たらどう思いますかね。ああいう組織立ったことは絶対に嫌いな人でしたからね。私が事務所を辞める時に、「自分は何度も辞めようと思ったが出来なかった。お前は好きなようにやれ」っていうんで、ものすごく背中を押してもらった。会社の上層部の人間を呼んで、「小松がウチを辞めても、意地悪するとかそういうことが耳に入ったら俺にも覚悟があるからな」と、そこまで言って出してくれたんですから。「俺は最近仕事があまりなくて家でテレビばっかり見てるけど、そんな時にお前が活躍してるのを見ると誇らしいよ。よーし、俺ももう一発やらなくちゃと思うんだ」と言われた時にどーっと涙が出てきて、便所に駆けこんで号泣しました。だから僕は植木の親父から二度も送りだしてもらう場面があったんです。本当に幸せ者ですよ。

h.hirose

h.hirose

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