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伊藤ゴロー 「静謐なる発光」 Special Interview

伊藤ゴロー 「静謐なる発光」

Special Interview

2012年4月にリリースされた前作『GLASHAUS』を、僕は一体何回聴いたことだろう。CDはもちろん、ハイレゾリューション版も配信されていることもあって、さまざまな場所で、さまざまな時間に、さまざまなオーディオ機器で接してきた。端正でシリアス、しかし、温かく豊潤な空間を湛えたサウンド。アコースティックでシンプルだが、聴く者を全く飽きさせない。それが伊藤ゴローの音楽だ。そして、いよいよ新譜『POSTLUDIUM(ポストリューディウム)』が誕生した。『GLASHAUS』の触感はそのままに、吟味されたリズムセクションが加わり溶け合う、誰も見たことがない世界が発光しはじめる。

–まず、アルバムリリースに先駆けて発売されたEP『POSTLUDIUM EP』のお話を伺いたいと思います。これは一部の店舗とライヴ会場で販売されるCD版、さらに音楽配信サイトOTOTOYからダウンロードできる高音質版という限定企画です。収録されている3曲のうち2曲はスパイラルホールでレコーディングされ、しかも、DSDフォーマットによるハイレゾリューション録音となっています。僕もその場に少し立ち会わせていただきました。フラットでスクエアなホールにゴローさんのギターを中心に、ピアノ、チェロが響き、ブレンドされる作品です。このレコーディングスタイルはゴローさんの発案ですか?

そうですね。DSDフォーマットでの録音はしたことがなかったので、チャレンジしてみたかったんです。録音したものを実際に聴いてみたんですが、自分自身が演奏しているときの音そのものだと思いました。また、空間の大きさも感じましたね。絵でいうと、まるで画角が広がったようでした。音楽は本来、立体的なものです。それをあたかも平面にして、2つのスピーカーから聴くのがこれまでの方法です。そうするために、バランスやミックスなど、これまで様々な調整が用いられてきました。今回は、それとは全然違う方向性があることに気づかされましたね。

–興味深い話ですね。

焦点が違うというか。余白が多いというか。何かを対象にして描いた絵の余白が多いと見る側の焦点が変わるし、何を見せているかの意味が違ってきますよね。そんなサウンドだと思いました。

–俯瞰して見ているような…。

そう。そんな録れ方になるんです。演奏自体も空間的になるような気がしています。通常のスタジオ録音だと、楽器の全てにフォーカスを当てることができます。ただ、今の自分たちの音楽には、空間を生かした録音方法が合っているように思いました。

–では、フルアルバムの『POSTLUDIUM』ですが、前作『GLASHAUS』の世界をさらに押し進めたように感じました。ただ『GLASHAUS』は、収録された楽曲それぞれが、メロディアスであらかじめしっかりとコンポーズされていたのに対し、『POSTLUDIUM』はインプロヴィゼーションも多用されていますね。楽曲や演奏の自由度がアップしたかのようです。また、プレーヤーの持ち味が存分に発揮され、全員が主役のような、一体感もありますね。

『GLASHAUS』では、ピアノやチェロなどを入れ、敢えてギターの影を薄くしました。だから今回はしっかりギターを弾こうかなと、当初は考えていたんです。しかし、レコーディングが始まってみると、やはり他の楽器とのアンサンブルの一部になっていきました。そんな音づくりがもともと好きなんですね。つまり、音づくりに関しては『GLASHAUS』とつながるようなものにしたかったんです。

–楽曲づくりに関してはいかがですか?

アルバム全体をこうしようと、はっきり思い描いていたわけではありません。ギターを中心としたインスト作品ということだけを決めて、あとは少しずつ自分のやりたかったことを引き出し、楽曲を作っていきました。だから、アルバム全体で1曲といったイメージです。「Opuscule(小品)」がインタールードのように曲と曲をつないでいるのはその象徴ですね。

–「Opuscule」は長い1回のセッションを切り分けて、アルバムに散りばめていると伺いました。

30分ほど録りっぱなしにしたものを20くらいのパートに分け、そこから4つを選んでいます。でも、もっと録音しておけばよかったと思っています。

–どうしてですか?

一次会、二次会、三次会、じゃないですけど(笑)、セッションも会話のようなもので、時間が経てば話題も、中心になる人も代わっていきます。ギター、チェロ、ピアノ、バスクラリネットでの録音ですが、もっといろんなことができたかも知れませんね。

–「The Isle」は、他の楽曲と比べてかなりリズミカルですね。

この曲はもともと昨年の夏、青森県立美術館で行われた「Art and Air ~空と飛行機をめぐる、芸術と科学の物語」展のサウンドトラックとして書いたものです。そこで展示された空から見た島々の写真からイメージを得て作ったものです。また知人で首藤康之さんというバレエダンサーがいます。以前からいつか彼と一緒にコラボレーションしたいと思っていました。実は偶然にも、彼は自分のスタジオで朝の身体ならしの際に、『GLASHAUS』を使ってくれているそうなんです。そんなこともあって、「The Isle」のミニマルなリズムを考えるとき、彼のダンスの動きからもインスピレーションを受けています。

–それと、楽器はアコースティックのみ(エンジニアは奥田泰次さん)ですから、レコーディングはかなり大変だったのでは?

