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市川セカイ 愛は生活の中にある、歌も生活の中にある── 市川セカイ、ロング・インタビュー

市川セカイ

愛は生活の中にある、歌も生活の中にある──
市川セカイ、ロング・インタビュー

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──ところで、アーティスト名の〈市川セカイ〉というのは本名ではないんですよね?

ええ、そうです。それこそ前のバンド名がめちゃめちゃ覚えにくかったので(笑)、覚えやすい名前がいいなと思っていたんですよね。それに僕は本名が幸司なんですけど、〈市川幸司〉だとサラッと流れてしまうと思って。それでいろいろと考えたんですよね。で、僕がこの先、どういう楽曲を歌っても、それがバンドだろうが、ソロでディープに歌おうが、そのすべてが市川ワールドで括れるなと思って〈市川セカイ〉にしたんです。あとはパンチがあればいいなというところで。

── 一回聞いたら忘れませんもんね。

いろいろな方にそういうふうによく言っていただけるんですよね。それはすごく光栄なことです。よく「本名ですか?」とも訊かれるんですよ。それで昔は「本名です」って嘘をついたりしていたんですけど(笑)。

──なぜそんな嘘を?(笑)。

なんでだろ……わからない(笑)。いろいろな人に訊かれるので、それこそサクラメリーメンの亮ちん(森西亮太)に「もう本名って言ったらええやん」って言われたこともあって(笑)。

──亮太君、言いそうですね(笑)。

でしょ(笑)。

──上京して翌年の2010年に秦基博さんと横浜・F.A.Dで共演を果たしたんですよね? それは秦さんの〈AND秦 at F.A.D YOKOHAMA〉と題されたイベントでした。F.A.Dは秦さんがデビューするまで拠点にしていたライブハウスで、同場所で初ステージを飾ってから11年目にあたるということでのスペシャル・イベントだったわけで。

そうなんですよ。あれは今思うと、本当に棚からぼたもちみたいな感じで。当時と同じように秦さんがホームでやっていたF.A.Dで対バン形式でライブをしたいということで全国からシンガーソングライターを募集したんですよね。で、僕はこういう話があるよって風の噂を聞いて。いろいろな応募の仕方があったんですけど、僕はYouTubeからオーディションに参加したんです。ちょっとやってみようという気持ちでオーディションに応募したら、また通っちゃって(笑)。それで一緒にやらせてもらったんですよ。でも当日、僕はガチガチでしたけどね(笑)。

──そういう経験もしつつ、楽曲作りやライブを重ねて行く上で音楽仲間も増えていくわけじゃないですか。先程名前が挙がったサクラメリーメンのドラムスの森西亮太さんとも長い付き合いのようですが、バンドも一緒にやっているんですよね、市川セカイBAND。

そうです、そうです。市川セカイBAND自体は、各方面で活躍するメンバーを集めて2013年に結成されたんですよ。森西亮太に関しては実は前のバンドだった頃からの友達だったんです。デビューも時期が一緒で、お互いにデビュー前からイベントに呼び合っていた仲なんですよね。だから、おっしゃる通り付き合いがすごく長い。僕はもともとバンドマンだからバンドでライブをしたいという気持ちがあったんですけど、僕が上京するタイミングで、彼は「手伝うでー!」と言ってくれたんですよね。

──男気ありますねぇ、亮太君は。

ホントに。ベースは鶴の神田(雄一郎)君なんですけど、彼を連れてきたのは実は亮ちんなんですよ。どうやらモツ鍋屋さんで2人で呑んでいた時に「今、こんなヤツをサポートしてるんやけど」って言って、僕の音源を神田君に聴かせたそうなんですよ。それを聴いて神田君がすごく気に入ってくれたらしくて「俺もやりたい」と。彼が入ったことで今のメンバーの音がガチッとかたまったんですよね。

──ソロでのアプローチとはまるで違いますもんね、市川セカイBANDは。

全然別物。市川セカイBANDは完全にロックですから。

──ライブを見たことがありましたけど、かなり尖っていてカッコいいバンドです。

ありがとうございます。ホントにそうなんですよ、尖ってる(笑)。もうひとり田中健介というギターがいるってこともあって最初の頃、僕はアコギを弾いていたんですけど、自然とエレキになりましたから、それでツインギターになったんですよね。市川セカイのロックの部分に特化したというのが市川セカイBANDなのかな。

──そういえば以前、〈市川セカイVS市川セカイBAND〉というイベントをやったことがありましたね?

あれは面白かったですね。だけど、僕の気持ちの切り替えが大変でした(笑)。あの時、バンドを先にしたんですよね。で、後半は僕のアコギの弾き語り。ガッツリ盛り上げた後にポロ〜ンと始まるわけですから。自分の耳もバカになってるし(笑)。ま、あえて出演順をそうしたんですけどね。弾き語りが先だと面白くないよね?ってメンバーとも話をしていて。期待を裏切ろうって。

──市川セカイBANDが掲げている〈透明なロック〉ってどういうものですか?

んー、これはもう空気感なんですけど……難しいなあ。そうですねぇ、〈透明なロック〉というのは僕の中にあるイメージなんですけど、コードが持つ響き、コードが持つイメージというか……add9(アドナインス)というコードとか、maj7(メジャーセブンス)の……んーなんて言ったらいいんでしょう。ガラスというと語弊があるかもしれないけど、さっきも言った空気のような……これは……う〜ん……言葉にはできないですよね。とにかく自分の中でしっくり来たのは〈透明なロック〉という言葉で。ちゃんと形として見えているものではなくて、それこそ形はないんだけど、鳴っている音楽はカッコいい……いや、これもちょっと違うなあ。ロックはロックなんですけどね。

──感覚的なことだということを承知の上であえてお訊きしたんですけど、失礼しました。

いえいえ……でも、本当に言葉にはしづらいです。それこそ「月をめざして」とか、あの曲をバンドでレコーディングした時に、その言葉がスゥ〜っと自分の中に入ってきたんですよね。

──2014年からは活動の幅を全国に広げていくわけですけど?

ええ。さっきから何度かタイトルが出ていますけど、最初に作った「月をめざして」っていう曲が入った3曲入りのCDを出すタイミングで徐々に広げていく感じになっていったんですよね。このCDは鶴の神田君と出逢ったことで、彼らは自主レーベルをやってますから、そのSoul Mate Recordというレーベルから出すことになったんですよ。で、鶴のマネージャーの方から「うちでアルバムを1枚作ってみるか?」というお話をいただいて。それがのちのちリリースしたファースト・アルバム『ベルトコンベアから流れてくるもの』(2015年)なんですけど。そんな話をいただいた時に、「今のままだと知名度も少ないし、仲間もそんなにいないから、自分ひとりで日本全国を旅してくれば?」と背中を押してくれたんですよね。僕もこのままじゃダメだなと思っていたので、踏ん切りをつけるためにバイトも辞めて行けるところまで行こうと思ったんです。それで北海道から熊本ぐらいまでですかね、その場所場所のライブバーやライブハウスを廻って歌ったんですよ。

──それは相当鍛えられたんじゃないですか?

そうですね。今までは1週間に1回とか2週間に1回とかぐらいしかライブがなかったのに、それがほぼ毎日歌っているわけですから、昨日の反省を今日のステージで活かせるという利点もあったし。それにそこで出逢った方々と縁が深まったことで今もなお、ライブに行かせてもらえているわけですから、本当に良かったと思います。だから、実際に市川セカイとして回り出したのは2014年なんですよね。音楽だけで食うにはどうしたらいいか?ってことを真剣に考えだしたのもこの頃ですから。

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