MUSICSHELFトップ > 特集・連載 > 加藤和彦(サディスティック・ミカ・バンド) インタビュー
60年代にフォーククルセダーズのメンバーとしてデビューして以来、ソロ、ミカバンド、プロデューサー、職業作家等々の音楽活動で、常に時代の一歩先を行き、日本の音楽シーンを牽引してきた加藤和彦。センスのいいオシャレな洋楽の匂いをJ-POPに昇華させてきた、その功績は計り知れない。まさに日本の音楽シーンの最重要人物といえるだろう。しかしながら、スタイリッシュで飄々としたスタンスを貫きながら、積極的に続ける活動はレジェンドに収まることを拒否しているかのようだ。そんな加藤和彦が、サディスティック・ミカ・バンドの再結成で気づいたこととは? この度、ライヴDVDがリリースされるミカバンドの話を中心に自身の音楽の原点を振り返ってもらった。
--ここ最近の活動はかなり積極的ですね。和幸(アルフィー坂崎幸之助とのユニット)などの音楽はもちろん、取材やプロモーション、チャリティー等々、かなり細かい仕事までこなしていますね。
昨年は頼まれた仕事を全部受けたら、近年まれに見る忙しさになりました(笑)。エルダーマーケットが注目されていることで、僕が担ぎ出すのにちょうどいいアーティストだったんですよ(笑)。
--とはいいつつ、ミカバンドの復活も大きかったような気がするのですが。 ミカバンドが最初にあって、それを一通りやったあとに、前々から坂崎くんと予定していた和幸というプロジェクトが、たまたま昨年になってしまった。こちらで企んだわけじゃないんだ。
--ミカバンドを再結成してみて、音楽的、意識的な面での自身の変化はありましたか。
その前までは、こういう音楽活動はあまりしてなかったので、自分の中のリズムというのか、そういうものにはずみがついたところがあります。バンドをやりたくなったとか、ライヴをやりたくなったといった発展感はないけれども、昔ほどライヴが嫌じゃなくなった(笑)。もちろん、信頼がおける友達とやっているから楽しいわけだけど。また、それを楽しみにしてきてくれたお客さんといい関係ができたので、ライヴの楽しさを感じられました。
--今回のミカバンドの成功で、ミカバンドは間違っていなかったということを再認識したのではないですか。当時、イギリスでは人気だったのに日本では全く評価されていなかったということでしたが。
受けを狙ってやったわけじゃなくて、ポリシーとしては一枚目(『サディスティック・ミカ・バンド』(1973))のころと同じでしたね。回りの見方が変わっただけなんでしょうが、結果が出たことは素直に嬉しいですね。今では冗談のように言われていて、実は本当のことなんだけど、ミカバンドはイギリスの方が知名度は高いし、今でもファンがいるんですよ。当時、ミカバンドはイギリスで精力的にプロモーションをしたので、そのときの印象が、いまだに脈々と続いているんです。
--日本ではフォークや歌謡曲が全盛の時代に、ミカバンドは異色の存在として見られていたのでしょうね。
寡黙な感じのロックバンドが主流だった時代に、いきなり派手なファッションで登場したものだから、コアなロックファンからは「何だよ、あれ」とひかれてしまって。しかも、僕もロールスロイスで、楽屋に乗り付けていましたから、相当反感も買っていました(笑)。
--その頃から、加藤さんはロックとファッションの関係を重要視されていたのですか。
両者は不可分なものだと、いまだに僕は思っていますよ。イギリスでは特にその傾向が強くて、今もずっと続いていますよね。たとえ、そのアーティストがファッショナブルでなくても、裏返ってファッションを意識しています。例えばポール・ウェラーが、汚い格好で歌っているだけだったら、イメージは違ってくる。逆に白いシャツで出てきても格好いいけど。またブライアン・フェリーは、ロックなのにタキシードを着込んで登場したりしていました。それも裏返しのファッションで、ちゃんと計算されているんですよね。それはイギリスのロックミュージシャンの特徴でしょう。
--フォークルの加藤さん、「あの素晴らしい愛をもう一度」の加藤さん、ヒットメイカー加藤さん、プロデューサー加藤さん、スーパー歌舞伎の音楽の加藤さん等々、いろいろな肩書きがありますが、この一年でミカバンド加藤さんというイメージが浸透した気がします。
そういう意味では、自分にはロックがいちばん合っているという気はしているね。ライヴをやっても、自然にその場にいられるというか。
--まさに! 加藤さんはロックだと感じた音楽ファンは多いと思います。と同時に加藤さんの音楽が世間に評価されるきっかけになったと感じます。以前、「僕なんかのことよりも世の中には知るべきことはたくさんある」なんてことを言われていましたが。
評価されようがされまいが、僕の姿勢は変わらないし、これからもやっていくことは確かだからね。結果論として、評価されたら嬉しいし、一枚でもCDが多く売れた方が嬉しいのは確かですけど、それが究極目的というわけではないんですよ。まず自分が満足できるものを作って、さあどうなりましたかって話だから。今回のミカバンドの場合は、自分達が勝手に好きなことをやって、結果に結びついたことが嬉しいですよね。
--その再結成の経緯などについてはいろいろなところで触れられていますので割愛して、ライヴのことについてお聞きします。そもそも最初からライヴの予定はあったのですか。
何も決まってなかったですね。まずCMありきで、次にCDも作ることになるだろうと思ったら案の定レコード会社からオファーが来て、アルバムを作ったら、ライヴのことも言ってくるだろうなと思っていたら、話が来て……(笑)。最初から全部含めて企画したプロジェクトというわけじゃなくて、徐々に膨らんでいった感じです。
--加藤さんもライヴはやりたかったのですか。
正直言ってライヴができるとは思ってなかった。話が出たときも(高橋)幸宏は、体力的にも自信がないから「せいぜい6、7曲」って。そうしたら小原(礼)が「後は全部打ち込んじゃえば(笑)」と。しばらくペンディングになっていたら、幸宏も覚悟を決めて「10曲くらいならいけそうだよ」と(笑)。
--セットリスト、演出、衣装、構成、楽器選びなど、いちばんこだわった部分はどこですか。
やはり音ですね。あとは、基本的な決め事として、演出過多は嫌だってこと。演出家が付いているわけじゃないんだけど、ロックにありがちな諸々は嫌だねって。といいつつ淡々とやるだけじゃ面白くないので、見せ場も作ったのですが。
--木村カエラさんの登場は、スーパー歌舞伎の宙乗りっぽかったですね。
あれは僕のアイデア。市川猿之助さんに相談して、スタッフをお借りしました。凝ったところはあれだけ。カエラに前もって言うと怖がるので、当日まで黙ってようよって(笑)。
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