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特集 DISCO再入門 - DJ NORI
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取材協力:City Country City
 
そしてもう一人、<パラダイス・ガラージ>の洗礼を受け、その後の人生をダンス・ミュージックに捧げているDJがいる。DJ NORI氏だ。79年に札幌でディスコをプレイし始め、その後ニューヨークで活動を続け、ラリー・レヴァンとの共演経験も持つ。90年に<芝浦ゴールド>オープンのために帰国して以降もずっと、良質なダンス・ミュージックでダンサーたちを魅了し続ける人気DJだ。そんなNORI氏が見てきたディスコとは、ハウスとは?そして、現在のクラブ・シーンについて思うこととは?
-- NORIさんのディスコとの出会いは?
 ディスコにハマっている友達がいて、その子に連れて行ってもらったのが最初ですね。音楽は好きだったんだけど、僕はもともと野球やっていたから、高校のときはディスコなんて行かなかった。高校卒業してからですね。
-- ご自分でDJをやろうと思ったきっかけは?
 その頃札幌に、<フリークアウト>っていうソウル・バーがあって、ディスコが終わった後にみんなが集まる場所だったんですよ。そこのマスターがすごくいい人で。ディスコ(ミュージック)にハマったのもそのお店でしたね。そのマスターとか、周りの人にいろいろ教えてもらって。
-- その頃、ニューヨークのディスコ事情の情報はけっこう入ってきていたんですか?
DJ NORI  いや、ほとんどなかったですね。札幌でしばらくやった後は、東京でDJをやっていたんですけど、80年に(高橋)透さんがニューヨークに行って、帰ってきた。それで初めていろいろ話を聞いて、自分も体験してみたいって思ったんです。
-- ニューヨークに初めて行かれたのはいつですか?
 83年。透さんから<セイント>っていうところの話を聞いて、そこに行くことが目的でした。そのとき、スパニッシュの友達に、「<セイント>よりも<パラダイス・ガラージ>ってところがあるから、そこへ行こう。そこが最高だから連れて行ってやる」って言われたんですよ。行く約束までしたんだけど、そいつに用事が出来ちゃって、結局は行けなかった。
-- <セイント>はどんなところでしたか?
 すごいところでしたよ!ゲイの聖地って感じで。僕が行ったのは日曜日で、女性も入れる日だったんですけど、初めて行ったのが7月4日の建国記念日で……23歳の僕には刺激が強かったですね(笑)。日本のディスコは何十年も遅れているな、って思いました。全てが。遊び方から、音楽もそうだし、内装も、まるっきり違った。すごい衝撃でした(笑)。イメージが全部変わりましたね。白人に対するイメージも変わったし、ディスコ音楽のイメージも変わったし、もう、想像を絶するもので(笑)。音の感じ、スピーカーの配置も、独特の音の鳴り方とか、DJのミックスの仕方も、全てが完璧でしたね。
-- その後、<パラダイス・ガラージ>に行ってみたときの印象はどうだったんですか?
 その正反対ですよ。<セイント>がスペーシーな……「宇宙」だったとしたら、<パラダイス・ガラージ>は「土」っていうか、真っ黒でしたね。もともとは黒い音楽の方が好きだったんで、僕は音楽的にも<ガラージ>の方が好きでした。
-- <セイント>に行った後では、衝撃という意味ではそれほどでもなかったですか?
 いや、また別の衝撃なんですよ。音の種類が全然違う。もう体で聴く、まさに「ボディ&ソウル」っていう感じですよ。言葉にするのは難しいな……とにかく、楽しかったですね!
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DJ NORI (Smoker/ Galler) / プロフィール
79年DJスタート。86年に渡米。"PARADISE GARAGE" でLARRY LEVANと出会い、NYの人気クラブで共にプレイする。90年伝説のクラブ"GOLD" オープニングのため帰国。レジデントDJとして活躍しつつも国内に留まらず、海外での活動も平行して続ける。現在のレジデントは、Smoker@LOOP、Gallery@CAYなど。ドキュメンタリー・フィルム「MAESTRO」では、世界のダンスミュージック・シーンに最も影響を与えたパイオニアとして、LARRY LEVAN, DAVID MANCUSO, FRANKIE KNUCKLES, NICKY SIANO, FRANCIS GRASSOらと共にその名を列ねる。音楽のかけ方、音楽そのものの表現方法を知っている世界の至宝。