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UKO Interview & Playlist

UKO

Interview & Playlist

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近年、世界的規模で再発掘、再検証、再構築が行われているディスコ、ファンク、ブギーといったダンス・ミュージック。その流れに沿う形で、日本では80年代のシティー・ポップなどにも熱視線が注がれているが、そんなムードの中でシーンに舞い降りてきたシンガー・ソングライターが、UKO(ユウコ)。2014年に初のリリース作品となったシングル「Signal」を発表し、2016年4月にファースト・アルバム『Saturday boogie holiday』をリリース。トータル・ディレクションに流線形のクニモンド瀧口を迎えて制作された同作品は、都会の夜を煌めかせるシティーライツと、朝まで消えることのないパーティーライツが目の前に広がっていくようなアーバンなサウンドを乗せた逸品。軽やかなソウルネスを湛えた歌声を持つ彼女とバックを支えるバンドとのコンビネーションもバツグンで、いわゆるシティー・ポップのディテールだけをトレースしているだけではないことが、そのグルーヴからも伝わってくる。そんな彼女が、2016年の締めくくりに届けたのが、4曲(+リミックス2曲)入りのEP『Day dream』。よりアダルト、よりメロウな世界観を展開している本作では、UKOとバンドが織り成すこく深いサウンドもさらに進化。2017年に向かってさらなる期待が高まる作品に!……というところでのインタビューは、UKOというアーティストのこれまでにもスポットを当てつつ、バンド・メンバーである玉木正太郎(ベース)も同席していただき、進化中のUKOに迫ってみた。

──さかのぼったお話から伺いますが、最初のシングル「Signal」が2014年の秋。これはタワーレコードの渋谷店と地元の松本店のみでリリースされたものですよね(タワーレコードのンラインショップでも取扱あり)。

UKO そうですね。

──すでに上京していました?

UKO はい、大学進学とともに上京してたので、結構経ってましたね。

──それでも“地元限定”で出していたのはおもしろいですね。

UKO たしかに(笑)。地元が大好きっていうのもありますし、松本でもライヴはちょいちょいやっていたり、地元の友達も応援してくれたっていうのもあったので。最初は渋谷だけっていう話だったのが、松本でもってお願いして。

──地元にいた頃……つまりは高校生の頃にはバンドとかやっていたり?

UKO 軽音部に入ってました。私、ドラム叩いてたんですよ(笑)。ドラム・ヴォーカルで。ぜんぜん叩けてなかったですけどね(笑)。

──表立った音楽活動を始めたのはいつぐらいから?

UKO 2010年ぐらいからです。その頃は、ピアノをバックに歌ったりとか、アコースティック編成でやることが多かったですね。

──その頃にはすでにオリジナルを作って歌ってた?

UKO そうですね。でも、いまとは全然雰囲気が違う音楽なので、いまだにライヴで歌ってたりする曲はないですね。でも、当時作っていた手売り用のCDはいまだに売ってます。売り切っちゃおうって(笑)。いずれレア盤になるかも知れないですけど、買ってくれたお客さんには「ぜんぜん違いますね」って言われます(笑)。

──アコースティック編成でやっていたなか、どういうきっかけがあって音楽性が変わっていったんでしょう?

UKO きっかけは……やりたいと思い描いてる音楽と実際やってる音楽に違いを感じて、自分のなかで悶々としていた時に、いつもお世話になっていたライヴハウスの店長に「もっと自分の性格に合った音楽をやったほうがいいんじゃない?」って言われて。私、こんな(明るい)性格なのに、やっていた音楽はバラードが多くて。聴いていた曲は結構アッパーなものが多かったんですけど、自分の引き出しが少ないせいもあって、自分で作るとなるとバラードになっちゃう。店長の言葉を聞いて「なるほどな」って思ったんですよね。それでまあ、試行錯誤していくなかで出てきたのが「Signal」だったんです。そう、これからどういうふうにしていこうかっていうのは、玉ちゃんたちとも話をしてて。

──あっ、この頃にはすでに玉木さんがサポートしていたんですね。

玉木 そうですね。

UKO 実は大学の先輩後輩で。でも、在学中はそこまで絡みはなくって、卒業してからまた知り合った感じなんです。

玉木 だね。で、これからどういうふうにしていこうかっていう話をしていた時期に、彼女を土岐麻子さんのライヴに招待したんですよ。僕がその頃、ライヴのサポートで参加していたので。で、そのライヴを観て、次のリハで集まった時に「新曲です」って持ってきたのが「Signal」だったんですよね。

UKO そうそう。土岐さんの曲はずっと好きで聴いてましたけど、ライヴを観たのは初めてだったんですよ。だいぶ刺激されましたね。

──その頃から、曲を書くうえでバンド・サウンドをイメージできるようになったとか?

UKO それはあるかも知れないですね。以前はそういうことをぜんぜん意識しなかったので、ここにこういうギターのフレーズが入って来て、ドラムとベースがこう入って来たらこうなる……みたいな感じで、ある程度イメージしながら曲を作るようになりましたね。

──Especiaに詞を書いたのは、それよりも……。

UKO 前ですね。Especiaのプロデューサーをやられている横山(佑輝)さんが、仮歌を歌ってくれるヴォーカリストを探していて、横山さんの知り合いだった私の友達が紹介してくれたんです。で、仮歌をやってたら、歌詞も書いてもらえないかって言われて、それで書いた歌詞がデビュー盤になったっていう。

──「きらめきシーサイド」(2012年のファーストEP『DOLCE』収録)ですね。この作業も、UKOさんが新しいオリジナルを作るうえで良い影響を与えたんじゃないですか?

UKO そうですね。横山さんが書く曲は、聴いていて本当に勉強になる部分がありました。それで、Especiaの歌詞を書くようになってから一度ライヴで共演したことがあったんですけど、その時のメンツがEspecia、私、Negicco、SAWAっていう顔ぶれで。そのイヴェントがきっかけになって、Especiaの歌詞を書いてるUKOだって認知してくれたEspeciaのお客さんもいて。このあたりから、私のライヴに来てくださるお客さんの層も少し変わりましたね。

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