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MIYAVI ベスト・アルバム『ALL TIME BEST "DAY 2"』 Special Interview

MIYAVI

ベスト・アルバム『ALL TIME BEST "DAY 2"』
Special Interview

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2002年のソロ活動開始から15周年を迎えたMIYAVIが、MUSICSHELFに初登場。日本から世界に飛び出し、刺激的なギター・サウンドを奏でているMIYAVIだが、近年はハリウッド映画への出演や、UNHCRの活動に参加して難民キャンプを訪れるなど、その活動領域は今や音楽だけに留まらず。15周年という節目であるこのタイミングで、これまでのキャリアを改めて振り返りながら、今の思いを語ってもらった。

「俺にとってギターは、自分が生きているという存在証明」

──ソロ活動15周年を迎えましたが、これまでのMIYAVIさんの活動のなかでターニングポイントを挙げるとするとどこになりますか?

14歳のときに挫折してギターを始めたとき、17歳で上京したとき、20歳でソロになったとき、27歳で独立したとき、32歳で渡米をしたとき。この5つが自分のなかのターニングポイントですね。

──14歳でギターを始めたとき、ギターのどういう部分に魅力を感じたのでしょう?

自由なところ。創作するうえでの自由さが自分にとって魅力的だった。小さい頃からずっとサッカーをやっていて、プロになりたくてプロのユースチームに入っていたんだけど、ケガで夢破れて挫折して、そのときにギターと出会って。ギターの指板がサッカーでいうフィールドに思えて、その上でならまた自分を自由に表現できる、創造できる、そう思って。

──自分を表現することがMIYAVIさんにとって必要なことだった、と。

表現したい、創造したい、そういう欲求は人間の本能なのかなと思う。人間いつかは死ぬでしょ。死ぬまでに何かを残したいと思っていて。何か残す、次に繋いでいく、そういう欲求を誰しも持っていると思うんだけど、俺はギターにその創造の自由さを感じた。俺にとってその自由さは本当に魅力的で、俺にとってギターは、自分が生きているという存在証明で、自分の奏でる音でみんなを踊らせて、世界中を踊らせたい、そう思っている。ギターを持ったときにそんなイメージがすぐに見えたんですよ。

──17歳と早い段階で上京したのは?

音楽に関して俺が影響を受けた地元の先輩がいたんだけど、彼が亡くなってしまって。彼がいなくなったとき、それまで見ていた景色が全然違って見えて。いつもと同じ景色のはずなのに、自分には何故違って見えるのかわからなくて、どうしていいかわからなくて……。そのときに飛び出したんですよ。その日のうちに夜行バスに乗って東京に。

──衝動的に東京に向かったんですね。

東京に行きたいとはそれまでもずっと思っていたけど、すごく急な行動だったと思う。自分になかに空いた風穴を埋めてほしかったのかな。東京なら時間が忙しなく流れると思ったから。何のあてもなく突然の上京だったけど、前に進むしかないって、不安よりも希望の方が強かった。

──上京してDue le quartzに加入するわけですが、Due le quartzでの3年間はMIYAVIさんにとって?

青春ですね。一般的な10代の子が過ごす時間とは違ったけど、同じように青春だった。ずっと機材車のなかにいたって感じで、曲を作ってライヴをして、ひたすらバンドとして時間を過ごして。

──Due le quartzが解散してソロとして活動していくことに対してはどのような思いがあったのでしょう?

バンドが解散して、とにかくすぐに動こうと思った。コアなファンにとって、バンドって人生の大半を占めてしまっているわけでしょ。Due le quartzが終わったとき、「もう生きていけません」みたいなことも言われたけど、それじゃ困る。一緒に死ぬことはできないし、そこまで依存するのは彼らにとっても良くない。依存して自分が弱くなるんじゃなくて、支えにして自分たちが強くなれるものを俺は作っていかなきゃいけないなって思ったし、解散から時間を空くと不安になる子もいると思ったから、止まっている時間はないなってすぐに動いた。

──選択肢はソロという形しかなかったんですか?

誰かをヴォーカルにして、とかそういう考えは全然なかった。ソロ活動を始めて独立するまでの7年間は言うなれば暗中模索の時間で、これからどうあるべきか、自分との対峙の時間で。25歳のとき、『雅-みやびうた-歌 〜独奏〜』をリリースした頃に渡米したんだよね。

──アメリカに行ったのは、世界で勝負しようと思って?

ワールドツアーをやるんだっていう意識でアメリカに行きました。それと、もっと自分と向き合いたいって思ったからかな。それまで、責任を果たさなきゃいけないとか、周りから望まれている自分を見せなきゃいけないと思っていたけど、そうじゃなくて、もっと自分に正直にならなきゃいかないんじゃないかと思って。

──渡米したことが独立に繋がっていくんですか?

前の事務所に所属して10年という節目でもあったし、もっと世界で自由に活動していきたいって思って、海外で活動するのはリスクが付き物で、前の事務所に迷惑はかけたくないという思いから独立という道を選びました。あとは家族が増えたこともひとつの要因かな。ヴィジュアル系って、アイドルもそうだと思うけど、結婚したとか子どもが生まれたとか、言いづらいでしょ。でも創作をするうえで子どもからインスピレーションを受けることもあるわけで、そうやって生まれた曲を聴いてくれている人たちに隠し事はしたくないと思ったから、独立してきちんと公言しようと。

──家族が増えたこともMIYAVIさんにとっては新たな創造の糧になりましたよね?

なりましたね。家族ができて、一音一音の重みが変わった気がするし、自分が死んでもこの世界は存在していないといけない、そのためにやらなきゃいけないことが増えた気がするし、それが生きがいとなり、モチベーションとなって作品を作れていますね。この子たちの未来にプラスになる存在でいたいし、プラスになるような音楽を作っていきたいって。

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