特にギターは、たくさんのマイクを試しましたね。スタジオ(世田谷区のパストラルサウンド)にあるものから、持ち込んだものまで。最終的にはハイとローの2本に絞りました。録音する前のサウンドチェックにもかなり時間をかけています。

–参加メンバーで注目したいのは、丈青と秋田ゴールドマンをSOIL&”PIMP”SESSIONSから迎えていることです。特に丈青はSOIL〜でのプレイスタイルとは異なる、かなり情緒的な演奏をされていますね。

そうですね。普段彼らが演奏している音楽とは傾向が違うから、最初は迷いもあったのではないでしょうか。でも、非常に人間味溢れるプレイをしてくれています。

–それと3曲目の「Luminescence --Dedicated to H.H.」の、H.H.とは現代音楽の作曲家、原博のことだそうですね。

ito_goro昔、NHK-FMで「現代の音楽」という番組があってたまに聴いていたんです。たしか高校生くらいのとき、かかった曲があって。それはヴァイオリンを中心としたストリングスだけのアンサンブルでした。その曲をずっと覚えていたんです。2つのテーマを持った変奏曲でした。それが当時の僕のツボにはまった(笑)。バッハのような古いスタイルで、後半に少しヒネリがあるんです。形式的にはパッサカリアとか、シャコンヌとか呼ばれるもので、ベースラインは終始同じで、その上のメロディーやハーモニーが変奏していく。それが日本人が作ったもので、ヴァイオリンの和波たかよし初演、尾高忠明指揮者、ライヴ録音されているということしかわからなかったんです。だからそれ以来、僕は常にその曲を探していたんですよ。CDショップに行っては、パッサカリアやシャコンヌといったタイトルを付けている日本人の現代作曲家の作品を買い求めていたんです。ネットでも相当調べました。それであるとき、原博という作曲家が書いたシャコンヌに出会ったんです。それはピアノ曲だったんですが、この人に違いない! と思ったんですね。

–音楽家の勘はすごいですね。

それこそが「ヴァイオリンと弦楽オーケストラのためのシャコンヌ」という曲でした。調べてみると、原博は若い頃は十二音技法などを使って、いわゆる現代音楽的な作曲していたそうです。ところがやがてそれを全て辞めてしまって、バッハ、ベートーヴェンなどのような音楽を元にして作っていたようです。だから、現代音楽界の第一線からは外れた立ち位置に居たんです。いわば「攻めてない」現代作曲家だったんですね。

–だから、探し出すのが大変だったと。

その曲のふたつめのテーマのハーモニー進行にインスパイアされて書いた曲なので、Dedicated to H.H.としたんです。長年探していた曲にやっとたどり着いたという嬉しさのあまり(笑)。それと以前、僕は中野に住んでいたんですが、原博も中野在住だったそうです。彼が亡くなったのが2002年ですから、ひょっとしたら会えていたかも知れないんです。もっと早くその作品にたどり着くことができていたら…という後悔の念もあるんです。

–前作に引き続き、ジャケットを含むアートワークは平出隆さんが担当されています。きらめくような白地に整然と文字が並ぶデザインは、ゴローさんの音楽と通底するものですね。また、アウターケースのアーティスト名とアルバムタイトルはゴールドの箔押しというシンプルだけどとても豪華な仕様です。平出さんとはかなりミーティングをされたんですか?

レコーディングを開始し、アルバムの全体像が見え、タイトルにポストリュード(後奏曲)と言う言葉を使いたいと思いはじめた頃、打ち合わせをしました。平出さんには、ポストリュードの意味だけを伝えて、あとはニュートラルな気持ちで作っていただこうと。ただ、その最初の打ち合わせのときから、平出さんの中には、タイポグラフィーでデザインするという想いがあったみたいですよ。また、「Luminescence --Dedicated to H.H.」のLuminescence(熱を伴わない発光)から、デザインテーマのひとつをシャインにしました。以前、平出さんはゲルハルト・リヒター(ドイツの画家)にインタビューされています。リヒターは、照り返しの光=Scheinをテーマにした作品があります。平出さん自身もScheinについて以前から考えがあったようです。そんなところからデザインを始めていったようです。インナースリーブの写真も平出さんによるものです。

–ここには太陽の光が輝いていますね。

太陽の光はここだけにしかありません。そのほかは照り返しの光です。そんなストーリーも込めています。また、写真が撮影された場所は、ランディ島です。これは前作『GLASHAUS』のアートワークでテーマにしたドナルド・エヴァンズ(アメリカの画家)が足を踏み入れることができなかった島です。その足跡を平出さんが辿った際(詳細は平出隆著『葉書でドナルド・エヴァンズに』にて)に撮影されたものなんです。

–なるほど、サウンドもアートワークも前作の流れを自然に受け継いだものなんですね。